白の章・『真実』の名を持つもの(2)
飲んだ事の無い酒を少し飲まされて、リマはぼんやりとした頭のまま寝室の窓から顔を出した。気持ちの良い風が頬を優しく撫でる。
少し離れた広場にはまだ灯りがついており、まだ騒がしい声が聞こえてくる。「みんな元気だなぁ」と微笑みながら祭りの余韻を楽しむ。
今日は楽しかった。毎年楽しいし、嬉しい日ではあるけれど、一人になるとどうしても考えてしまう。
本当なら、ルマも一緒に祝ってもらえたのに…と…
村人達はリマに、父親と母親は街へ行った帰りに事故に合って死に、ルマもその事故で行方不明だ…と説明していた。
リマは、正直その話を信じていない。何故、自分だけ無事なのか。何故、自分を置いて3人は街へ行ったのか。詳しい事を聞こうとしても、村人達の返答はちぐはぐで、それを指摘してもあやふやにされてしまう。
心優しい村人達のことだ。嘘をついていたとしても、きっと理由があるのだろう…と深く追求するのはやめた。
けれど、どうしても考えてしまう。家族4人で幸せに暮らしていたこの家に独りでいると孤独を感じる。せめてルマがいてくれれば…と8年間生死が分からない妹の事を想う。
窓から顔をだしたままでいると、視界に白いものが映った。
「…うさぎ?」
ほんのり光っているのかと思うほど、白すぎるうさぎが家の前でリマを見上げている。いや、本当にあれはうさぎだろうか?額に角のようなものが生えている。
「あ~!こぉんにゃところにいたぁ~」
間抜けな声のする方を見てみると、まだ酒にあまり耐性の無い少年が千鳥足になりながらこちらにやって来ていた。少年に気づいたうさぎは逃げていく。どうやら少年に追われてここまで来ていたらしい。逃げるうさぎをまだ追いかけようとして、少年は足をもつれさせて転んだ。
間抜けな少年の転び方に、リマはついつい笑ってしまった。笑い声でリマに気づいた少年は、嬉しそうな顔になり叫び出した。
「リぃマぁ~!えいりゅにゃんかやめてぇ~おるぇと結婚しよ~」
呂律がまわっていない事がおかしくて、さらに笑ってしまうリマ。自分が笑わしたのだと、気をよくした少年は、調子に乗って更に続ける。
「あぁんにゃ、ちゃらちゃらした男ぢゃぁ、リマを守りぇ~にゃい!おるぇにゃりゃ~、まお~りゅまが来ても~…」
そこまで聞いて、リマの頭の中が真っ白になった。
この、少年は何て言った?『まおーりゅま』?『魔王』は分かる。ここ数年、巷を騒がしている名前だ。その後に続く言葉が問題だった。『りゅま』。少年は呂律が回っていない。では、『りゅま』は、『るま』と…『魔王ルマ』となるのではないだろうか…
双子の妹と同じ名前…普通ならただの偶然だと、ただ同じ名前なだけだと、本人だとは思わない。記憶にある妹は、自分と同じどこにでもいる普通の少女だったのだから…
だが、昼間胸の奥に隠したざわざわとした気持ちが収まらず、リマを支配していく。目眩がして思わず手をついた机の上には、エイルから貰った食べかけの真っ赤な、真っ赤な果実…酸味の強さを思い出し、思わず顔を歪めた。
その瞬間、川の近くで果実を食べる自分。自分の顔を見て、笑っているエイルの顔が脳裏に浮かぶ。そして、昼間感じた言いようの無い不安の原因を思い出した。 リマは、森へと走り出した。
月の明かりだけが差す暗い森の中。何度も木の根に足をとられ転ぶが、それでも立ち上がり先へと進む。向かった先は川。着くと同時に、誰かに腕を掴まれた。
「リマ!こんな夜中に森に入ったら危ないだろ!?」
エイルが、息を切らしながらそこにいた。森へと走って行くリマを見かけて、慌てて追って来たのだ。
エイルが話しかけても反応せず、虚ろな目で川を眺めているリマに、心配になって話しかけようとした時、リマはまた急に川の向こうへと走り出した。エイルはしばらく呆然とした後、リマを夜の森の中に一人にさせることはできず、後を追う。
リマが立ち止まった場所は少し拓けた所。そこは、幼い頃にルマと二人で来た花畑だった。今が咲き頃の花達が、月明かりに照らされて、ゆらゆら、ゆらゆら、揺れている。リマは、座り込んだかと思うと、急に泣き出した。訳が分からないエイルはうろたえるしかできない。
「り、リマ?どうしたんだ?何があったんだ?」
「…エイ…ル…私…昔、あの川で…ミンスの実を食べた事…あったのね…」
エイルは目を見開く。その出来事を思い出してくれた事が嬉しいなどという考えは全く無く、リマがあの惨劇を思い出してしまったのかと血の気が引く。
「…その後ね、私凄く後悔したの…ルマを置いて離れた事…手を、離してしまった事…」
「…リマ…全部、思い出したのか?」
「ううん…思い出したのはそれだけ…それだけなんだけど…なんだか怖いの…」
肩を震わせて泣くリマを、エイルは包みこむように抱きしめ、優しく言い聞かすように言う。
「大丈夫。怖い事なんか何も無い。大丈夫だから…もう家に帰ろう?な?」
頷いて、立ち上がろうとした時、エイルの肩の向こうに先程見た白いうさぎが、またリマを見ていた。じっ、とリマを見つめるその赤い瞳は、まるでルマのよう…
「…私…行かなくちゃ…ルマと約束したの…」
ふらふらと立ち上がり、更に森の奥に行こうとするリマをエイルは止めようとするが、リマは止まらない。しょうがなく、ふらふらしているリマを気遣いながらついて行く。
花畑を抜けてまた森へ入り、木々が空を隠し月明かりさえ入らない暗い暗い場所へと進んで行く。エイルが、転びそうになるリマを何度か支えながら進むと、暗い森の中で不自然に明るくなっている場所があった。
二人が近づくと、そこには夜光虫のように強弱をつけながら光る棒状のものが浮いていた。
「…リマが探してたものはこれか?」
エイルの問いにリマは首を横に振る。夜光虫にしては大きすぎる不思議な物体を見て、二人は目を丸くするしかない。しばらく黙って見つめていると…
『『真実』を求める者よ 汝『力』を欲するか』
低く落ち着いた、威厳すら漂わせる男の声が二人の耳に届いた。