序章 始まりの日(1)
私は約束を果たしに来た。
大事な、大切な友達だったから・・・
だから叶えたいと強く思ったんだ・・・
もし君が忘れていたとしても、それでも私は・・・
*****
花が咲き誇り、桜の花びらが舞う季節。
大きな荷物を抱え、意気揚々と私こと『藤城裕哉』は約束の地へと足を踏み入れていた。
どこの祈祷師に騙されたのか、親から男みたい、というよりも男の名前を付けられてしまい、勘違いされ、色々大変なこともありました。でもまあ、もういいんです。この名前と付き添って15年、もう慣れましたからね・・・
(まあ、祈祷師もだけど、医者も医者だよなあ・・・。まさか性別を間違えるとは・・・でもそれに悪乗りした親はもっと悪いと思うけど、危うく戸籍まで男になるところだったらしいし、兄貴さまさまだよ、ほんと)
「くぁ・・・・・。それにしても久しぶりだ。・・・何年振りだろう・・・。」
私は小さい頃この町に住んでいた・・・ガキ大将として。
「確か幼稚園のころに引っ越したわけだろ?・・・9年、ほとんど10年振りかぁ。」
久しぶりだ・・・と言っても、この10年でほとんど変わってしまったみたいだ。
例えば、みんなでザリガニやカエルなどを捕えて遊んだ田んぼは埋め立てられ、高層ビルやマンションが建ち並び、田舎町がちょっとした街へと姿を変えてしまっていた。1つ細道に入れば、懐かしの駄菓子屋や公園などはまだまだ健在しているようだが大通りには以前の面影はほとんどない。
それでも、懐かしいと感じることができたのは、この町の匂いが10年過ぎた今でも変わっていなかったからだろう。
*****
「まあ、街が変わった原因でもあるこの学園は相変わらず昔のままだな。」
私はとある学園の門の前で、目の前にそびえる学園を見上げて呟いた。
この『国立魔術師育成学園』は、今日から5年間、私が勉学に勤しむところだ。何を隠そう、私が地元を離れ、懐かしの地へ来た理由の一つは、ココに魔術を学びに来るためだ。
この学園のような魔法を学ぶところは全国に存在するが、国立はこの場所のみとなっているため、大勢の志願者がここには集まる。というより、集まらないほうがおかしい。なぜなら、多くの有力者の子息子女も通っており、その有力者達がこの学園の運営に口を出してきているため、他で学ぶより遥かに多くの知識を得ることができるから、ということだ。
まあ、ほんとよく受かることができたというものだ。そんな好条件(知識もだけどほら、玉の輿とかな!)のせいで外部生内部生問わず、毎年ふるいにかけられ、生き残るのはとても至難の業だ、という噂らしい。
「さて、それでは行きますかね!」
そして今、私はその学園の門をくぐり、校舎へと足を進めた。
*****
前も後ろも長い真っ黒な髪を耳にかけようとして失敗し、前髪がまた落ちてきて目の前がまた暗くなる。それをうっとうしいと思いつつ事務室のドアをノックした。
「あのぉ・・すみません。今年入学するものですが、寮監督は居らっしゃいますか?」
ドアを開きながらそう声をかけた。
目の前に座っていた人がキィと椅子を鳴らしながら振り向いた。
「はいはい。私がそ・・・あなたまるでお化けみたいな髪ねぇ・・・」
「ええ!第一声目がそれですか!?どう受け答えればいいんですかそれ!!」
「あら、粋のいい反応ね。女の子なのがもったいないわ。」
ペロリと唇をなめて“男の子だったらよかったのに”と小声で付け加えられ、背筋が寒くなった。
(というか、成人してない子供に手を出したら教師免許取り上げられるだろう。)
そんなことを考えつつ、資料を探す寮監督の姿をおびえた目で追った。
「あ、あったあった。これね、藤城裕哉さん・・・男の子みたいな名前ね・・・ほんとに男の子だったらよかったのに。残念ね、本当に。」
(今度は本人の目の前で言いましたよこの人。名前のことは今はもうそんなに気にしてないけど、失礼すぎないか。こんなんでよく教職なんてやってられるな!)
私は顔をひきつらせつつ相手に声をかけた。といっても髪のせいで口元から下しか見えていないと思うが。
「あのう・・・先生?大丈夫ですか・・・?」
相手はどこか空を見つめ惚けていた。・・・頬を紅く染めながら・・・何故かは考えない方がいいのだろう、自分のために。まあ、なんとなくわかってしまうのだけれど・・・
「あら?ごめんなさいね?今、私男気なくて困っているのよ。」
(そこまで男に飢えてるのか教師よ・・・)
しかし、“今”と言っているのだから普段はあるのだろう。目の前の女は美人という部類に入ると思う。腰まである艶やかな長い髪、艶美な表情や仕草、ナイスバディなプロポーション・・・というか、完璧な容姿である。そこまでいくと中身に重要な欠点があるのだと思うが、全く知りたいとは思わない。
「はあ、そうですか・・・で資料が見つかったのでしたら、そろそろ寮の方へ向かいたいのですが・・・」
どうしようもなく自分の身に危険を感じ始めたので、先を促した。誰だって自分の身は可愛いだろう?というか私は女だ!!
そうすると、先生は何故か少し不服そうな顔をしながら電話に手をかけた。
「そうね。仕方ないわね、確認はOKよ。連絡入れとくから行きなさい。学園を出た左の道に沿って歩けばすぐ着くわ。ちなみに右側は男子寮につながってるから気を付けてね?すぐ噂になるから。」
「わかりました・・・ご忠告ありがとうございます。」
少し・・・というよりかなり気になる言葉を聞いた気がするが、これもまた気にしない方がいいのだろう。ああ、そうだろうとも、私は絶対に気になどしていないぞ!例え最後にウィンクされようともな!!
先生の言葉にひきつりつつも感謝の言葉を述べ、部屋を出た。が、その寸前
「あ~あ。男の子だったらよかったのに・・・。」
という言葉が私の耳にしっかりと届いた。
(いつまでそのネタ引っ張るんだよ!!しつこすぎるぞ!!)
内心かなり憤慨しつつ、足早に校舎の中を歩き始めた。
校舎の中をしばらく歩いていると、さっきの不愉快さが徐々に軽減されてきたような気がする。来る時も感じたことだが、春休みでも人が居るはずなのに、校舎内はとても静かで何か不思議な力が漂っているように感じられる。未熟な私にも感じられる程清浄な空気が満ちており、静けさがよりいっそう際立っている。一人でいると、普通の校舎のはずなのに恐ろしさを感じ、乱れていた気を強制的に正され、より恐ろしさを感じてしまう。私はそれを振り切るかのように廊下を走りだした。
何がそう思わせるのかわからない・・・この学園には多くの謎がある。だからこそ、ここを約束の場所にしたのだから。
*****
さて、皆様。寮というからにはどういったものを想像しますか?
はい、そうですね。アパートのような建物ですね。私もそんな感じのものを想像していたんですけど、寮というものの定義を根底から覆すような建物を見上げ呆然としました。
(え、ここでいいんだよね・・・私すごい場違いじゃない?)
ここは外国ですか?と思わせるような西洋建造物がそこにはあった。
学園もすげえと思ったが、それとはまた違った凄さがそこにはあり、さすがに学園はでかすぎではあったが、一般的な建物で、こちらは確かに大きさ的には寮と言えると思うが、問題なのがこの建物が思いきり洋館であるということだ。学園自体が山を切り崩して作られた建物のため、近くの寮も森の中にあるのだが、その多くの木が植えられていることにより、なんとか周りの風景に溶け込んでいるが、気づいてしまうとここだけ時代がおかしい。こんな所に住みたくないなあ、とか思ってしまうのだが、今からアパート探しなんてできるわけもなく・・・
(お金の工面も大変だしな。)
この学園は寮に入るのを強制はしていない。ただ、私は寮があるなら寮に入ればいいじゃない、と思っただけだ。けして、学園が街から離れていて、結構山の中に立っているからめぼしい住居が見つからなくて、学校から寮まで歩いて5分だったからとかではありません。ええ決してね。
私はため息を吐きつつ気を取り直して、地面に落してしまった荷物を拾い上げ、異空間へと侵入することにした。小市民の私が人生でお目にかかることなど今後ないだろう芸術品のようなドアノブに手を伸ばし、恐る恐る回した。
“うわぁーーー!!きゃぁーーー!!大変よ!!だめーーー!!お前ら何やってんだ!!”
何が起こってるんですか?と思わざるを得ないこの騒ぎっぷり。おそらく“音”の魔法がかけられているのだろう。開けた瞬間、一気に騒音が聞こえてきた。
“誰か助けてぇ!!ふざけんな!!やめてぇーーー!!”
中がこんなにうるさいのにやはり魔法ってすごい。私も早くいろいろ覚えたいなぁ・・・と来た早々危機に面してしまっているのだろうと感じて現実逃避しつつ、思い切ってドアを全開にした。
「すみません!新しくこの寮に入ることになったものですが・・・」
そんな呑気なことを考えていたからいけなかったのか、はたまたこの寮にこのタイミングで来たこと自体が間違いだったのか。
「くらえ!必殺・鎌いたち!!」
「ぎゃぁぁぁーーー!!」
「危ないわ!!」
「へ?」
まあ、後悔先立たずって言うし、仕方ないのかな
「「「きゃーーー!!」」」
女の子の一際大きな悲鳴が寮に響き渡った。
説明すると、私の嫌な予感は当たっており、寮のエントランスでは2人の生徒が暴れていたようで、大騒ぎになっていた。一人の寮生が放った魔法がもう一人に向かっていたのだが、その攻撃を避けたせいで、その真後ろにいた私へ今まさに当たろうとしていた。
「!!!」
気がついた時には全身が血まみれになっていた。初めに肩が痛いと感じた瞬間次々に“風の刃”が襲ってきて、私の体を次々に切り裂いていった。とっさのことだったので、無意識に顔だけは両腕で防御することに成功したが、体中切り裂かれたので服も髪もかばんもボロボロになってしまった。そこまで傷は深くなかったが、至る所から血が出ているので、傍から見たら相当ひどい姿になってるんじゃないだろうか。そのせいか、今まで騒がしかったエントランスホールが嘘のように静まり返っていた。まあ、長ったらしかった髪がザンバラになり、切られた髪が床に散らばっていることが余計今の私の姿・状況に拍車をかけているのだろうと思う。
居ごこちの悪さを感じつつも、とりあえず、一番落ち着いて見える人に声をかけた。
「ええっと、あの、すいません。今日から入寮予定だったんですが・・・」
相手にはおそらくとても不気味に見えたのではないだろうか。血だらけで、前髪でほとんど顔を見ることのできない人間に、口元だけでにこりと笑いかけられたのだから。もし私が話しかけられたら速攻で逃げます。
「・・・ああ、連絡は来ている。でも、その前に治療が必要だな。」
私の対応もどうかと思うが、この人もこの状況で普通に接してくるあたり、常人ではなさそうだ。とても知的そうに見えたのに・・・判断を誤ったか・・・!
「なんか言ったか?」
「いいえ何も!よろしくお願いします!!」
口には出してないはずなのにプレッシャーをかけてきましたよこの人。余計なことを言うとそのうち大変な目にあいそうだ。なるべく黙っておこう。
そんなことを考えていると、その女性は先ほどまで暴れていた2人組へ近づいて行った。見間違いでなければ、あの2人組・・・かすかに震えているのではないだろうか?
「おい、お前ら。関係ない奴まで巻き込みやがって、明日までに反省文30枚考えとけ」
「「ええ!30枚も!?」」
「当たり前だ。いつもよりたった10枚増えただけだろう?」
「「そ、そんなぁ・・・」」
その2人組はまるでこの世の終わりだ、とでも言いた気な顔をして床へと崩れた。
(と言うか、いつもこんなことしてんのかよ。勘弁してくれ・・・)
私の平穏な日常生活が・・・と思っていると、フリーズしていた他の生徒たちもやっと動き出した。先ほどの女性は、寮生のその様子をみて一つ頷くと私のもとへと戻ってきた。
「よし、じゃあお前、医務室に行くぞ。ついてこい。」
「は、はい!」
崩れ落ちたまま小声で反論している2人組を無視して、私と一緒に医務室に行こうとしていたその女性は、何かを思い出したかのように立ち止まり、再度振り返った。
「あ、そうそう。お前ら、ここ、きちんと片づけておけよ?もし明日まできれいになってなかったら・・・その時は、わかるよなぁ?」
「「ラ、ラジャー・・・」」
最後の声はどこから出しているんですか、と聞きたくなるような低い声で言い放ち、笑顔なのに全く笑ってないその顔に、自分に向けられているわけじゃないのに、背中に何か冷たいものが通った気がしてヒヤっとした。その証拠に、目の前の二人はけして目を合わせようとせず、下を向いてぶるぶると震えていた。
「新入生、もたもたしてないで行くぞ。」
「あ、はい!」
さっき切り裂かれたせいで持ち手が無くなってしまったかばんを手に抱え、目の前の人に続いた。
「悪かったな。あいつらのせいで、入寮の日にこんな目にあわせて。」
「あ、いえ。大丈夫ですよ。見た目ほど傷深くないですし。」
「それでもあいつの放った魔法で怪我したのは事実だろ。寮長として、謝らせてくれ。」
すると、急に頭を下げられた。
「うわっ、そんな気にしてないですから、やめてください!・・・てか寮長なんですか!?」
「ん?知ってて声をかけたんじゃなかったのか?」
なるほど、だから落ち着きのある人だったのか。あんな喧嘩を毎日仲裁していたらそうなってしまうのにも納得だ。
「知らなかったのか。まあ、よろしくな。あいつら、仲が悪いわけじゃないんだが、よく暴れてるから、巻き込まれないように気をつけろよ。」
だからってあれはちょっと過激すぎないか?それとも外部生だからそんなこと思うのか・・・つうか、寮長、そうやって微笑まれると
(かなり美人なんですけど!!)
美人が怒ると怖いってやつなんだろうな。
「ああ、そうだ、その荷物全部よこせ。ずっと抱えたままだと血つくし、それに直さないとダメだろ?直したら部屋に案内するついでに一緒に持っていくから、声かけてくれ。寮長室に居るから。」
「あ、ありがとうございます・・・」
「はは!お礼なんかいいよ、だってあいつらにやらせるんだからな。」
一瞬呆気にとられたが、次のせりふを聞いた瞬間また震えてきた。いや、別に寮長のニヤリ顔が恐ろしかったわけじゃないっすよ・・・
「ん?どうかしたか?」
「いいえ!なんでもないです!!」
まさか、寮長さまはサドで鬼畜な女王様・・・とかまったく思ってないです。というかそんなこと口に出したら殺される・・・!!!
「あ、おい!どこまで行く気だ。ここが医務室だ。」
「え?あ、すみません・・・」
少しでも寮長と距離を取りたいと思ってしまったせいで、早足に歩きすぎて医務室を通り過ぎてしまったみたいだ。
「それじゃ、ちゃんと治してもらえよ。」
そう言って私の頭をポンポンとなでてエントランスの方へと戻っていった。おそらく、今、一生懸命掃除しているあの2人のもとへ行ったのだろう。
(・・・ほんとご愁傷様です。)
これから可愛そうなことになるだろう2人に手を合わせた。
妙な共感と疲れを感じつつ医務室に入った。
「失礼します。」
「はい。どう・・・ぞ。」
これぞ保険医といった先生が唖然とした顔で出迎えてくれた。そのことに苦笑しつつ、目の前の女性を見ているとても癒されたような気分になる・・・やっとまともそうな人と出会えたから余計そう感じるのかな。
「・・・聞くまでもないわね。さあ、椅子に腰かけて。」
ちょっとびっくりしていたみたいだけど、さすが医療に携わる人だ。すぐに対応し始めた。
案内された椅子に腰を下ろすと、さっそく顔の傷から状態を確認し始めた。
「さっき、騒がしいとは思ったのよ。また喧嘩してたのね『胡桃』と『紅葉』は。まったく困ったものね。」
胡桃と紅葉・・・あの2人の名前だろう。どっちがどっちか分からないが。よく喧嘩するってことは、あの二人はここの常連さんか?
「うん、あんまり深くないみたいね。これなら自然治癒で傷も残らないわ。女の子だもの。体、特に顔に傷なんて作ってられないわよね。」
「そうですか・・・?」
「そうよ。あたりまえじゃない。」
当然、といったように微笑まれたが、男兄弟に囲まれて育ったから生傷なんか絶えない毎日で、そんなの気にしたこと無かったなあ。
しみじみと今までの記憶を思い出していると、先生が棚から緑なんだか紫なんだか色わからない薬を取り出してきた。思わず二度見した後、薬を注視してしまう。
「あら?どうかした?」
「・・・いえ・・」
(まてまて、早まるな。まだ私に使うとは決まったわけじゃない。それみろ、保険医の反応からして私に使うとは思えない。そこに置いてたのを思い出して片づけようと思って持ってきただけだ!そうだ、そうに違いない!!)
「じゃあ、治療を始めるわね。体を楽にして、目を閉じてね。」
目の前にある薬は気になるが、とりあえず言われた通り目を閉じる。すると、右手を取られ、目を覆うように手を置かれる。
「“痛いの痛いの飛んで行け~”」
(・・・)
「え?」
「ん?」
今、聞いたことあるフレーズを聞いた気が、と思ったその時、触れられている部分が温かくなってきて、傷口がムズムズしてきた。だんだんと温かさがなくなっていくのと比例して、ジワジワと疲労が溜まってきているようなきがする。
「はい、おしまい。大丈夫?呪文は適当に付けたけど、今の治癒魔法はさっき言った通り自然治癒を促進させるものだから、疲れが出ちゃうんだよね。人が元から持ってる治癒力を一気に高めて治すってことね?」
治癒魔法にも色々と種類があるのか。それにしてもすごいな治癒魔法、あんなに複数個所を切り裂かれていたのに全部治ってる。治癒魔法は高度な部類に入るらしいけど学生にも教えてもらえるのかな。
「よし、それじゃ、洋服も治さないとね!いくら女子寮って言ってもそれじゃ嫌だもんね。」
「うおっ!!」
どこから取り出したのか20cm程の杖をそれっと軽く振ると切り裂かれていた服が元に戻った。いきなりのことでびっくりしたが、今までは魔法とはほとんど関わりなく暮らしていたから、こんな短時間にたくさんの魔法を見ることができてちょっと楽しい。
「髪の毛も・・・と言いたいところなんだけど、髪の毛って死んだ細胞だから“治す”ことができないのよね。どうする?魔法で伸ばすことができないわけじゃないんだけど。」
「いや、別に好きで伸ばしてたわけじゃなかったのでちょうどよかったです。」
そう、別に人に素顔見られるの嫌!とか、そんな理由で伸ばしていたわけではなく、ただ単純に切りに行く暇がなかっただけだ。だって、ここほんと倍率高ったんだよ!!どのくらい高いのか知ったその日から体力づくりと勉強で手いっぱいだったんだから!!
「そう。でもそろえないといけないでしょ?この学園、人がいっぱいいるだけあって美容師を目指している子がいるのよ。その子に頼むといいわ。きっといい練習台だって言ってやってくれるわ。腕もいいし一押しよ?」
「えーと・・?じゃあ、お言葉に甘えて・・・?」
何か勝手に決められてるような気をしなくないが、腕がいいなら別に問題ないだろう。タダでやってもらえるんだからいいと思わなくちゃ。
「じゃあ、その子には私から連絡しておくわね。今の時間なら部屋にいるはずだから。」
「はい、よろしくお願いします。では、そろそろ失礼しま・・!」
ガタンッ
「・・・あ、あれ?」
立ち上がろうとして、足に力が入らず床に座り込んでしまった。何が起こったのか訳がわからず、保険医の方へ理由を求めて仰ぎ見ると、何ら変わりない微笑みのまま私を見返していた。
「やっぱり。一番足がひどかったからそこに副作用が来ちゃったのね。寝れば治るっていってもお昼過ぎたくらいだし・・・今から寝るなんてきついわよね?」
「そ、そんなことないですよ・・・?」
なんだか嫌な予感がしてきた。保険医の変わらない微笑みがなおさら怖い・・・!
「それでね、これ・・・飲んでほしいの・・・」
(でたあーーーー!!よくわからない代物!ここで来ましたあ!!!しかも、最悪なことに飲み物でしたー!!!)
コトンと目の前に置かれた緑だか紫だかわからない色をしたビーカーに入った薬のようなものに目を向けた。
「先生が心をこめて作った体力増幅剤の“新作の薬”なの。味はとってもまずいけど即効性だからすぐ立てるようになれるわ。」
(いやいやいや、だからって誰が飲むかよ!つーか絶対実験台になれってことだろ!!)
だらだらと冷や汗を流しながらとりあえず反論してみる。
「いや・・あのぉ・・・・その・・・ねえ・・・?」
どう切り返したものか、と私がまごついていると相手はしびれを切らしたのか強行手段に出た。
「さあ!行ってみよう!!」
先生は顔に似合わず、私の顎を掴むと口を無理やり開かせ薬を流し込んだ。
「もが!もが、もが、が、が、が、が、が・・・が・・・」
その後の記憶は私にはない。