白の章・選択の日(1)
◇◇◇◇◇
―――それは、ちょうど10年前の事。
『危ないから子供だけで渡ってはいけないよ』と、厳しく言われている川の前に、同じ顔をした幼い二人の少女がいた。
青空色の大きな瞳に、煌めく金色の髪の少女の名前はリマ。夕焼け色の大きな瞳に、艶めく黒色の髪の少女の名前はルマ。
双子の少女達は二人だけで川を渡ろうとしていた。ルマより少し先に生まれたリマは、怖がってなかなか足が前へと進まない。リマより少し後に生まれたルマは、強気にリマの手を引っ張っている。
「だいじょうぶだよ!わたしたち明日でもう6さいなんだから、もうおとなだよ!」
まだ幼い彼女は、一つ年を重ねる事で凄く大人になった気分になっている。そんなルマの自信満々な態度を見て、「そうだよね!わたしたち、もうおとなだもんね!」とリマもつられて自信が溢れてくる。
二人は、大人への一歩を踏み出す高揚感と、まだ見ぬ川の先に期待を膨らませつつ、互いの手を強く握る。
その繋がれた手にあるのは絆。何があっても、互いがいれば大丈夫だと、二人でいればどんな事があろうと乗り越えていけるという、強い絆だ。
川を渡った先には、森の入り口周辺には無い植物や動物などがいて、幼い二人の好奇心を刺激する。そのまま奥に進むと、色とりどりの花が咲き乱れる少し拓けた場所に出た。花を摘んで、冠や首飾りを作っては交換してつける。まるで妖精のお姫さまになったみたいだね、と仲睦まじく微笑みあう少女達。
時間を忘れて遊んでいると、もう太陽が隠れはじめる時間になっていた。帰りが遅い!と怒る母親の顔が二人の脳裏をよぎり、慌てて帰路につこうとした時、ルマが不思議な動物を見つけた。
「ねぇ、見てリマ。あのうさぎさん、おでこに何かついてる。」
ルマが指差す方を見てみると、うさぎのような動物の額から角のようなものが生えていた。そのうさぎは、二人の方を見ては家とは反対方向へと少しずつ移動する。まるで二人をどこかへ導こうとしているようだ。二人の好奇心はすっかりうさぎに釘づけになってしまった。「ちょっとだけ。ちょっとだけだよ」と互いに言い聞かせるように言い合い、手を繋ぎうさぎを追って行った。
そこには、見た事がないほどの大きな扉がたたずんでいた。二人は扉の大きさに圧倒されて、うさぎがいなくなった事に気付かない。
「ねぇ、ルマ。これ変だよ?おうちがない。」
ルマが首を傾げながら見ると、リマの言う通り『扉』だけがたたずんでおり、普通ならば奥へと続いていくはずの建物は見当たらない。二人の好奇心がもっと調べたいと言っていたが、それ以上に母親に怒られる恐怖が勝って、また明日来ようという約束をし、急いで帰路についた。
翌日、二人の誕生日。その日の二人は朝からご機嫌だった。母親がわざわざ街から布を取り寄せ、リマには淡い桃色の、ルマには純白の、同じ形の服を作りプレゼントしたのだ。袖と膝まであるスカートの裾にはレースが付いてあり、それをひらひらとさせながら回り、「わたしたちお姫さまみたいだね!」「それ昨日も言ってたよ~」と笑いあっている。
そんな二人を微笑ましく見ていた父親は出かける前に二人を抱き寄せ、「今日は二人の為に早く帰ってくるからな!」と頭を撫でてから仕事へと向かった。それを笑顔で見送る三人。
そこには、ささやかだけれど、『幸せ』が確かにあった。
二人は、昼食を急いで、それでも服を汚さないように気をつけながら食べた後、昨日の『扉』の元へ向かうためにまた川の前まで来ていた。
「リマー!」
川を渡ろうとした時、少し離れた所から聞きなれた少年の声がした。そちらの方を見ると、赤茶色の髪をした活発そうな少年が、息を切らして走ってきていた。少年の名はエイル。隣の家に住む二人の二つ上の幼馴染だ。
「あ、あのさ、ルマ…わ、悪いんだけどリマと二人で話したいことがあって…いいかな?」
何の事か分からないリマは、首を傾げながらも、大好きな少年が来たことが純粋に嬉しかった。
「ルマ!すぐもどるからちょっと待っててね!」
そう言ってリマはエイルの元へと走って行ってしまった。固く、繋がれた手を離して―――…
エイルは、もじもじしながら、手をぶっきらぼうに突き出した。その手に握られていたのは、真っ赤な、真っ赤な、果実。リマはその果実を知っていた。その、『ミンスの実』の持つ意味も…
エイルは耳までミンスの実のように真っ赤になっている。リマの頬も同様に真っ赤だ。戸惑いながらも、ミンスの実を手に取り、口に含んだ。食べるという事は求愛を受けるという意味。
ミンスの実を食べたリマは、その酸味の強さに顔を歪めた。それを見たエイルは笑い出してしまった。リマの顔が面白かった訳ではなく、思いが通じたことが、笑い出してしまうほど嬉しかったのだ。
自分が笑われたと思ったリマは、赤くなった頬を膨らませて、ルマの元へ戻ろうと走り出した。
「…あっ!ごめん、リマ!笑ったのは、ただ…嬉しかっただけなんだ!」
また少し頬を赤らめて微笑むリマ。
「…またね、カイル!」
名残惜しそうに見つめるエイルに手を振り、ルマの待つ川へと走り出した。
大事にミンスの実を手に持ち、ルマに見せてあげようと川に近づき回りを見渡すが、ルマは何処にも見当たらない。
「ルマ?ルマー!?」
大声で呼んでみても返事は無い。リマの赤く染まっていた顔が、一気に青ざめる。
一人で川を渡ろうとして流されてしまったんじゃないか。恐ろしい野獣に攫われてしまったんじゃないだろうか。悪い想像ばかりが浮かんでは消えていく。
その手に持っていたミンスの実を落とした事にも気付かずに、リマは泣きそうになるのを堪えながら、ルマを探しに森の奥へと入って行った。