第六話 さいかい
「ねえねえねえねえ!!」
「だあーー!うるせぇ!!」
午前中の武術の授業からずっとうるさく付きまとってくるのは蛍太とその仲間たち。休み時間はもちろん、授業中でさえ話掛けてくる始末。ただでさえついていけない授業が、絶望的になってしまったかのよう・・・
「僕うるさくないよ!」
「そうだぞ。お前がだんまりを決め込んでいるから話しかけているだけじゃないか。」
当たり前だと言わんばかりに詰め寄る3人。
「授業中も人の集中邪魔しやがって・・・私がこれ以上バカになってもいいというのか!!」
「・・ああ。そう言えば、そうなんだよね。」
「ごめん。そう言えばすかっり忘れてた。」
「そう言えば、お前・・バカなんだよな・・・」
(ち、ちきしょう!!バカどもにバカ呼ばわりされた!!)
私の前で3人して頷く。その可哀そうな人を見るかのような目で私を見てくる視線を払いのけるかのように机を叩いた。
「いいから、マジでほっておいてくれ!飯ぐらいゆっくり食わせろ!!」
ちなみに今いる場所は学園内の食堂だ。
寮暮らしなのでお昼は基本食堂か、購買で済ます。弁当を持参する人もいないわけではないが、私も絢子も朝はギリギリ(絢子はたまにアウト)なので弁当など作っている暇がない。
そんなこともあり、今日はクラスの視線が痛かったので、食堂に来たわけだが、いかんせんこの3人はしつこかった。ここに来る間もずっと騒いでいたので、周りの視線が痛いこと痛いこと・・・しかし、そのおかげで、他の人はなかなか話しかけてこれないみたいだった。
(普通にクラスメイトに話しかけられた方がかわしやすいってのに。)
もしかしたら、それがきっかけで仲好くなるかもしれない。
こんな騒がしい奴ら、監視すると入ったが、仲好くなりたいとは思ったことありませんよ?
「もー!黙ってご飯食べ始めないでよーー!!」
明らかにしつこいのが蛍太ではあるが、後ろの2人も頷いたり、相槌を入れたりしているので同罪である。
(放課後までしつこかったらまとめて沈める。)
横に移った蛍太が私の腕を掴んで“ねーねーねーねー”と左右に揺らすのを無視しながら昼食に集中することにする。
隣でずっと騒いでる人に気づかれないように、斜め前の食器からおかずを少しずつつまんでいると、食堂の雰囲気が変わった。
「ん?」
「誰か来たみたいだ。」
ずっと騒いでいた蛍太でさえ静かになった。
食堂は学園の者であれば誰だって利用できる。年功序列など関係なしに高等部以上の者がここを利用する。だが、ここは一般庶民のくる場所であって、有力者、所謂貴族の子女子息には専用の食堂があり、そちらを使用するか、弁当持参が常である。だが、好奇心旺盛な年頃のため、わざわざこちらに来て見学していく生徒も少なくない。
おそらくはその一派なのだろう。
ここまで雰囲気が変わるということは、よほど珍しい人物がここを訪れているということで・・・
「あ」
「・・・」
思わず目が合ってしまった。
そこにいたのは原因であろうと思われる人物、佐倉葵である。きょろきょろと周りを見回し、何かを探しているようであったが、私と目が合うと何故かこちらに歩みを進めてきた。
「ちょっと、Aクラスの佐倉、真直ぐこっちのくるんだけど。」
「え、な、なんで?何かしたっけ僕ら。」
「あれじゃないか。裕也があいつに勝ったからその腹いせで・・・」
「は、なんでだよ、私のせいか!」
こちらに近寄ってくる佐倉に対し、視線をそちらに向けたまま、顔を突き合わせてヒソヒソと語りだす。
「なるほど、その線はあるな。」
「あるな、じゃねーから。おい匠。どっち見てんだ。こっち見ろ。」
陽介の言い分に対し肯定しやがった匠は、一気に顔色の変った私の様子に気がついたのか、あさっての方向を見て口笛を吹いている。(よい子のみんなは食事中に口笛なんかしちゃダメだよ♡)
ふざけた態度を取る匠を頭から机に叩きつけるように擦りつけていると背後から声がかかった。
「藤城・・裕也さん?」
「・・・はあい?」
匠の頭を掴んだまま、顔をひきつらせて振り返ると、いつの間にか近くまで来ていた葵が少し首をかしげながらその場で立っていた。
私の名前を呼んだきり、ジッと私の目を覗き込むかのように顔をずっと見ている。
「ええっと・・何か御用でしたでしょうか・・?」
こちらも同じ方向に同じ角度だけ首を傾げ、ひきつった笑顔を浮かべる。こちらから話しかけてもジッと見てくるばかりで反応がなく、私と葵の間にいる蛍太もその異様な空気に2人の顔を行ったり来たりしている。
がしっ
「「「「え」」」」
ぽいっ
「ふえ?」
やっと反応があったと思ったら、目の前にいた蛍太を掴んで後方へと投げ捨てた。匠と陽介は“わあわあ”騒いで蛍太の様子を確認しに行った。
私も立ち上がろうとしたが、出来なかった。なぜならば、葵が私にがばあと抱きついてきたからだ。
(て、ええぇぇぇぇぇ~~!!)
ふわふわとした少し色素の薄い髪が私の頬をくすぐる。
「あ、ああああああの!」
「・・ちゃん。あいたかった。」
(ん?)
葵は、私の肩に顔をうずめるようにして抱きついているため、なんて言っているのかよく聞き取れなかったが、最後に言っていた言葉だけ聞き取ることができた。“会いたかった”という言葉、確かに私も探し人が居るが、斎名家なんて貴族様・・・小さいころに出会う機会が一度でもあったら奇跡だ。
ぎゅうぎゅうと少し苦しいくらいに抱きしめてくる葵を、とりあえず引きはがそうと思い相手の両肩を押し返す。
「申し訳ないけどっ、何か勘違いしてませんかっ!?」
やはり押しても全くびくともしないことにプライドを傷つけながら、どうにか離してもらえないものかともがいてみる。
私がジタバタしつつ、否定の言葉を述べると、葵はがばっと勢いよく顔を上げた。
「間違うはずがない。ゆうちゃんでしょう?」
(て、近い近い近い近い!!!)
抱きつかれたままで急に顔を上げられれば顔が近くなるのは当たり前で、もちろん、こんな性格にこの容姿なのでこんなことに免疫があるはずもない。
「か・お・が・近い!!!」
「おぶっ」
相手も油断していたこともらったのか、テンパってしまった私は取りあえず手で相手の顔を掴んで自分から引き離した。その際葵の体も少しではあるが、引き離すことができた。
(ん?ゆうちゃん?)
掴んでいた顔から手をそっとどけると、噂とはかけ離れて、見捨てられた子犬のような顔をした葵がいる。
「ゆうちゃん・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うさ・・・・?」
その瞬間、まるでご主人さまを見つけた犬のごとく、明らかに嬉しそうな表情をして、またしても勢いよく首に腕をまわして抱きついてきた。
「やっぱり!ゆうちゃんだ!ゆうちゃんだ!!本物だ!!」
「ぐぇ」
あまりに勢いが良すぎたせいで、首を絞められつつも、ぎゅうっと力強く抱きしめられ、プラス首筋に埋めた頭をすりすりとすりつけられる。
(こいつは本当に犬か何かなのか。)
話しかけようにも、既に自分の世界に入っているらしく、こちらの様子など気にも留めていない。
そろそろ、周りの視線の痛いことに気づいてもらいたいが、まだ気付きそうもない。
(それにしても、全く変わってないなぁ。)
噂では、孤高の存在、みたいに言われていたみただが、この様子を見る限りでは、幼いころと変わっているところを探す方が難しそうだ。
まさか、あの泣き虫で弱虫のうさが、やんごとなきお家柄だったとは驚きだ。名前も小さい頃の話なので、全く覚えておらず、お互いに呼び合っていた渾名しか分からなかった。
「ええ!!何何!?佐倉と仲いいの!?」
「まさか、そっちの趣味が・・・」
「裕也、まさかそんな・・」
三者三様の反応だ。とりあえず後半2名は死亡確定な。つうかそっちの趣味って何だ!!何度も言うが私は女だ!!
「ん?」
話しかけられたことによってやっと周りにも気がついた葵が、その声の方へと顔を上げた。すると一気に機嫌が悪くなり、顔をしかめた。
「朝倉の・・・」
「佐倉!久しぶり!!」
機嫌が悪くなった佐倉に反して、機嫌が好さそうな蛍太。
まるで知り合いのような対応を取っているが、この二人に接点なんて・・・
「あ!」
思わず声も出てしまうほど、ピンと来た。というより忘れていた。
「ゆうちゃん?どうしたの?」
(葵が一方的に)睨みあっていたが、私が大きな声を出したことで、こちらに皆の視線が集まった。
「いや、蛍太ってまさか、朝倉って・・・・?」
「うん?僕がどうかした?」
「あれ?もしかして、気がついてなかった?あいつは斎名家の朝倉家の人間だよ。」
確かに前から少し引っかかってはいた、気にはしていたが、否定してほしかった。まさか、誰が思うだろうか、やんごとなき貴族様が、まさかEクラスにご在席だとは。
(はっ!まさか担任が言っていた名物にもなれるほど昔からいられたのはそれが理由か!?)
「ちなみにあの2人も朝倉の分家の人間だね。」
もう何も言えない私は、口をパクパクとするしかなかった。
*****
周りの目が気になるところだが、落ち着いて話をするため、先ほどまで座っていた席へ座ることにした。何故か当たり前のように私の横には葵が着席していた。
「ゆうちゃん・・・」
「あの、恋する乙女のごとき目で見ないでください。そして恥ずかしいので普通に名前で呼んでください」
直視できない目を避けつつ、もう、本当に、切実な気持ちを込めてお願いすると、むっとした表情を返された。ほんと誰が始終無表情なんだよ。
「やだよ。それじゃあみんなと同じになるじゃない。」
「イミガワカリマセン。だったらせめてちゃん付はやめて・・・」
何にそんなこだわっているのか分からず、弱ってそう返すと、まるで仕方がないとでも言うかのような雰囲気を醸し出しつつ頷いた。それをジッと見つめる目の前の6つの目。
「・・・何か言いたいなら言ったら。」
その視線に耐えきれず、話しかけると、“そんな奴らどうでもいいじゃない”みたいなことを葵が呟いたが、もちろんきれいに無視して陽介の話を聞く。
「これが、本当に佐倉かと・・・」
「え、偽物じゃないよね」
「本人だよ。何言ってんだお前ら。」
このぎすぎすな空気、誰かどうにかしてください。
忘れていたが、なんでも、佐倉家と朝倉家は仲が悪いんでしたっけ?なんかそんな話、ありましたよね。それで1度痛い目を見た気がする。
それをなしにしても、葵の態度は物凄く悪い。
私に対しては従順な子犬のようなのに、他の人に対してはこの暴言の数々・・・私の思いあがりでなければ、私と仲がいい(?)3バカが気に入らない、といった様子に見えるのだけれど・・・
「とりあえず、佐倉は黙って」
「ヤダ。」
(え?)
「うさ、それか葵って呼んで。」
私の言葉を遮って何を言うかと思えば、葵の呼び方だ。今遮って言うことでもないだろう!と思いつつも、私も呼び方もに文句を付けたのだから、とりあえず大人しく従っておくこととする。
「・・葵は黙っててくれ。」
身長があまり変わらないため、自分と同じ位置にある頭をなでて言うことをきかせる。いや、だって触りたかったんだ。すんごいふわふわする。
頭をなでられた葵は嬉しそうに頷いた。
「あの佐倉が裕也の思い通りに・・」
さっきから匠と陽介が、聞こえていないとでも思っているのか、小さめの声で、まるで信じられないものでも見た、とでも言うかのよに話しあっている。どうしたものかと思っていると、真ん中にいて、ずっと黙っていた蛍太が急に机を叩いて立ちあがった。
「どうして裕也は佐倉と仲がいいの!?」
「は?」
「僕だって昔は一緒に遊んだりしてたのに・・・急に態度変わっちゃって、あんまり遊ばなくなっちゃうし。どうして!?」
物凄い剣幕で捲し立てられ、こちらはきょとんとするしかない。いや、そんな当事者でもないのに私に理由を聞かれても。
「約束したんだ。」
私がなかなか話しだせずにいたためか、黙っている約束をしたはずの葵が話し出した。
「約束?」
「そう。小さい頃、この場所で、また再会しようって。」
蛍太は、怪訝そうに、私に向けていた視線をついと葵へと移す。葵は、淡々と、しかしほんの少しの感情を乗せて返答する。
「それが何だって言うの。」
「この学園に絶対に居続けなきゃいけなくなったから、お前らと遊んでる暇なんかなかっただけ。」
目線も合わせず、淡々と話していく葵を見つつ、あれ?と思う。
「居続けなきゃって・・葵、あの時からここの生徒だったの?」
「うん。あれ、言ってなかったっけ?」
私の方へ顔を上げて、こてんと首をかしげる。様になっていて笑えないからやめて。
「すると・・・もしかして私のせいで・・?」
「ゆうのせいじゃないよ!それに、遊んでたっていっても、俺が一方的にいじられてただけだから、逆に離れることができてよかったって思ってるよ。」
満面の笑みでこちらを見上げてくるが、少しだけ黒いものが混じっているように見えるのは気のせいでしょうか。
まあ、昔の葵は、本当に弱虫だったので、確かに、こいつらみたいなアホには格好の餌だったのかもしれない。
「だからって、手のひら返したような対応ってどうなの。」
「絶対にここに居続ける最適な方法は、やっぱり首席になることだと思ったから、いじられてる暇なんかなかったんだよ。」
まだ納得していないようではあるが、どんだけ魔力が一流であっても頭が可哀そうなだけあって、反論できなくなってしまったらしい。
「でも、佐倉もひどいな。」
「何が。」
急に話に入ってきた匠と陽介が、葵に話しかけた。
もちろん葵は、機嫌悪くそれに返事をする。
「だって、ずっと探してた相手に対して、あんな本気で技決めるんだもん。」
おそらく言っていることは、午前中に行われた武術の授業の試合についてだろう。
それを聞いたとたん、葵はギクッと肩を揺らしてさっと下に視線を動かした。
「それは、すべての科目で首席じゃないと、ダメだって、思ってたから。なかなか倒せないから、焦ってきてイライラして・・・ゆう!怪我とかなかった!?痛いところない!?」
ボソボソと沈んだ声音で話していたかと思うと、急に顔を上げ、私に詰め寄り、怪我がなかったかどうか、確認しだした。
「て、やめい!」
「いたっ」
目の前にあった頭頂部を軽く叩き、人の体のきわどいところを触ろうとしたことをやめさせる。
「だって、触ってみなきゃ分からないじゃない。」
「私だって受け身くらいとれる。そんな痛めてるとこなんかないから。」
「でも」
まだ物足りなさそうに人のことを眺めてくるが、思いっきり無視して、蛍太に話しかける。
「だんまりしてないで、そんなに仲良くしたいなら言えばいいんじゃないか。」
「・・・」
「トップ同士・・・今のご当主様ってやつ?が仲いいって噂は、お前らの話を聞くところ、本当なんだろう?だったら普通に仲良くすればいいんじゃないか?葵だってかまわないだろう?」
「まあ・・ゆうがそう言うなら。」
「ほんとうっ?」
私の言葉に少しも反応を示さなかったが、葵の肯定を聞くと、飛び上がるように顔を上げ、嬉しそうに葵に聞き返した。葵もまさかそこまで反応されるとは思っていなかったらしく、驚いて体を少し背後に引きつつ、頷いた。
啓太は、今にも飛び上がりそうな笑顔をして、左右の2人と手を叩いて喜びを分かち合い始めた。
そんな3人をしり目に、こちらの会話が聞こえないように、小さな声で葵に話しかけた。
「まあ、それなりに成長してるし、立場とかも昔と違うだろうから、大丈夫でしょう。」
「たぶん。それにどうせ、ゆうに会いに行けば必ず近くに居るんだろうし、仕方ないよ。」
仕方ない、で話しかけるのを許可するのもどうなんだ、と思いつつ、会いに来るという言葉に驚いた。
「会いに行けばって・・・まさかこれから休憩時間Eクラスに来るってこと!?」
「当たり前でしょ。やっと一緒にいることができるんだから。あ~あ。こんなことなら俺もそこそこにしとけばよかったな。・・・でも大丈夫!来年は一緒のクラスになれるようにするから!」
にっこりと笑って言われたが、今、物凄く大変なことを言われたような気がする。
まだまだ喧騒がやみそうにない食堂に、お昼の終了を知らせる鐘が鳴る。
目の前にはまだ、半分ぐらいしか手を付けていないご飯が4人分置かれていた。
書きなおす可能性ありますが、方向性は一緒です。
ちなみにこの後、全力で裕也が説得しました。これも入れたかったけど、眠くて思考能力が・・・・
6/6書きなおしました。
全く変わってないです。自分の馬鹿!!