白の章・闇に咲く紅い華(3)
永遠の闇を思わせる漆黒の髪。世界の黄昏を予感させる赤い瞳。死人のような白すぎる肌の上に、浮かぶ血に濡れた三日月の唇。その姿は、見る者全てを絶望に陥れるほどに禍々しく。その声を聞けば、発狂し、息絶えるほど。
闇色のドレスを纏った『魔王』は、エイルの背後から抱きつくようにして浮かんでいた。
広場に人々の絶叫が響き渡った。
光が射さない暗い広場を、我先にと人々は逃げ出す。大人の怒号。子供の泣き声。おぞましい闇に心が支配されて、冷静な判断ができないでいる。
「ふふふ、見てごらんなさいよ。あ、ほら。子供が潰されてる。あ~あ、あれは死んじゃったわね。ふふふ、ホント…なんて醜いのかしら。ね、エイルもそう思うでしょ?」
エイルは、自分の顔のすぐ側にある顔を見た。黒い髪。夕焼け色の瞳。愛しい少女と同じ顔。幼い頃に行方不明になった幼馴染の少女だった。しかし、『それ』はもう、エイルの知っている少女ではなかった。黒髪の少女の纏う、そのおぞましい闇の気配に、エイルは身体が震えて動く事ができない。
赤い髪の少女も、絶対的な闇を目の当たりにして、涙を流しながら座り込んでいる。
「ルマ!エイルから離れて!!」
「…この前は、泣いて怯えてただけだったのに…愛する男の為なら違うのねぇ…?」
いやらしい笑みを浮かべてエイルから離れ、リマに近づく。鼻と、鼻がくっつきそうなくらいまでに近づいて呟いた。
「…気に入らない。」
闇が、より溢れ出した。すぐ前にいるはずの双子の妹の姿さえ見えないほどの闇が広場に広がった。
「エイル!エイルどこ!?」
「リマ!!どこだ!?」
「うわぁぁんママぁぁ!」
リマは、完全な闇の中に手を伸ばす。それを掴んだのは、触れた先から凍えてしまいそうな冷たい手。耳元で静かな、けれど狂気を孕んだ声が囁く。
「みんな、みんな、壊してあげる。」
「ぃ…やぁぁぁぁぁ!!エイルーーー!!」
狂ってしまいそうになった時、小さな赤い光が煌めいた。
「レンカ!!何をしているのです!?闇を祓いなさい!!」
凛とした女性の声が聞こえた後、闇の中に大きな赤い華が咲いた。それは、聖なる火。聖なる火は、闇を照らす。その中心には、流れる涙をそのままにして火を纏う赤い髪の少女。
「おのれ魔王!!よくも、わらわを辱めたな!!その罪、死を持って償え!!」
赤い火の花びらが魔王を襲う。それを軽々と手で払いのけ、嘲りの笑みを浮かべる魔王。
「ふふふ、魔王と天使の区別もつかなかったくせに、言う事だけは一人前ね?…やっぱり、『異質』な人間は、考える事もちょっとおかしいのかしら?」
「だ…黙れぇぇぇ!!」
赤い華が燃え盛り、闇に閉ざされた世界を照らした。完全に消えさる闇。が、華は止まる事無く大きさを増していく。広場の上に、大きく、大きく花開く炎。零れ落ちる花びらが地上に降り注ぎ、あらゆるものを燃やしていく。
「ふふふ…リマ、見てごらんなさい。あの炎は、闇どころか全てを喰らい尽くすわよ。」
華の赤い光に照らされながら妖しく微笑む魔王。
「…ルマ…何がしたいの…?」
その問いに無言で微笑んで、闇が魔王を包む。
「ルマ!待って!」
リマの願いむなしく、また魔王はその姿を消してしまった。
代わるように、長く上質な着物を引きずりながら、鮮やかな赤い髪の20代前半の女性がこちらへ走ってくる。その眼差しは、リマ達に向けられているのではなく、燃え盛る華を撒き散らす少女に向けられている。
「レンカ!やめなさい!レンカ!!」
赤い髪の少女にどことなく面影が似ている女性は、赤い華の中に飛び込んで行こうとしている。それをエイルが慌てて止めた。
「何してんだ!?危ないぞ!?」
「離して!!レンカが…このままだとレンカが…っ!!」
少女の肉親だろうか。燃え盛る少女の身を案じて、その瞳には涙が浮かんでいる。その涙を、桃色の小さい前足がすくった。
「なんで泣いてるの?こんなに気持ちいい火が溢れてるのに変なの。」
フォンが、はじけてしまいそうな元気で飛び回る。リマが「こっちへおいで」と言っても、興奮している様子で戻ってこない。赤い髪の女性は、小さな聖獣の姿を呆然と見た後、我に返り聖獣に祈りを捧げだした。
「ああ…ああ、聖獣様…お願い致します…荒ぶる火を鎮め、わたくしに妹をお返し下さいませ…」
「え?火をなくせばいいの?やだよ、もったいない。」
「お願い…お願い致します…このままでは、我が妹はその身から出す火に焼かれ、命尽きてしまいます…お願い致します聖獣様!!」
その涙に負けて、渋々といった感じでフォンは燃え盛る少女の方へ飛んでいく。
「フォン!危ないわ!」
「案じる事はありませんわ。聖なる火は、聖なる獣を燃やす事は決してありません。」
連れ戻そうとしたリマを、女性のしなやかな手がそれを制した。心配そうなリマの眼差しの先には、火の中に入って嬉しそうにしているフォン。女性の言うとおり、フォンは焼かれる事なく、むしろ同化しているようにすら見える。
そして、その小さな口を精一杯に開け―――なんと、少女の纏う燃え盛る華を、食べ出した。
「おいおいおい、豪快な食べっぷりだな?」
エイルの言うとおり、フォンは凄まじい勢いで火をその口の中へ持っていっている。リマとエイルが呆然としている間に、あっという間に少女の周りの赤い華は消え去った。3人は少女の元へ駆け寄った。そこには、上質な着物は火に焼かれたのだろうか、全裸で力なく横たわる少女の姿。その全身には、紅い痣。少女の全身に紅い華が咲いている。
女性は、羽織で少女を包み、その身を強く抱きしめた。
「元凶は消えたけど、街中火事だらけだなぁ…」
エイルが、赤く揺れる空を見ながら呟いた。そう、燃え盛る赤い華は消えたものの、それから舞い落ちた花びらは街中に降り注ぎ、今なお燃え続けているのだ。女性はもう一度助けを求めようと聖獣を見たが、聖獣は仰向けになって小さいお腹を大きく膨らませて「おなかいっぱぁい」と、小さい手で擦っている。諦めて誰かを呼ぼうとしたが、おぞましい闇に追われて周りにはリマ達しかいない。女性は、優しそうな顔を苦々しく歪めて、腕の中にいる妹をリマに差し出した。
「わたくしは城へ戻り人をよんできます。申し訳ありませんが、妹をしばらくお願い致します。」
言い切る前に、女性は長い着物を引きずるように走って行ってしまった。