まったりとした平穏な日常? 1
水心大会の決勝戦から一週間ほど。
金剛ミカゲに折られたタイヨウの右腕は完治し、問題なくいつもどおりの生活を送っていたある日の放課後。
夕日がさしこむ教室の自分の席に座る学ラン姿のタイヨウはスクールチェアにもたれかかり、まぶたを閉じていた。
そんな隙だらけに見える黒髪の彼の背後に、音をたてないように移動をしている火色の髪をした女子生徒がひとり。
「暴力反対主義の委員長のイタズラにしてはかなり過激すぎないか」
「ちぇっ……やっぱりバレちゃうのか」
「同じようなイタズラをするつもりなら、音をたてないことよりも気配を」
赤いリボンを結び、黒のセーラー服を着た委員長のいるほうにふりむく。タイヨウがおどろいたような表情をした。
「なんだ、その髪の色。イメチェンでもしたのか」
「ちがうから、とつぜんこうなったのよ」
イタズラよりもおどろかないでよね、と委員長が唇をとがらせる。
「そういえば……いつぞやも別のクラスの女子生徒が似たようなことがあったとか言っていたっけ?」
「それそれ。まあ、ふだんのおこないがいいほうだから先生たちにもあっさり信じてもらえたから問題ないんだけど」
「垢抜けた感じで……さらに美人に見えるな」
「ありがと」
「それでなにか問題があるとか言いかけて」
「もう解決したから忘れてもオッケー」
からっとした笑顔をつくる委員長に対して、変なやつと言いたそうな顔をタイヨウはしていた。
お互いに顔を合わせたまま、しんとしている。
「帰らないのか?」
「それはこっちの台詞。日永くんこそいつもみたいにさっさと帰って武術の勉強とかしないの」
「珍しくクモラとデートの約束を」
「月宮さんならさっき帰るところを見かけたけど」
目を細めた委員長……土守シノハのじとりとした視線にタイヨウが露骨に気まずそうにする。
「隠しごと?」
「そんな大層なものじゃないな」
「だったら教えてよ。教えてくれないと月宮さんに連絡して今すぐここに」
「わかったから。クモラには連絡しないでくれ」
タイヨウの態度に、むっとしたような納得がいかないという感じのシノハ。
本当に月宮さんに連絡してやろうかな。
シノハが制服のスカートのポケットからシャボンフォンをとりだし、操作しようとするとタイヨウが火色の髪の彼女の手を握りしめた。
いつの間にか立ちあがり……自分の目の前にいた黒髪の彼を見ながらシノハが口をぽっかりと開けている。
「そういうイタズラをするつもりだったら、さすがに相手が委員長でも怒るぞ」
「誤解。これから日永くんとデートをするから帰るのが遅くなるって、お母さんに連絡するだけよ」
きょとんとした様子のタイヨウが首をかしげた。
「今からデート? おれと委員長が」
「そうだけど……月宮さんとできるんだからわたしとだってできるでしょう。嫌だったらべつにいいんだけど」
「彼氏とかいるんじゃなかったっけ?」
「いないから。男友達も日永くんだけだし」
「意外……でもないのか。年齢のちかい、きれいな女の子に話しかけるのとかハードル高いもんな」
じゃあ、なんで日永くんは平気なのよ。
手を握られたぐらいで動揺しちゃっているわたしが、ばかみたいじゃない。きれいな女の子とかなんとか思ってないわけ?
「どこにいく?」
「話をそらさないで、なにを隠しているのよ」
「デートしたら、隠しごとに関してきかないでやるみたいな感じの約束しなかったっけ」
「してないから! それにそういう条件ならもっとわがままなこと言うし」
「どんなわがまま言うつもりなんだ、委員長は」
タイヨウの平然とした態度にむかついてかシノハが黒髪の彼のほうに顔を寄せる。
「わたしと……間違えた。わたしに武術のこといろいろと教えてほしい」
「暴力とか嫌いじゃなかったか?」
「とつぜん知りたくなったの。悪い」
にらみつけてくるシノハを見たからか、首を横にふり……タイヨウが笑う。
「いや、たしかにすごいわがままだなーと思って」
「ちゃんと教えてくれるのなら、隠しごとについてきかないでおいてあげる。はじめから教えてくれるつもりなんてなかったんだろうけど」
「悪いな。でも、よかったのか? 本当にわがまま言ってくれてもいいのに」
「わがままだし、とってもぜいたくでしょう。水心大会に優勝した男の子から手取り足取り武術のことを教えてもらえるんだから」
自分よりも少しだけ後ろを歩くシノハに合わせるようにタイヨウが歩幅を調節したが……また火色の髪の彼女との距離がひらく。
「どこかでやすむ?」
「ゆっくり歩きたい気分」
「散歩が好きなタイプなんだな」
ちがうし、この角度から見る日永くんの顔が好きなだけだし。
校舎を出て……すぐちかくの自動販売機で買ってもらった缶ジュースを、歩きながらシノハがちびりと酒のように飲む。
「前からきいてみたかったんだけど……なんで水心大会なの? 武術の大会なんだから剛拳とかのほうがしっくりくるのに」
「かしこい感じの質問だな」
「もしかして知らないの?」
シノハがひきつったような顔をする。
「正式な理由みたいなものは知らないけどさ。水心というのは武術の基本つーか、理想的な精神状態にするためのやりかたのひとつなんだよ」
「魚心あれば水心、とも関係あるの?」
「それは本当にわからないな」
「もっと武術以外のことも勉強しておきなさい」
風が吹く。甘い果物が育ちやすい季節だからか、においとともに空腹を刺激されたのかシノハが今の音がきこえなかったか気にするように……タイヨウを見た。
「きこえた?」
「委員長がなにか食べたいってわがままだったら」
「に……日永くんを食べたくなったんだけど」
「ありがたいが。この先においしいコロッケがあるからそこまでがまんしてくれ」
「月宮さんも食べたことあるの? そのコロッケ」
タイヨウが歩くのをやめて、シノハを見る。
黒髪の彼と連動するように立ちどまった火色の髪の彼女が目をそらす。
「どうだったかな……コロッケはないと思う。からあげとかもおいしいし。クモラはフライドポテトをよく食べていた気がする」
「だったらオッケー。ナイス日永くん」
「委員長によろこんでもらえて光栄です」
とは言いながらもシノハの思考回路がわからなさそうな表情をしているタイヨウ。
「エスコート」
「ご所望のコロッケはこちらですね、委員長」
黒髪の彼が歩きだすと、火色の髪の彼女も後ろを追いかけはじめた。




