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第一話 あずき裏殺し

掲載日:2026/04/18

妖怪あずきぎらいというのが、いる。


こう書くと、何やら大仰だが、べつに角が生えているわけではない。

町なかにまぎれて歩いていても、そうとは気づかぬ。

ただ、祝いの席に赤飯が出ると、胸のうちで何かが煮え立つ。

それだけのことで、妖怪になってしまう人間も、世の中にはいる。


子どものころ、誕生日になると、お母さんが赤飯を炊いてくれた。

小豆の赤はつやがあり、湯気はやさしく立った。

あれを食うと、自分も世間に迎え入れられているような気がしたらしい。


いま、そのお母さんは病院にいる。

しかも、因果なことに赤飯が食えぬ。

食わせたいものを食わせられぬというのは、案外、人の心に澱をつくる。

その澱が長う積もると、妙なかたちで吹き出す。


妖怪あずきぎらいは、夜はパン工場で働いている。

人づき合いは薄い。

暮らしは地味で、無駄づかいはしない。

それでも、胸の底には、祝いの赤に対するわけのわからぬ執念が残っていた。


卒業式の給食に赤飯が出ると聞いた朝、

妖怪あずきぎらいは、町はずれの公衆電話へ入った。

なぜ公衆電話か。

そんなことは、本人にもよくわかるまい。

ただ、こういう手合いは、妙なところだけ慎重である。

手袋をはめ、深呼吸を三つした。


そして、受話器を取った。

「いつもお世話になります」

入りはていねいである。

こういうところが、かえって気味が悪い。


相手が出ると、妖怪あずきぎらいは低い声でいった。

「今日、そちら、赤飯を出しますよね」

向こうは少しためらったようであったが、役所らしく、当たり障りのない返事をした。

「いまは卒業の時期ですので、各学校でお赤飯を出しております」

すると妖怪あずきぎらいは、

「だから」といった。

「お祝いってものを、考えたことがありますか」


これである。

話は赤飯のはずなのに、急に祝いの本質へ話を持ってゆく。

本人は深いことをいったつもりなのだろう。

しかし、受けるほうはたまったものではない。

受話器の向こうで、職員が口を押さえ、隣を見た気配がした。

同僚は、ああまたかという顔で、ゆっくりうなずいたろう。


だが、妖怪あずきぎらいは、それを

自分の言葉が相手の胸にしみたと受け取ったらしい。


電話を切ると、狭い電話ボックスの中で、斜めに天を仰いだ。

英雄気取りなのである。

顔はあずきのように赤かった。

頭から、ほうっと湯気が出た。

一本、二本、三本。

その湯気は思いのほか勢いがあり、やがて電話ボックスのガラスを白く曇らせた。

外から見れば、だれかが中で何かを蒸しているようにしか見えぬ。


通りがかりの男が一人、足をゆるめたが、

この世には見ぬが花ということもあると心得ているらしく、そのまま行ってしまった。

しばらくして湯気がひいた。

妖怪あずきぎらいの姿は、もうなかった。


あとに残っていたのは、ざるに盛られた小豆である。

ふっくらと、つやよく、ちょうどよく蒸し上がっていた。


人間というものは、おかしなもので、

長いあいだ憎んでいるものに、いつか似てくる。

妖怪あずきぎらいも、そうであったのだろう。


祝いを憎み、赤飯を憎み、小豆を憎みつづけたあげく、

しまいには自分が、いちばん見事な小豆になってしまった。


春先のやわらかな日が、電話ボックスの床にさしていた。

読んでいただき、ありがとうございました。


人の心のよどみやこだわりを、妖怪の姿で書いていく短い話です。

また読んでいただけたらうれしいです。


このお話をもとにした短い動画もあります。

ご興味があれば、ご覧ください。

https://www.youtube.com/shorts/oI9sl5QU88Q

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