ルールのない世界 1
「話をまとめると……失敗ということですね」
数日前の放課後、タイヨウとシノハがコロッケを買った商店街のはずれにぽつんと建つ肉屋の前で。
ペンギンのかぶりものをしているのであろう燕尾服を着た男性が奇妙なもちかたでシャボンフォンをつかい、だれかに電話をかけていた。
「きいていた話とちがっただけだとか、ニワヒヨのほうは言いわけしていたな」
「結果的には失敗でしょう。それにわたしはこうも言っておいたはずです……油断をするなと」
「仕事だからな。さすがにニワヒヨもおれも油断をするなんて初歩的なミスは」
「わかっていますよ。金剛ミカゲの強さはこちらの想像以上だった、それだけのことでしょう」
にしても精鋭中の精鋭を厳選した百の軍勢を圧倒してしまうとは……おそろしい。
と口にしつつもペンギンの男は笑っている様子。
「ところでニワヒヨさんはどうされました? 会話にまざろうとしないなんて珍しいことも」
「失神して……のびているよ。あほ面で」
「不意打ちさえも失敗したということですね?」
「本当にあいつよりも強い人間がいるのか? だとしたら今回の仕事をキャンセルさせてもらいたいんだがな」
「大会。こちらの世界で言うところの序列を決める闘争で表向きには金剛ミカゲよりも強い人間がいることには、一応なってますね」
「一応? 毒でもつかったのか」
ペンギンの男が、通話中の相手であるスズツキに金剛ミカゲが水心大会で二連覇していたことを説明する。
「なるほど……今回の序列を決める闘争ではそいつが金剛ミカゲに勝ったが。あくまでもラッキーかもしれないということだな」
「幸運を味方にしたていどで勝てる人間だったかはそちらのほうがよくわかっているのでは」
「お上品な嫌味をどうも。それで、つぎはその現在のチャンピオンさまに挑戦するのが仕事か?」
なにかを考えているようでペンギンの男は返事をしない。
「作戦変更です。スズツキさんたちは魔術の才能の高い人材を数人ピックアップしてください。可能であれば確保しておいてくれるとたすかります」
「育成する余裕はないんじゃなかったのか?」
「金剛ミカゲの強さが想定以上だったことから……こちらが思っている以上に人間の成長スピードは、はやいのかもしれません」
彼の武術歴は数年ていどだったはずなので、スズツキさんの操作術を育成につかえば……才能の高さによっては即戦力になれる可能性もあるかと。
とペンギンの男が続ける。
「あまり、そういうつかいかたはしたくないんだがな……いいやつみたいで」
「そのポリシーはできれば捨ててください。復興のために」
「復興のためだったら、なおさら人間の力をあてにしないほうがいいんじゃないのか? 最終的に手に負えなくなったら本末転倒だろう」
「個人的には復興できるのであれば自分の存在さえも必要ないとさえ思っているんですよ。あくまでもわたしの理念が生き残れれば……それだけでいいのです」
「そこまで自分をないがしろにできるのなら、復興のこともあきらめたらどうだ? それこそポリシーというやつだろうし」
シャボンフォン越しにきこえるスズツキの言葉に対してかペンギンの男が笑う。
「あいかわらず口が上手いですね」
「あんたが嘘をつくのが下手なだけだろう。言っているほど自分を捨てられないし、本当は復興のこともどうでもいいと思っている。ちがうか?」
「まったくの嘘というわけでもありませんよ。自分の存在と引き換えに実現できるのであれば……よろこんで命を捧げるつもりではありますよ」
「後継者がいるってことか?」
「誕生する予定はあるとだけ言っておきましょう。教えたほうがスズツキさんのモチベーションが」
「仕事なんだから、モチベーションていどで依頼人のやわいところをつつく趣味はねーよ」
意外とおやさしいんですね、というペンギンの男の言葉をきき。
「やめてくれ。おれは悪いやつだ」
感情のこもってそうな台詞とは裏腹にスズツキは冷静に返事をしていた。
「復興の件はさておき……もらった報酬分の働きはさせてもらうよ。魔術の才能の高い人間をあつめるだけでいいんだな?」
「できれば女性のほうが望ましいですかね」
「伝説を信じているとはロマンチックなことで」
「可能性があるから、そうしてほしいだけですよ」
ところで現在のチャンピオンさま、もとい武術家連中にはもうちょっかいをだすつもりはないと判断しても?
確認するようにスズツキがペンギンの男にきいている。
「基本的にはそうなりますね、育成のほうが楽ではありますから。ただし……こちらの武術家の最高峰のひとりでもある日永タイヨウだけはわたしが軽く手合わせをする予定ではあります」
「触らぬ神に祟りなし、という言葉がこちらの世界にはあるとかないとか」
「ご忠告をどうも。ですが……すでに手遅れかと。こちらの世界にいられる時間も迫ってきてますし。土産のひとつとしてどれほどの実力か、自分の手で確認をしておきたいのでね」
バトルジャンキーな依頼主さんだことで。
そうスズツキが毒づいている。
「あと、さっきからなにをもしゃもしゃ食べているんだ?」
「こちらの世界の食べものである、コロッケという丸くて平べったい茶色の物体を食べています」
「あまりおいしくなさそうだな」
「ところが意外とこれがおいしいんですよね。食感としては」
「依頼主さんのグルメレポートをきくつもりはないんでね。切らせてもらいますよ」
通話が切れてしまったシャボンフォンをペンギンの男が見つめている。
「おばちゃん。フライドポテトください」
そんな黄色い声のきこえた方向にペンギンの男が顔を動かす。
黒のだぼついたチュニックに、デニム生地のスキニーパンツを身につけている……月宮クモラが肉屋の店主からフライドポテトを受け取った。
「すみません。少しききたいことがあるのですが、よいでしょうか?」
ペンギンの男がクモラに声をかけた。
「タイヨウくん! お久しぶり」
昼休み。教室を出ていき、どこかへいこうとしていたタイヨウにヒオリは声をかけた。
「昨日もそのまえも会った気がするんですけど」
「さすがにもうおどろいてくれないか……かわいい反応だったんだけどな」
「またデートのお誘いでしたら断らせてもらいたいんですけど。女の子と殴ったり蹴ったりはできないので」
「ううん、今日はちがうよ。タイヨウくんのおさななじみの月宮クモラさんを紹介してもらえないかなと思ってさ」
タイヨウが歩くのをやめてしまう。黒髪の彼の顔をのぞきこむようにしながら、いっしょに移動していたヒオリも動きをとめる。
「クモラにですか……どうして?」
「タイヨウくんのことをいろいろと教えてもらおうかと思って。駄目だったら委員長ちゃんでもいいんだけど」
「わたしもタイヨウくんのことはそんなに知らないから、きかれても困るわ」
声のしたほうにタイヨウとヒオリがふりむく。
むっとした表情のシノハが仁王立ちをしていた。




