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真実 ノ ウタ  作者: ぷじ
22/25

白の章・姉の想い、妹の想い(2)

「ふぅぅ、ごくらく、ごくらくぅ…」

 フォンが、湯に浸かりながらまるで老人のような事を言う。それもリマにとっては可愛らしく、微笑ましい気分になりながら、今入っている浴場を眺めた。

 ネルサスの城の浴場も十分広かったが、このカトの城の浴場は別格だ。一体、何十人入れるのだろうと思うほど広い浴槽。真珠のような乳白色の石でできた場内。その中は薄暗く、湯に浮かぶ淡く光る赤い花が神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「…ホントに極楽だわぁ…」

 久しぶりにゆっくりと浸かる湯に、慣れない旅で疲れた身体が癒されていくのを感じて思わず声が漏れた。

「ふふふ、ご満足頂けているようですわね。」

 …声を聞かれてしまったようだ。女王エンカの笑い声が聞こえてきた。恥ずかしさのあまり、湯に顔を半分沈めてそちらの方を向く。立ち上る湯気の中、浮かぶ紅い華。それは、エンカの胸に咲いていた。その美しさに、リマは思わずじっと見てしまった。

「この痣が気になられるご様子で。」

 くすくすと笑うエンカ。不躾かと思ったが、それでも見ずにいられないほど、その華は美しかった。

「あの…レンカ様にもその痣ありましたよね?家系なんですか?」

「これは、王家の血筋にのみ咲く華。『聖なる火』を身に宿す証拠ですわ。」

 リマは首を傾げる。レンカが闇の中咲かせた燃え盛る華…あれは聖なる火だったのだろうか。

「わたくしのこの華も歴代の中では大きい方なのですけれど、リマ様もレンカの華をご覧になられましたでしょう?」

「はい、全身にありましたね。」

「華の大きさは力の大きさに比例します。聖なる火を生む力です。」

「生む…聖なる火をですか?」

「ええ、そうです。創造主は、我々王家に闇を照らす火を授けられました。聖なる火は、我々人間が火をやましい事に使ったり、暴走してしまった時の為の抑制力として聖獣を生みました。聖獣は、守護者であり、監視者なのです。」

 リマは、桃色の毛をゆらゆらさせながら器用に浮かぶフォンを見る。

「…そんな自覚なんて無いんだろうなぁ。」

「ふふふ、そうですわね。でも、無邪気でいられる時間があるという事は素晴らしい事ですわ。」

 どこか、遠くを見るような目で聖獣を見るエンカ。心配そうに覗き込む美しい少女に気づき、自嘲気味に微笑む。

「レンカには、無邪気な時間を与えられずに育ったのです…あの、全身に咲き乱れる華のせいで…」

「どうしてです…?」

 この少女の穢れの無い空のような瞳を見ていると、心が洗われるようで…この少女なら全てを赦して受け入れてくれそうで…エンカは消え入ってしまいそうな声で静かに語り始めた。

「…これは、我が母の…わたくしの恥です………母に咲く華はとても小さかった。それを、幼少の頃から恥に思っていたようです。わたくしが生まれた時は、わたくしの胸に咲く華を見て我が事のように喜んでいたらしいのですが、わたくしが生む火の大きさに、母はまた劣等感を抱き始め…日が経つごとにわたくしへの風当たりは強くなり、同時に母は心を病んでいきました。そして、レンカが生まれたのです。わたくしは、死産と聞かされていたのですが…どうやら、母はレンカの異常なほど大きな華を見て、狂ってしまったようです…昨年、わたくしが王位を継ぎ、あの呪詛結界の存在に気づくまで…レンカは九年間、あの、光射さない暗い部屋で…」

 リマの瞳から涙が落ちた。なんて事だろう。母親からの愛情が一番必要な時に、あろう事か捨てられるように閉じ込められてしまうとは…

 リマは、初めてレンカと会ったあの暗い部屋を思い出した。冷たく、固い石の床。精霊が生きていけない呪われた部屋。一筋の希望の光も射さない世界で、幼い少女は何を想ったのだろう…

 不意に、双子の妹の事が脳裏を過ぎる。妹も、闇の中に心が閉じ込められているのではないか。6歳の時から闇の中で彷徨っていて、今も自分に助けを求めているのではないだろうか。

 それを考えると、涙を止める事ができなかった。


 少女は、円窓から吹く風に赤い髪を靡かせ、月を見ながら愛する姉を想っていた。

 暗い、暗い、闇の中。光が射すのは、一日二回の食事の時と、稀に狂った母が来た時だけ…少女にとって光は、光ではなく、狂気の訪れを知らせるただの合図だった。

 母は言った。「お前は『異質』な存在だ」と。少女の幼い身体に咲き乱れる華を切り落とそうとしたり、焼いてしまおうとしたが、どんなにひどい傷をつけてもその華は爛々と咲き続けた。それを見て、母はまた狂う。

 それがおかしい事だなんて思っていなかった。それが普通だったから。この世界には、『異質』な自分と、狂った母しかいないと思っていた。

 その世界が変わったのは、変えてくれたのは姉という光の存在だった。

 彼女は、優しい光と共に現れ、自分を抱きしめてくれた。そして、泣いてくれたのだ。何度も、ごめんね、ごめんね、と優しく抱きしめてくれた。『ごめんね』という言葉をその時は知らなかったが、なんだか抱きしめられる事が心地良くて、嬉しかったのを一年経った今でも鮮明に覚えている。

 闇の中に射した優しい光―――その光を、姉を奪おうとしている者がいる。

 母が『異質』だと言い、姉が『誇り』だと言ってくれた全身に咲く華が熱を帯びる。今にも怒りで火が暴れ出しそうだ。

「あらあら、せっかく消してもらったのに、また燃えちゃうわよ?」

 水面に広がる波紋を思わせる静かな声が窓の外から聞こえた。闇に紛れたそれは、先日感じた禍々しい気配はなく、月を背に浮かぶその姿はむしろ月の女神のようだった。

「―――魔王…?」

 慈悲深い微笑をたたえ、白光しているように錯覚してしまうほど白く美しい手が少女の頬を撫でた。

「ねぇ、お姉ちゃんの事、好き?」

 忌々しく思っていた魔王が、何故か全てを受け入れてくれるような、救い出してくれるかのような気がして、素直に頷いてしまう。

「そう…私もよ。」

「…リマの事がか…?」

 その問いには答えず、魔王は優しい微笑を浮かべるだけ。

「…イイ事、教えてあげる。ミネルス国王には、私が植え付けた『魔の種』が巣食ってるわ。二の腕の部分を見せてもらってごらんなさい…ふふ…」

 それだけ言うと、魔王は闇に紛れて消えてしまった。

「『魔の種』…だと?何故、それをわらわに…?魔王、お前は何を考えている…?」

 少女の思いをよそに、月は輝き続け、そして夜は更けていった。

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