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泥まみれのフィスト  作者: 色飴 遥火
プロローグ
2/7

チャンピオン 2

「なかなかすばやいな」

 ミカゲとの正面からのぶつかり合いではが悪いと判断したからか距離をとり。

 透明なドーム状のフィールド内を前後左右に動きまわり翻弄ほんろうしようとしているタイヨウを見失わないように屈強な彼はどこまでも目で追っていく。

 今の自分のスピードではすきをつくことはできないと判断してかタイヨウが動きをとめた。

「鬼ごっこはおわりにして、また正面から殴ったり蹴り合うつもりか?」


 タイヨウが手足をぶらつかせている。

「そういうのも面白いんですけど……今日のおれは金剛こんごうさんに勝ちたい気分なんですよね」

 にやりと笑うタイヨウにつられるようにミカゲも笑みを浮かべた。

「だとすれば、なおさら正々堂々おれに勝つために殴り合うべきじゃないのか」

 ミカゲがゆっくりと構えをとりなおす。どっしりしつつタイヨウのどんな攻撃にも即座に対応できるという威圧感が屈強な彼の全身からあふれていた。


「どうでしょうね。本当に金剛さんに勝ったと言うためには……あの竜巻たつまきりを攻略してこそじゃないですか」

 タイヨウがゆるやかになにもないところに蹴りをくりだす。

 基本的な技のひとつである、まわしげりであったがその美しさ……タイヨウがこれまでに積み重ねてきたであろう鍛錬たんれんのすさまじさに敬意を表してか。

「見事だ」

 ミカゲが短い言葉ではあったが賞賛している。


「たしか……まだ中学一年だったな? それほどの蹴りをくりだせるんだ。相手の実力やリクエストの竜巻蹴りをおれがつかうということがどういう結果をまねくのか、わからないわけでもないだろう」

「わかってますけど。どっちにしてもじゃないですか……金剛さんが追いこまれるような状況になれば竜巻蹴りをつかうことになるんですから」

「相手のタイミングではなく、自分のタイミングで竜巻蹴りを受けたいというわけだな」


 タイヨウが笑うのをやめてしまう。

 ミカゲはまだ笑ったままだった。

「そんなにおどろくようなことでもないと思うが」

「いや……思ったよりもおれのことを実力者だと」

「当たり前だ。運のよさやまぐれでこの決勝にまで勝ち上がってこれるほどこの大会は甘くない。そのことはおれがだれよりも知っているつもりだ」

 もともとの野太いミカゲの声に……さらに力強い気迫のようなものがまじり響いていく。

「中学一年ですよ?」

「だからどうした、お前は強いだろう。そんな相手のリクエストにはこたえてやれないな」

「やりづらい相手だな、まったく」


 作戦が失敗してしまい困ったな……というような言葉を口にしているがタイヨウはどこかうれしそうな表情をした。

 空気が変わる。

 びりびりと無数の針に刺されているような。

 ミカゲの表情も変わった。

 タイヨウの一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそく、どんなささいな動きも見逃さないと言わんばかりの。

 先に攻撃を仕掛けたのはタイヨウだった。

 黒髪の彼が正面からまっすぐにミカゲのふところへ飛びこむようにすばやくつっこんでいく。


 視線がぶつかる。

 テレフォンパンチとしか言いようのないタイヨウの見え見えのまっすぐな突きを、ミカゲが腹で受けとめた。

 黒髪の彼が表情をゆがめる。

 筋肉の厚さ……これまでに積み重ねた屈強な彼の鍛錬の根幹こんかんはびくともしない。

 ふとももに脇腹わきばら、さらにタイヨウがミカゲの顔面に蹴りを当てようとしたが簡単にガードされる。

「どうした? 竜巻蹴りをつかわせるほどにおれを追いこむんじゃなかったのか」


 蹴りをガードされてしまい体勢がくずれ……がら空きのタイヨウのみぞおちにミカゲが勢いよく拳をふりおろ。

「追いこむのはここからですよ、金剛さん」

 目の前にいたはずのタイヨウの姿が消えてしまいミカゲのふりおろした拳が空を切る。

「後ろだ!」

 応援席からのある種の野次やじをきき、ミカゲがからを半回転させて自分の後ろを見ようと。

 ぐらりと……屈強な彼が片膝かたひざをつきかける。


 なにが起こったんだ? そんなことを言いたそうな表情をしているミカゲにタイヨウが試合を終わらせんばかりに攻撃をたたみかけていく。

「いっけー! タイヨウ!」

 応援席からきこえてきた聞き覚えのある黄色い声につられるように次々と黒髪の彼へのエールが送られた。

 あきらかに優勢……なはずなのにタイヨウの表情はかたいまま、一撃必殺の攻撃を与え続けていた。

 かかと落としにより急速に落下するミカゲの顔面にタイヨウが右のひざりを浴びせる。


 屈強な彼の鼻血が飛び散った。

 右足のふみこみと同時にタイヨウが、のけぞったミカゲの腹に双纏手そうてんしゅをかます。

 黒髪の彼の両手の掌打しょうだの衝撃に屈強な彼の身体がくの字に折れる。

 前のめりに倒れこみそうになるミカゲのあごをタイヨウがまっすぐに蹴り上げた。

 これが千載一遇せんざいいちぐうのラストチャンス。

 竜巻蹴りをつかわれる、そのまえにこのまま。


 気合の叫びとともにタイヨウが渾身こんしん正拳せいけんきをミカゲのみぞおちにぶちこむ。

 衝撃音とともに屈強な彼の身体がふんばりながらもかなりの距離をふきとんでいった。

 せめて、あと一撃。

 全速力でまっすぐに攻撃をしかけようとしたタイヨウが動きをとめる。舌打ちをした。

「あと一撃で倒せるところだったのにな」

 身体をふらつかせ、立っているミカゲが首を左右にごきりと動かす。


「さすがにそこまで甘いことは考えてませんよ」

 タイヨウがじっとりと汗をかいている。

「さっきのスピードの緩急は見事だったな……あらかじめ自分の全速力はあのていどだと、このフィールド全体をつかっておれに認識させておいて。確実にわなにはめられると思った瞬間に、本当の全速力で背後をとる」

 シンプルだからこそ対応しづらく効果的。おまけにあごへの攻撃でのう味噌みそをゆらされれば……これだけタコ殴りにされて当然。

 とミカゲが自らの落ち度をかいそうに語った。


「おそらく、おれは心のどこかでお前。日永にちながのことを格下だと思っていた」

「間違ってないでしょう。じっさいにおれのほうが金剛さんよりもはるかに」

「これほどの芸当をできるやつをか。そんな油断があったから大ダメージを与えられてしまった、あきらかな慢心まんしんやおごりだ」

「本当……どこまでやりづらい相手っすね」

 へらへらとしていたタイヨウの表情が変わる。

 空気がぴりつき無数の鋭い針だけでなく、黒髪の彼はえいな刃物で首を切られる感覚に襲われた。


 ここからが本番、とかいうレベルじゃないな。

 嵐のまえの静けさ。

 タイヨウにエールを送っていた応援席にいる人間たちもこれから起こるであろう、おそろしいなにかを感じ取ってか口を閉じてしまう。

 タイヨウが目を合わせた。

 ミカゲの目つきはとても静かで鋭く、黒髪の彼に対する憎しみのようなものはなさそうな様子。

「リクエストどおり……竜巻蹴りだ」

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