第八話 呪術
「ここは、君たちも既に知っての通り、自由に立ち入ることが出来るが、パスがないと入れないところや、トラップがしかけてあるところもあるので、気を付けるようにしてください。」
昨日も来たばかりのここ実習練の一角である教室には、2クラスが呪術を学ぶため集まっていた。
右隣りにはおなじみの3バカ。おい、陽介。目輝かせている暇があったら隣の真のバカを叩き起こせ。微妙にいびきが聞こえる。
そして左隣り・・・というより左腕には葵が貼り付いている。
言わずもがな、合同授業はAとEの2クラスだった。
「・・・葵。暑苦しいんだが。」
「ん~?それなら脱がしてあげ・・」
「とぉ~思ったら気のせいだったなぁ!!何だろう、みんなの初魔法の授業で中てられてたかなぁ!!」
あぶねぇ!!なんかこいつ、いきなり訳分かんないこと言い出したんですけど!!え?何?今のは私が悪いんでございましょうか!?悪いの?いや、悪くないよね!!ちょっ舌打ちしてんですけど横の人。
「では、まず、呪術といかなるものか、説明していきたいと思います。」
そうこうしている間にも授業が進んでいく。
(これは自分自身のためにも周りなんか気にしている場合じゃないな。・・ん?)
周りに注意が行かないよう、目の前の先生に集中しようとした矢先、制服の裾をひかれた。
「ねぇ、裕也。」
「何?」
制服の裾を引っ張ったのは右横に座っている蛍太だ。
声を少し落として低い声で私に話しかけてくる。あまりにも真剣な目をしていたので、こちらも何があったのかと少し体を傾けた。
「この間の掃除、何の意味もなかったんだね。掃除したところがもう汚くなってるんだもん。これがほんとの罰掃除ってやつなんだね。」
「・・・・」
蛍太のその言葉に返事をすることが出来ず、ひきつった笑顔を返すことしかできなかった。
(おおおお、お前は今頃気がついたのかぁぁ!!)
腹の中はかなり煮えくりかえっていましたが。
掃除を言い渡された時も言われていたはずなのに。
さっき冒頭でも説明があったがこの場所は“鍵がなく、いつでもだれでも使用可能”であるということ。ということは、入れ替わり立ち替わり誰かかしらは居る訳で、ここを使用する人間は、おもに実践がしたい訳で、すなわち、掃除をする暇がない。そんな場所を掃除しろって言っていた本当のところは“危険な場所で無意味なことをしたくなかったら学習しろ”って意味だったはずなのだが・・・この分だとその裏の意味を理解していない。そして、呑気に授業を受けている2人(片方爆睡中)にも言える話だ。いや、もしかすると気が付いていない可能性の方が高い・・・!
「はぁ。」
先が思いやられると感じて溜息を吐きだすと、蛍太は不思議そうに私をみていて、そんな私と蛍太に、顔が近い、と言って前かがみになっていた体を葵に引っ張り上げられた。
*****
主に呪術とは術者の祈りの力が具現化したものである。
祈りと言っても様々な意味が含まれている。
すぐに気がついた人もいると思うが、“呪”術なのである。読んで字のごとく相手を呪うのだ。それが術を掛けた相手に幸となるか不幸となるかは、術を掛けるものがどのように祈りを込めたのかによってくる。
「はい。ゆうにあげる。」
コロン。と私の目の前に差し出されたのはシルバーリングだ。
「変な虫がついたらいけないからね。」
(今の私(の容姿)にどうやったって付きようがないと思うが。)
とりあえず手にとって眺めてみる。光が当たるとキラリ、と輝く磨き抜かれた傷一つない指輪。だが、よくよく眺めてみると細かな字が刻まれているのが見える。寸分のずれなく配置されているそれに思わず感嘆のため息が出た。
「?どうかした?気に入らなかった?」
「いや、違うけど、これ本当にもらっていいのか?」
「もちろんだよ!ゆうのことを思って作ったんだから。」
満面の笑みでこちらへ微笑みかける葵。あ、すいません。離れてください。あなたの隣にいるAクラスの方(男)の視線がめちゃくちゃイテェです。
まあされはさておき、さすが万年首席が作った“呪具”なだけあってきれいな作品である。
「おや、もう出来たのかと思えば、佐倉さんですね。」
気がつくと呪術の先生が目の前に来ていた。
私の手の中からひょいとつまみあげ、ゴテゴテしたルーペらしきレンズを使って完成度合いを見始めた。すると、始終穏やかであった表情が一瞬固まって少しひきつった表情になった。
「・・・うん。簡単なものではありますが、これだけできれば、全く問題ないでしょう。」
「先生?」
一言それだけ言うと、ソッと私の手に戻した。私とも葵とも目を合わせず、不自然なまでに穏やかな表情で。
「はい、皆さんもこの時間内に一つ作り上げましょう。効果がないと思われがちでも祈りの文字が刻みこまれればそれは呪具となります。」
(先生!!ちょ、どう言うことですかぁ!!)
呼びかけにも全く反応を示さず、スタスタと若干足早に去って行ってしまった。
手の中には、先生をひかせた物体X(シルバーリングの呪具)
「・・・・」
「ちょ、なんでつき返すの?なんで無言なの?」
ぐいぐいと押し付けるかのように葵につき返す。
「・・・」
「ちゃんと受け取ってよ。ゆうのために作ったんだから。」
突き返した腕を掴まれ、突き返される。そうはさせまいと腕を突っ張る。
「いやいやいやいや、そんな、学年主席の素晴らしい呪具など私めにはいただけませぬ。」
「なんで急に卑屈な商人っぽくなってんの!?」
突き返す理由など明白である。
「・・・なんて祈った?」
「えぇ~それ聞いちゃうの?」
聞かずにはいられないだろう!!見た目は普通であるが、刻まれた意味を読み解いていた先生が表情を変え、こちら2名とも視界に入れようとしなかっただなんて・・・絶対になんかあるに決まっている。
「な・ん・て・祈・っ・た!?」
う”~と唸って、ふてくされたような顔をしていたが、強めにもう一度聞き返すと、ジトッとした目で見返してきながらポツリポツリと話しだした。
「・・・ゆうに近づく虫どもに制裁を・・・」
「分かった、もう分かった。しゃべるな。」
なんだ虫って、虫避けか何かか!制裁って、身につけるもんは虫避けじゃなく殺虫剤か!!殺虫剤の匂いなんか嫌だ!!(勝手に薬品と変換されておりますが、実際には虫避け指輪です。)
「・・・ちゃんと喋ったのに・・・」
説明を促したくせに回答を途中で遮られたことが不服だったらしく、むっつりとして一点(指輪)をジッと見つめている。
「えい」
「!!」
スポッと私の右手の小指にはまったのは呪いの指輪。
「な、なななななな何をするんだお前はぁ!!」
「わあーーゆうちゃんが怒ったぁ~」
あまりのことに立ちあがり叫ぶ私に、さっきから変わらず呑気な表情で微笑んでいる葵。そんな穏やかな表情にイラッとしつつ、内も外も荒れ模様の私はさらに続けて叫ぶ。
「怒ったじゃねーー!!これは何だ!!」
ビッと手を広げ、小指を協調させつつ葵の顔の前に掲げる。
「うん?指輪?」
「たっだの指輪じゃなく呪いの指輪だろぉうが!!」
「呪ってないよ~」
「私は呪われているように感じる!!しかもこれ外れねぇし!!」
呪い呪いと連呼していたせいか、指輪を付けていることに気味が悪くなってきてはずそうと試みたところ外れないどころか、定位置に居着いた全く動かない。
「一度つけたら外れないよ。だって、そういう風に刻んであるもの。」
「ちくしょぉ~~~!!」
ばしゃんっっ
水を頭からかぶった。
なぜなら目の前には笑顔で切れている先生が杖を私たちに突きつけているから。
「そろそろ授業に戻ってきていただいてもいいでしょうか?」
「はい・・」
水をかぶったことによって頭が冷えた私の横で“うえ~~、びしょぬれだ~”と文句を言う葵が居たそうな。
*****
「美少年が出現したって聞いたわよ。」
「飯食ってる時急に何言い出すの、絢子さん?」
午前の授業が終わったので、食堂に来ると絢子が先に来ていたのを見つけた。
「クラスメイトが言っていたのよ。午前中に“水も滴るいい美少年”を見たっていう噂が流れているのよ。」
何やら不穏な空気を感じるが、気のせいだといいんだが・・・
「だからってなんで私に言うんだ?関係ないだろう?」
「その美少年、佐倉と並んでたって話らしいのよね。」
「ああ、それなら裕也し・・」
陽介の口を強制的に閉じさせる。目の前にあったコップを詰め込んで。当の本人はゴッという音とともにムガァという奇声を上げて背もたれにだらりと身を預けた。
「「・・・」」
3バカ他2名は何かを察したのか無言で昼食を食べ始めた。
「はあ、あなたってほんとバカな人ね。」
「うぐ、いい返す言葉もありません。」
「まあ、仕方がないよね。ゆうは可愛いもんね。」
1人空気が読めない人間がいるようだが、この際そこは無視しておこう。
「まあ、別に、私に被害があるわけでもなさそうだから、いいけど。」
「絢子さあん。他人事だからってひどいっすよぉ・・・」
「今に始まったことじゃないでしょう?で、呪術の授業はうまくいったの?」
今、一番聞きたくないことを聞かれた。
私は長い溜息を吐きだすと、ポケットから金色のロケットを出した。
「・・・これは?」
「私の呪術を掛ける媒体。」
「・・・何も掛ってないわね。」
絢子は、机の上に出されたロケットを手にとって眺めたりしたが、今、言っていた通り、呪術がかかっていないのだ。
あの後、葵と席を離され、やっと集中して授業を受けられると思って、真摯に取り組んでいたのだが・・・授業内で呪術を刻むことがかなわなかった。
きちんと掛けられたのは少数だが、皆、何とか一言でも刻めていたのだが、私は一切刻むことができなかった。
「もう、なんでこんな落ちこぼれなのかな。」
「Eクラスなんだからそれなりに実力があるんでしょう。こんな授業一つで、気にしていられないんじゃない。」
「授業一つだけならな。」
そう言った私の言葉に、誰もフォローの言葉を掛けてくれませんでした。
「これ、ゆうが作ったんだよね?」
「んえ?そうだよ。授業中に身につけるものに刻むのが一般的だって言ってたから、用意された中からロケットを選んだんだよ。」
葵は何を思ったのか、ロケットを手にとって眺めては頷いて、見るのに満足すると、満面の笑みを私に向けた。
「これ、俺がもらっていい?」
「・・・何も刻まれてないロケットでよければやるけど・・・」
「!ありがとう!嬉しいなぁ、交換こだね。」
「・・・」
私自身、不本意ではあるが、奴が作った(呪われた)指輪を今も右手に付けている。そして、今、奴の首にあるのは私が選んだロケット。
「・・・やっぱ返せ。なんか虫唾が走る。」
「返さないよ~。」
手を伸ばして首にかかっているロケットを掴もうとしたが、ギリギリのところでひらりとかわされてしまう。ひらりひらりと何度も。
「あ、俺そろそろ行くよ。次、ちょっと早いんだ!」
「あ、ちょっと待て!」
“バイバーイ”と手を振って葵は食堂を出て行ってしまった。
「あきらめた方が賢明ね。」
「俺もそう思う。」
「僕も。」
「・・・チックショーー!!」
私の右手小指の指輪がキラリと光った。
陽介は食堂を出ていくときに裕也に八つ当たりされてやっと目覚めます。