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真実 ノ ウタ  作者: ぷじ
14/25

白の章・海に浮かぶ悪意(1)

 その夜は、悪夢のようだった―――…


 始まりは、晩餐の時。食堂に入ると、初めて見る顔があった。腰まで届く銀色の髪の毛を襟足で纏め、暗い紺色の瞳の彼は言った。

「はじめまして、天使様。私は、ヒューグ・ヴァ・ネルルシータと申します。お見知りおきを。」

 今日まで他の地域に視察に行っていたというネルサス国第一王子だった。手を差し出されて、それを握ると冷たいものが背筋を走った。爽やかに笑いかける王子。だが、その暗い瞳は笑っていない。彼から感じる『もの』の名を、その時はまだ知らなかった。

 晩餐が始まり、和やかに時は流れていく。シフィアスが軽い冗談を言い、国王がそれを柔らかな物腰で毒のある返しをし、王妃は楽しそうに笑う。ヒューグは、ただ冷たく微笑んでいるだけ。リマは、ヒューグから感じる『もの』が何故か怖くて、美味しいはずの食事が、砂を食べているような気分だった。


 食事が終わり、部屋に戻ろうとした時に国王が「おやすみ、また明日」とリマに声をかけた。その優しい海色の瞳を見たのは、それが最後だった―――…


 湯浴みから戻り、月に色々な思いを馳せている時だった。乱暴に扉が開かれた。

「リマ!助けてくれ!父上…父上が…!!」

 焦るシフィアスにつれて行かれた先は、王と王妃の寝室だった。そこには、泣き叫ぶ王妃。それをなだめるヒューグ。うな垂れる数人の医師達。そして…横たわり、動かない国王の姿。

「…そ、そんな…間に合わなかった…」

 膝をつき静かに涙を流すシフィアス。急な出来事にリマの頭はついていかない。

「…国王様…?ど、どうしたの…?なん…なんで動かないの?なんで…みんな泣いているの…?」

 王妃も、シフィアスも、医師ですら目の前の出来事を認めたくないかのように、何も言わず泣いている。そんな中、ヒューグが冷たい口調で言った。

「こちらへ来たまえ。」

 ヒューグに促されて国王の前まで来た。彼はおもむろに掛けていた布団を剥ぎ取り、動かない国王の手をとった。

「見ろ!卑劣な火の国の所業を!!」

 リマは口を押さえてえづいてしまった。露出された上半身のそのほとんどが赤黒く爛れて、見た事の無い赤い文字が刻まれていた。いや、正確には見た事は無いが、知識としてはその存在を知っている。

「………火の…『神語』…」

「…そうだ…火の国の王家に伝えられている文字だ。和平条約を結びたいと届いた親書を開いてみれば、そこから黒い炎が巻き起こり、父上の手を焼いたのだ!炎が消えても、この赤い文字は父上を蝕んでいき…先程心の臓に届いて…父上は…」

 王妃の叫ぶ声が、より大きく響いた。目の前の国王は、もう、動かない。その事実をリマはまだ受け入れられない。昼間、一緒に散歩したのだ。一緒に笑いながら、街の絵描きに書いて貰ったのだ。先程まで笑って…また、明日…と…

 まるで、悪い夢でも見ているかのようだった。


 ―――翌日、国葬が行われた。

 街の中を、国王を納めた棺を乗せて進んで行く。先頭には大神官。左右には、王を天に正しく導く為の笛を吹く神官達。その後ろに王妃とシフィアスとヒューグ。それに王家の親族。リマも、天使として棺の後ろを歩いていた。

 国王のあまりにも急な崩御に、国民は泣き叫んでいる。その様子は、どれだけ国王が愛されていたのかがよく分かる光景だった。リマは、その様子をぼんやりと見ていた。まだ、心がついていかない。国王の遺体が棺にあるとは信じられない。しかし、人々の泣き声が、王妃の涙が、嫌でもその現実を突きつける。たった三日間。三日間という短い時間だった。それでも、リマの心に入るには十分な時間だった。それほどの魅力がある人物だったのだ。

 昨日、国王と散歩した通りに入った。その瞬間、少ない国王との思い出が脳裏を過ぎ去り、堰を切ったように涙が溢れてきた。涙で前が見えず、ふらふらと歩くリマに気づいたシフィアスが肩を抱き支える。その様子に人々はまた涙した。

 一日をかけて街を回り、そして王家の墓場に着いた。大神官が悼みの言葉を並べ終え、皆が穴の中の棺の上に花を投げる。リマの番が回ってきた。あの、深い海のような瞳を思い出す。今思えば、あの海の底に父の姿を見たのかもしれない。父と国王は似ても似つかないが、それでも全てを受け入れてくれるような深い愛情を国王の中にも見たのだ。

「…さようなら…ありがとう…」

 その日、父との二度目の別れをした。


◇◇◇◇◇


「…国王様のお墓参りにも行かないとね。」

「ああ、そうしてくれ。きっと、父上もリマに会いたがっているよ。」

 2年前に、悪意の犠牲になった亡き前国王を想った。純粋すぎたあの頃。この世界には善意と希望しか無いと思っていた。

「…汚れてしまった私でも、会いたいなんて思ってくれるかしら?」

 妹の血で染めてしまった手を見つめながら呟いた。すると、エイルが大げさに叫ぶ。

「おいおい、リマ!お前が汚れてるんだったら、シフィアスなんて汚すぎて、見るだけで吐いちまうぜ!?」

「…エイル…貴様、そろそろ本当にあの世に送って欲しいみたいだな…?」

 シフィアスは腰に下げていた立派な剣を抜き、エイルに向ける。

「国王様、冗談ですよ…?ははは…」

 さすがに、身の危険を感じたエイルは素直に謝るも、シフィアスはもはや聞く耳は持たずエイルに斬りかかった。間一髪でそれを避けたエイルはリマをお姫さま抱っこをして逃げる。

「おのれ、エイルー!待てー!」

「ははは!無理ー!」

 いきなり始まった国王と村一番のいたずらっこの鬼ごっこ。見ている者達は大きな声で笑い、どっちが勝つか賭けだす者も出だす。リマも笑いながらエイルを応援している。それがまたシフィアスの気分を逆撫でた。

 リマはエイルに抱きつきながら思った。こんな楽しい追いかけっこならどんなに良かっただろう。悪意に追われ、逃げ出した夜。あの夜、この世界は汚いものも存在しているのだと、初めて知った―――…

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