第九話 役割分担
皆入学して月日も流れたからか、既にこの学園に慣れてきたようだ。
慣れてきたからにはやらなければならないことがある。
今期末の大舞台に向けた出店決めだ。
「おら、そこ。はしゃいでないで前に出てこい。板書やれ。」
茜祭は学園全体で行われるため、本当に学園を上げた大イベントだ。半端なものは出すことはできない。運が悪い(良い?)と国のお偉いさんとかを相手にしないといけないらしい。そのため準備は今から行わなければならない。
もちろん後ろの方で騒いでいたアホどもはいつものメンバーで、しぶしぶ前まで出てきて板書の準備をし出した。
「本当に、最初はどうなるかと思ったけど、藤城さんが私のクラスにいてくれて、本当によかったわ。既に手綱も握っているみたいだし。」
「先生、それを本人たちの前で言うのはどうかと思います。」
「気にしないで進めて頂戴。」
「・・・」
自分の手を煩わせずいることができてご機嫌な担任をとりあえずほっておくことにする。物凄く気になるが、ここはぐっと己を押さえつけて耐える。
・・・なんだかこの学園にいるだけで胃に穴が開きそうだ。
「・・・では、まず何を行うかですが、1年の場合、休憩所・観覧施設の設置とありますが、何かアイディアがある方はいらっしゃいますか。」
文武合同茜祭とは他校で言う文化祭・体育祭が混合した学校公開のことだ。外部からも出店を出しにやってくる。学校がある街だって祭り一色になる。
しかし学園の生徒達が行うことはとても祭りといえるものじゃない。よくて4年生までは祭りだと浮かれていられるかもしれない。しかし、この茜祭で行われることは、競技大会が主だ。1年でどれだけの生徒が魔術師へと近づくことができたのか、どれだけ特殊な魔法を身につけることができたのか、それを後輩へ、親へ、教師へ、有力者へ見せつけることが目的のイベントだ。
もし、有力者に気にいられれば、将来を約束される。結構シビアな世界だ。
そのため、多くの競技大会が実施される。
たとえば、水系の魔術形成だったり、武器術によるトーナメント戦、魔法のトーナメント戦、学年別トーナメント戦、無差別トーナメント戦など、数多くの競技が実施される。生徒達は事前に参加を登録して当日参加する。
ただ、1年だけはちょっと事情が違う。まだ基礎しか学んでいない1年は学年別で構成されている者にしか参加ができない。そのため、他学年と比べ自由時間が多い。先輩の競技を見に行くのもいいが、観客席だってそんなにあるわけではない。そのため、お客の相手を1年にさせるのだ。2年3年はも少数だが行っている訳だが、圧倒的に足りないので、仕方なしに下っ端へと役割が降ってきたのだ。
まあ、慣例であるのでしかたがない。
「とりあえず、なんでもいいのでどんどん出して言っていただけるとこちらもやりやすいので、思いついたものから言っていってください。」
そうすると、意外と色々出てくるものだ。
ポンポン飛び交う単語を3人で何とか黒板へとあげていく。私は飛び交う単語の拾い忘れたであろうものを繰り返し伝えていく。
少しして、すぐに描くところがないくらいにいっぱいになった。
「・・・」
「あらあら、なんだかすごいことになっているわね。」
まあ、結果は分かっていたさ。
頭のいいクラスじゃない。それなのに自由に意見を言わせれば、混沌なアイディアばかりが並ぶのだろうと。
だがしかし、これはほんとにひどい。ただの悪口が並んでいるようにしか見えない。本当に使えるアイディアは2,3といったところか・・・
「というより、お前らはまともに板書も出来ないのか?」
「あんな次から次へ言われたらきちんと書けるか!見てみろ、蛍太なんかキャパ越えして目を回しているじゃないか!」
「そうだ。なんとか聞きとれたものを書いていくので精一杯だ!」
(いや、まあ、そうなんだろうけど・・・)
どう見ても奴らは悪口しか拾えていなかったようだ。私が拾った単語しか使えそうなアイディアがないっていうのもどうなんだ・・・
「ほんとにこのクラス、大丈夫なのか?」
「期待してるわ、藤城さん!」
*****
よくわからないものはすべて消したはずで、必要なものをもう一度書き出して見たんだが、混沌なのが変わらないのはどうしてだろう。
メイド喫茶、呪具売買会、使い魔癒しの空間・・・
どれ一つ似た趣向のものがない。
「念のため聞いておきますが、皆さん、休憩所・観覧施設の設置ということは理解していただいてるんですよね。」
「当たり前だろ!だからこその喫茶じゃないか!」
「有力者の人はお抱えの本物のメイドいるでしょう!!」
「だからこそ!自宅と同じ使用人が居たら楽じゃない!!」
何故か女子たちまで加勢して来た。
確かに、有力者にとっては使用人が自分の世話をするのが当たり前なのだから、落ち着いて休憩することができるのかもしれない。
少し考えこんでしまい、気がついてみると男子と女子で言い争っている。
「メイド喫茶に決まっているだろう!」
「執事喫茶に決まってるわ!!」
・・・激しくどちらでもいいのですけれど。
どちらも似たようなものなのだから、合わせれば一番いい案の気もするが。
「だって裕也君の執事姿がみたいのよ!!」
ん?
「あんなイケメンに給仕されたいのよ!!」
・・・・前言撤回。メイド喫茶がいいと思われます。
乙女たちの本心がむき出際にされたことによって、クラスの女子たちが騒ぎ出し、男子に猛抗議していく。
「お、俺たちだって、こんな出会いのないところなんだから、一時でも夢が見たいんだよ・・・」
なんだか男子は哀愁が満ち始めたぞ。可哀そうになってきた。
「はいはい!全く、そんなに熱くならないの!」
そこでずっと黙って見ていた担任がやっと重い腰を上げて話しかけてきた。
「どっちかにしたいって気持ちは分かるけど、男女で作業に差が出てくると不公平だからね。どちらの意見も取り入れるのがこの際最善でしょ。ね、クラス委員長!」
「そこで私に振りますか。」
結局一番めんどくさいところで私に振ってくるとは、担任失格だ!誰だ!こんな奴を教師にしたのは!!
そんな文句を言ったとしても仕方がないことは分かっている。分かっているさ、これはただの逃避なのさ。
「振るにきまってるじゃない。中心人物なんだから。」
知ってて振って来ましたか!そうですよ、女子はメイド服も可愛らしい制服なので、嫌な訳ではないんだ!ただ、ただ!私の執事姿を見たいというだけで否定してきていたんだ!もう何なの、どうすればいいんですか。誰だよ“Eクラスに水も滴るイケメンおる(笑)”なんて噂を流したやつは!!
そうです、あの日から女子の目から怯えは消えましたが、違う熱が灯ってしまった訳ですよ!!まだ実害はないけど、最近では絢子に少しずつ避けられるし・・・まさかこんな所に弊害が現れるとは・・・!
「ええと・・・私的にはメイ・・・ええ!!先生の意見に大賛成です!!」
「うん!じゃあ決まりね。」
メイド喫茶がいいと言おうとした時の女子の目がトテモコワカッタデス。全員睨んでくるとは・・・さすがの3バカも空気を読んだのか私から目をそらしていましたよ?
「これで申請出してみるから、通ったらまたクラス会開きましょう。」
担任がそれだけ言うと教室から出て行った。今日の授業はこれで終わりだ。意外と長く話し合っていたのか、外はもう日が暮れはじめていた。
「裕也君♡」
「はい?」
「私たち、楽しみにしてるね♡♡」
帰り仕度していたところにクラスの女子が近寄ってきて、それだけ言うときゃあきゃあと黄色い声をあげ、パタパタ足音を立てて去って行った。
「・・・」
「愛されてるね、裕也。」
「佐倉はこれ知ってるのか?」
「気をつけろよ、あいつは何をする変わらないからな。」
「お前にだけは言われたくないと思うよ、葵も。」
実は陽介、昨日も身に着けていた薬品をこぼしただかで、教師に呼び出しをくらっていた。自称マッドサイエンティスト、他称歩く危険物は伊達ではない。バカなくせに危険物持つ歩くな!!
「楽しみにしていたはずの茜祭がなんだか嫌になってきた・・・」
「まあまあ、絶対似合うからいいと思うぜ。」
だから余計嫌なんだよ!つーか似合ってたまるかっ!また変な噂、立たないといいなあ。
*****
「ああ、よかった。まだ帰ってなかったわね。」
パタパタと足音を立ててEクラスに飛び込んできた人が私と目が合うとほっとしたように肩を落とした。
「お?」
「あれってAクラスの武術の教師じゃないか?」
黙っていれば高校生にも見える童顔な、しかし大人の余裕を垣間見せるその教師は、私たちの方まで近寄ってきた。
「久しぶりね。学園生活はその後順調かしら。」
「この惨状をみてそう思うのであればそうなのでしょうね。」
「・・・・そうね・・・」
先ほどまたしても男女で喫茶店の内容についての話し合いが勃発してしまったこともあり、ちょっと教室が見るも無残な状態になっていたりする。
Aクラス教師はその異様な光景の教室を見回した後私に目を合わせた。
(お願いだからそんな憐れみをこめた眼を私に向けないで!!)
目の中に込められた意味を察して私は顔を引きつらせながら顔をそらした。
「それより、担当クラスでもないのに、どうしたんですかぁ?」
蛍太が私たちの奇妙なやり取りに疑問を浮かべつつ、それよりももっと気になったのであろう最初の疑問を口に出す。
すると、教師はギクッと体を揺らして顔色が一気に変わった。
「た、たた担当のクラスじゃなくても来るわよ、ええ、だって教師ですもの。」
「そんな動揺してどうしたんですか?」
今最も聞かれたくなかったであろうことを匠がぽろっと口に出してしまった。顔色の悪かったのその顔が今は俯かれてしまい、今、どういった表情をしているのか読み取れない。
「・・・先生・・?」
「・・ふ・・ふふふふふふふ・・・ふふふ・・」
カタカタと震えはじめ、小さく笑っていたかと思えば、大きな声で笑い出した。
「はははははははは!そーよ、やつに負けたペナルティよ!!ええ!いつもは私がこき使ってやっているというのに、今回は奴に使われている!!何という屈辱!!」
身ぶり手ぶりで、誰に訴えかけるという訳でもなく、語りかけるかのように叫び出した。もちろん私たちを含め、教室に残っていた生徒は、ドン引きだ。一番間近で叫ばれている私たちは顔面蒼白だ。
「先生?あの、落ち着いてください。」
何故かこういうとき先頭へと差し出されてしまうため、勇者となるべく教師へ話しかける。
「落ち着く?これが落ち着いていられますか!!」
(・・・あああああ・・・)
地雷を踏んでしまったらしく、ヒートアップしている。
教室のはもう私しか残っていない。あいつら私を生贄にして先に逃げ出しやがった。明日見てろよ。
教室には誰もいないが、ドアには野次馬がかなり集まってきていた。というかおい。魔法陣の先公も交じってるじゃねえか!止めようと思わねえのかよ!!
「あれ?先生?」
「ん?」
そこに現れたる救世主葵様!!ああ!お待ちしておりました!!
この惨状で話しかけてくるとは本物の勇者だ!!パチモンの勇者ですみません!!
「佐倉さん・・・」
「!・・ああ、この間の試合の件ですよね。僕が負けてしまったから・・・・」
野次馬の間を縫って教室まで来ると、私と目が合い、その一瞬で何が起こっているか把握したらしい。
「あ、いや、別に佐倉さんだけのせいじゃ・・・」
「本当にすみません。僕が先生のキャリアを汚してしまって・・・」
「佐倉さん・・・」
葵がしおらしく教師に謝ってシュンとしていると、だんだんとまた別の意味で顔が青くなってきた。
確かに、教師が私情に生徒巻き込んで泣かしたとか、まずいもんな。
うんうんとこれはいい攻め方だと思った。
「・・・やめてちょうだい、気味が悪いわ。」
(ええーーーー!なんか言い出したよこの人!!)
「ああ、そうですか。」
(おま、あのしおらしさはどこに行った!!)
教師は冷静に戻ったみたいだが、心底具合の悪そうな表情をしている。それに対して、葵は先ほどの沈んだ表情はどこに行ったのか、噂通りの無表情に戻った。
「・・・」
「何をするもの別にかまわないですけど、ゆうを勝手に巻き込まないでください。迷惑ですから。」
「ごめんなさい。」
「俺に言ってどうするんですか?」
「藤城さん、申し訳なかったわ。直前まで言い争っていたから。」
「ああ、いえ、私は大丈夫ですよ。」
直前まで私らの武術教師と争っていたのか。それならこの荒れ具合にも納得がいく。
「それで、ゆうに何の用があったんですか?」
「あ」
そう言えば忘れていた。早くこの空間から解放されたくて私に用があって話しかけてきていたことを忘れていた。
「ええ。伝言をね、伝えに来たの。次の授業できちんと言われると思うけど、一応ね。体術って心構えだって大事だから。」
「?なにかありましたっけ?」
「あなた、武術の授業だけど、次からうちのクラスと混ざって受けてもらうわ。」
「は?」
「伝えたから、聞いてなかった、なんてことないようにしてね。そんなことがあったらあいつになんて言われるやら。」
ぶつぶつと不満をぼやきつつ女教師は帰っていってしまった。
「え」
「ゆう!」
がばあと葵が横から覆いかぶさるように抱きついてきた。
「嬉しいな!ゆうと一緒に授業受けられるんだ!」
「え」
「これからずっと俺と組んでね。」
ぎゅうぎゅうと抱きしめて喜色オーラを振りまいている。
いつもならここで突き放すところだが・・・今はそんなことを気にしていられる場合ではない。
(武術がAクラスと一緒って・・・え、それってありなの?)
方向性がバラけてきたような気が・・・誰かまとめて、作者の頭の中を。