チャンピオン 2
水心大会……決勝。
現在最強の武術家誕生の瞬間を見ようと集まった観客のいくつもの視線と熱気。
会場の中心部にある透明なドーム状のフィールドの中で道着姿のふたりの男がたたかっていた。
ひとりは日永タイヨウ。
もうひとりは水心大会……二連覇を達成している金剛ミカゲ。
タイヨウよりもふたまわりほど大きく屈強そうな肉体の力強さは遠目にも伝わってくる。
「なかなかすばやいな」
ミカゲとの正面からのぶつかり合いでは分が悪いと判断したからか距離をとり。
透明なドーム状のフィールド内を前後左右に動きまわり翻弄しようとするタイヨウを見失わないように屈強な彼が目で追っていく。
隙をつくことはできないと判断してか黒髪の彼が動きをとめた。
「鬼ごっこは終わりにして、また互いの技をぶつけあうつもりか?」
タイヨウが首を横にふる。
「今日は金剛さんに勝ちたい気分なんですよね」
にやりと笑う黒髪の彼につられるように、ミカゲも笑みを浮かべて構えをとりなおす。
どっしりしつつどんな攻撃にも即座に対応できるという威圧感が屈強な彼の全身からあふれていた。
「本当に金剛さんに勝ったと自慢するためには竜巻蹴りを攻略してこそとも思ってます」
タイヨウがなにもないところに蹴りをくりだす。
基本的な技のひとつである、まわしげりであったがその美しさ。
黒髪の彼が積み重ねた鍛錬に敬意を表してか。
「見事だ」
短い言葉だがミカゲが賞賛する。
「それほどの技の完成度だ。リクエストの竜巻蹴りがどんな結果をまねくか理解できるはず」
「わかりますけど。金剛さんが追いこまれる事態になれば結局つかうことになるんですから」
「攻略のために自分のタイミングで竜巻蹴りを受けたいわけか」
ミカゲの推測が図星だったのか、タイヨウが笑うのをやめてしまう。
「おどろくようなことでもないと思うが」
「思ったよりもおれのことを実力者だと」
「当たり前だろう。運のよさやまぐれで決勝に勝ちあがれるほど水心大会が甘くないのは……だれより知っているつもりだ」
もともとの野太いミカゲの声にさらに力強い気迫のようなものがまじり響いていく。
「中学一年ですよ?」
「だからなんだ……強者のリクエストにはこたえてやれないな」
「やりづらい相手だな、まったく」
作戦が失敗して困った、というような言葉を口にしつつタイヨウはうれしそうな顔をしたがすぐに。
空気が変わり……びりびりと無数の針に刺されているような感覚が黒髪の彼を襲う。
ミカゲの表情も鋭いものへと。
タイヨウの一挙手一投足、どんなささいな動きも見逃さないと言わんばかりに。
先に攻撃を仕掛けたのは黒髪の彼だった。
ミカゲのふところへ飛びこむように、タイヨウがすばやくつっこんでいく。
視線がぶつかる。
テレフォンパンチとしか言いようのない見え見えのまっすぐな突きをミカゲが腹で受けとめた。
タイヨウが表情をゆがめる。
筋肉の厚さ。積み重ねた屈強な彼の鍛錬の根幹はびくともしない。
ふとももに脇腹……さらにミカゲの顔面に蹴りを当てようとしたがガードされる。
「竜巻蹴りをつかわせるほどに追いこむんじゃ」
蹴りをガードされてしまい体勢がくずれ……がら空きのタイヨウのみぞおちに拳をふりおろ。
「追いこむのはここからですよ」
目の前にいたはずのタイヨウの姿が消え、ミカゲのふりおろした拳が空を切る。
「後ろだ!」
応援席からのある種の野次をきき、ミカゲが身体を半回転させて後ろを見ようと。
ぐらつき、屈強な彼が片膝をつきかける。
なにが起こった?
と言いたそうに困惑したミカゲに、試合を終わらせんばかりにタイヨウが攻撃をたたみかける。
「いっけー! タイヨウ!」
応援席からの聞き覚えのある黄色い声につられるように次次と黒髪の彼へのエールが送られた。
あきらかに優勢なタイヨウの表情はかたいまま、一撃必殺の攻撃を与え続けていた。
かかと落としにより急速に落下するミカゲの顔面に黒髪の彼が右の膝蹴りを浴びせる。
屈強な彼の鼻血が飛び散った。
右足のふみこみと同時にタイヨウが、のけぞったミカゲの腹に双纏手をかます。
伝わってくる両手の掌打の衝撃に屈強な彼の身体はくの字に。
前のめりに倒れこみかけるミカゲの顎を黒髪の彼が蹴りあげた。
千載一遇のラストチャンス。
竜巻蹴りをつかわれるその前にこのまま。
気合の叫びとともにタイヨウが渾身の正拳突きをミカゲのみぞおちにぶちこむ。
衝撃音とともに屈強な彼の身体がふんばりながらもかなりの距離をふきとんでいく。
せめて、あと一撃。
全速力でまっすぐに攻撃を仕掛けようとしたタイヨウが動きをとめる。舌打ちをした。
「あと一撃で倒せるところだったのにな」
ふらつきながらも立っているミカゲが首を左右にごきりと動かす。
「そこまで甘いことは考えてませんよ」
タイヨウがじっとりとした汗をにじませる。
「さっきのスピードの緩急は見事だ……あらかじめ自分の全速力はあのていどだと、フィールド全体をつかって認識させておき。確実に罠にはめられると思った瞬間に本当の全速力で背後をとる」
シンプルだからこそ対応しづらく効果的。
おまけに顎への攻撃で脳味噌をゆらされれば……これだけタコ殴りにされて当然。
ミカゲが自らの落ち度を愉快そうに語った。
「おそらく、おれは心のどこかで日永。お前のことを格下だと思っていた」
「間違ってないでしょう。じっさいに金剛さんよりもはるかに」
「これほどの芸当をできるやつをか? その油断により大ダメージを与えられた……あきらかな慢心やおごりだ」
「どこまでもやりづらい相手っすね」
へらへらとしていたタイヨウの顔つきが変わる。
空気がぴりつき無数の鋭い針だけでなく、黒髪の彼は鋭利な刃物で首を切られる感覚に襲われた。
ここからが本番、とかいうレベルじゃないな。
嵐の前の静けさ。
タイヨウにエールを送っていた応援席にいる人間たちもこれから起こるであろう、おそろしいなにかを感じ取ってか口を閉じてしまう。
タイヨウが目を合わせた。
ミカゲの目つきは静かで鋭く、黒髪の彼に対する憎しみのようなものは一切なさそうな様子。
「リクエストどおり……竜巻蹴りだ」




