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真実 ノ ウタ  作者: ぷじ
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白の章・『真実』の名を持つもの(1)

 

◇◇◇◇◇


あの時はまだ知らなかった。まさかルマが本当に『魔王』となって世界を滅ぼそうとするなんて…


「…マ!リマ!?」

 エイルの声で我に返る。どうやら過去の世界にのめり込みすぎていたようだ。

「ごめん、エイル。」

 少し微笑んでごまかそうとしたが、エイルの表情は怪訝だ。

「…なんか、すげぇデ・ジャブ。」

「え?」

「ほら、初めて『ヴァルシータ』に会った時さ、その時もそうやってボーっとしてたと思ったら、いきなり走り出してったじゃん!」

 リマは、苦笑いで「そうだったかな…」と遠くを見る。


 リマは思い出す。

 ルマが『魔王』になった事など知らず、穏やかに生きていた幸せな日々…

 そんな日々の中、リマが『英雄』になる旅に出るきっかけになった存在と出会った日のことを…


◇◇◇◇◇


 『ヴァルシータ』と出会ったのはちょうど2年前。リマの14歳の誕生日の事だった。

 14歳になったリマは、まだ幼さが残るが、誰から見ても美しく成長していた。

 腰まで垂れる星の煌めきのような金色の髪。穢れを知らない澄んだ空のような瞳。自己主張がすぎない程度の高く整った鼻。薄く色づく花弁のような唇からこぼれる声は、寄せては返すさざ波のように心地良い。白く、華奢な手足が動けば、優雅に舞う蝶のようだ。

 この、宝石のような少女を、村人達は大切に、大切に育ててきた。

 ―――あの日の事を思い出さぬように…

 幼い少女の心は耐え切れなかったのだろう。リマは、6歳の誕生日前後の事を記憶から消去していたのだ。


「リマー!」

 窓の外から大好きな少年の声が聞こえてきた。二階の寝室の窓から覗くと、大好きな少年―――エイルが嬉しそうな顔で手を振っている。

「こんな朝早くにどうしたのエイル?」

 大好きな少年が来て、嬉しくないわけがない。リマも嬉しそうな笑顔でエイルを家に招き入れる。

「…リマ、14歳になっただろ?だから…これ…」

 ぶっきらぼうに差し出された手には、真っ赤な果実。『ミンスの実』が持たれていた。

リマは、6歳の誕生日前後の記憶が無い。つまり、エイルが実を渡した事も覚えていないのだ。エイルにとっては非情に残念な事だった。一度想いが通じたというのに、それが無かった事になっているのだ。落ち込まないわけが無い。しかし、事が事だ。仕方の無い事だった。エイルにとっても、あの光景は酷いトラウマになっている。あんな中で一晩中一人でいたのだ。どんな思いでいたのだろうかと思うと、今でもエイルの胸を締め付ける。

 あの後、もう一度ミンスの実を渡そうと考えたが、リマが赤い色に対して極端な拒絶反応を見せるようになった為、刺激してあの日の事を思い出させないように、泣く泣く今日のこの日まで諦めていた。

 しかし、そんな事を言っていられなくなった。この村では、男は16歳、女は14歳から結婚できる。誰もが見とれてしまう美しい少女を妻にしようと、この村だけでなく、近隣の村からも年頃の男達がこぞってリマにミンスの実を渡そうとしているのだ。誰かに渡されるくらいなら…!と、意を決してエイルは朝一番に実を渡しに来た。

 リマは、目を見開いて硬直している。その様子を見て、記憶が戻ってしまうかも、と焦って手を引っ込めようとした瞬間…リマがミンスの実を手に取った。

 その『赤』に吐き気を覚えたが、その果実の意味は知っている。硬直していたのは、ただ大好きな少年がその果実を持ってきてくれた事が、嬉しくて嬉しくてたまらなっかたのだ。ミンスの実を手にとった後、そのまま口に持って行き、少しかじった。

「…っ酸っぱ…!」

 酸味の強さに顔を歪めるリマ。エイルは、愛しい少女が実を食べてくれた歓びと、一度諦めなければいけなかった想いが報われた歓びで笑い出しそうになった。が、8年前のことを思い出す。同じタイミングで笑って、リマを怒らせた事を。

 叫びそうになるほどの歓びを抑えて、叫ぶ代わりにリマの手をぎゅっと握った。リマは、大好きな少年に手を握られて、恥ずかしいけれども嬉しいようで、頬を赤らめながら微笑んでいる。今度は失敗しなっかたようだ。

 エイルは、誕生日祝いが始まるまで他の男達に見つからないようにと、繋いだ手をそのままにリマを森へと引っ張っていった。


 森に入り、川へと着いた。季節は初夏。暑くはないが、ひんやりとした水が気持ちいい季節だ。

 手を繋いだまま裸足になって川に入り、綺麗な石を見つけたり、気持ち良さそうに泳いでいる魚を眺めたりして楽しい時間を過ごす。その中でエイルがひと際大きい魚を見つけた。

「よし!あの魚を捕まえて昼に焼いてもらおう!」

 そう言って、繋がれた手を、離した。

 その瞬間、リマに言いようが無い不安が押し寄せる。愛しい少年と手を離した寂しさからではない。手を離したら、大切な『何か』を失くしてしまいそうな―――…

「リマー!捕まえたぞー!」

 遠い意識の中に入ってしまいそうだったが、エイルの声に呼び戻される。見ると、見事大物を捕まえたエイルが、満面の笑みでリマを見ていた。リマも、満面の笑みで「すごい!」と大げさに喜ぶ。

 胸の奥のざわざわした気持ちを隠しながら…


 昼になり、広場に村人達が集まっていた。女達は各々が得意料理を持ち寄り、男達はそれを肴に主役が登場する前から酒を呑んでいた。

 主役、リマが登場すると、皆が集まり誕生日祝いの贈り物を渡す。小さな村で豪華な贈り物をする者はいなかったが、心を込めて作った首飾りであったり、祝福の歌であったり、小さい子供にいたっては「リマおねぇちゃんみたいなお花!」と可憐な花だったりと、どれも心温まるものだった。

 リマは思う。この村に生まれて幸せだと。皆に愛されて幸せだと。


 祝いの席も盛り上がり、そろそろリマにミンスの実を渡そうと一部の男達が動き出そうとしているのを素早くエイルは察知し、リマの横に立ち叫び出した。

「今日!オレは!リマにミンスの実を渡し!リマは!それを食べたー!」

 場が一瞬静まった後、歓声や怒声が広場に響き渡った。

 年頃の男女がミンスの実を渡し、それを食べるという行為は、婚約の証になる。リマが幸せになる事を素直に喜ぶ者、感極まって涙する者、先を越されたことに怒りの声を上げる者、落ちこむ者…

 様々な思いが場を騒然とさせ、その日は盛り下がる事無く日は暮れていった。


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