まったりとした平穏な日常? 2
「もうなくなっちゃった」
歩きつつシノハがきょろきょろと顔を左右に……駄菓子屋の前のコインカプセルの真横に設置されている楕円形の箱を見つけ、ちかづく。
空になった缶ジュースをリサイクルバブルを発生させる楕円形の箱の中に火色の髪の彼女は捨てる。
しばらくすると、取り出し口からコインカプセル専用の硬貨が出てきた。
親指と人差し指で挟んだ、コインカプセル専用の硬貨を見つめているシノハの目がきらめく。
どのコインカプセルを回そうか考えているシノハの姿を、タイヨウが後ろからだまって見ていた。
コインカプセル専用のお金を入れて、回す。
出てきたカプセルを火色の髪の彼女が開ける。
一般的には、あまりかわいいとは思さそうなデザインのネコのストラップが入っていた。
「かわいい!」
我に返ってかシノハがタイヨウのほうを見る。
「さっきの水心のこと、もっと教えてくれる?」
「コロッケを食べながらにしようぜ」
からかうつもりがまったくなさそうにタイヨウがすぐちかくにある肉屋を指差す。
コロッケをふたつ……からあげがいくつか入っている透明なパックをひとつ、タイヨウは買った。
「このストラップ、かわいいでしょう?」
左手にもったコロッケをかじって、シノハが隣を歩くタイヨウに斬新なデザインのネコのストラップを見せる。
「女の子が好きそうなネコだな」
「日永くんは苦手な感じ?」
「苦手というか……コロッケ食べながら歩いている委員長のほうが珍しいからな」
シノハがネコのストラップをひっこめ、タイヨウに顔を見られないようにしていた。
「水心のことについてだけど」
「話をそらせる万能の技でもないと思うが」
「水心のことについてだけど」
同じ台詞だったが、火色の髪の彼女の声が小さくなっていたからか。
「委員長は水心のなにが知りたいんだ?」
と黒髪の彼は話を合わせる。
コロッケを食べおわったシノハがやたらと自分の唇を気にするような動きを見せていた。
「たしか武術のための理想的な精神状態のひとつが水心とか言っていたと思うんだけど……具体的にはどういう感じなの?」
「たとえば……今、委員長がおれのもっているこのコロッケも食べたいと思っているとするだろう」
「思ってないから……からあげのほうだから」
「たとえばだって。そもそもこのコロッケも委員長に食べてもらうためのものだし」
「そういうことだったら遠慮なくもらう」
タイヨウから受けとったコロッケも、すぐに半分ほどシノハの口の中に消えてしまう。
「委員長は今、どんな気分だ」
「コロッケおいしい。また食べたい……とか」
「じゃあ、さっきそのコロッケを食べられるかどうかわからなかったときは?」
「日永くんがコロッケをかじったら間接キスになりそうだなー、みたいな感じじゃない」
「おれが考えていた返事とちがうな」
「日永くんがもっていたコロッケを食べたかったのは認めてあげる」
ぺろりと、ふたつめのコロッケもなくなった。
「欲望を満たしたい気持ちみたいなものが水心?」
「逆だな、むしろ悪い精神状態みたいなもの。武術に変換? をすると相手のつぎの動きや殴る蹴るのモーションがなんとなくわかる感じ」
「精神状態が不安定だから、動きが読みやすい?」
からあげに刺さっているつまようじをつかもうとしたシノハの行動に合わせるように……タイヨウが左手を動かす。
「ちがうからね! つめたくなったら、からあげがおいしくないから」
「からあげを気に入ってもらえてなによりだな」
シノハを笑ったりすることなくタイヨウは言う。
「はい……あーん」
火色の髪の彼女の親子や恋人同士しかしなさそうな行動に黒髪の彼が不思議そうな顔をする。
「日永くんのコロッケもらったから、そのお礼」
「そういうことね。べつに」
「わたしのことを美人だと思ってくれているなら、すなおに受け取ってほしいんだけど」
「じつは……食べているところを他人に見られるのが苦手で」
「腕が折れても試合を続けるような男の子にそんな繊細なところはないと思う」
ようやくタイヨウが困った顔をしたからかシノハがにやつく。なにかに気づいたのか黒髪の彼が目を見開いた。
「なんで委員長がそのこと知っているんだ? 暴力とか嫌いだから試合の応援とかするわけ」
「月宮さん! 月宮さんにきかされたの。日永くんがむちゃばっかりするとかって」
シノハに愚痴っているクモラの姿が目に浮かんだのかタイヨウがぎこちなく笑う。
「えい」
火色の髪の彼女が黒髪の彼の口の中にからあげをほうりこんだ。
ぱあっと表情を明るくするシノハ。
「今のは不意打ちだったからノーカウント……もういっこ、からあげを食べないとね」
「どういう理屈だよ」
「ほらほら……はい、あーん」
「残りは委員長の分だからな」
夕日のせいでそう見えるのか頬が赤いタイヨウがシノハに差しだされた、からあげを食べた。
「これくらいで動揺するなんて修行不足じゃない」
「相手が委員長だからな、しかたないだろう」
からあげの入ったパックを……タイヨウから手渡されたシノハ。ふたたび歩きだした黒髪の彼を追いかけるように火色の髪の彼女も移動する。
「もしも月宮さんが今と同じことしたら、日永くんは動揺するの?」
「ありえないな。委員長と同じ女の子だが、おさななじみとしての付き合いが長いから異性として意識することはないよ」
「でも、一番仲がいいんでしょう。家族みたいに」
「家族だったら一般的には動揺しないだろう」
「そっか、それもそうだね。時間は大丈夫? 日永くんって寄宿舎だったよね……月宮さんと同じで」
タイヨウが隣を歩くシノハの顔をのぞきこむ。
火色の髪の彼女は平然としていると思ってか黒髪の彼は心配そうな表情をしない。
「時間は平気だし、いざとなればどこからでも寄宿舎に帰れるからな。むしろ委員長のほうこそ」
「日永くんは……彼女とかつくらないの?」
話をそらさないでほしい、と言っているかのようにシノハが口にする。
「好いてくれている異性がいないからな」
「月宮さんは家族だから例外?」
「例外とか以前におれのことを異性として好きじゃなさそうだろう。手のかかる弟みたいな感じでさ」
「たしかにそうかもしれないね、月宮さんは」
シノハがさらになにかを言いかけるも、タイヨウが動きをとめて自分のほうを見ていることに気づき火色の髪の彼女が首をかしげる。
「この子とのデートがおわるぐらいまでは……気づかないでよかったのに。でもこのまま気づいてくれない可能性もあったのか」
とつぜん後ろから女の子の声がきこえてシノハがびくつき、ふりむく。
自分と同じ学校の制服を着た、セミロングの黒髪の女の子が立っていた。




