ルールのない世界 6
数時間前。
魔術により、土守シノハに変身をしていた存在がタイヨウとヒオリに接触するよりも前。
本物の土守シノハは眠り、夢を見ていた。
なんか……いつも見ている夢とちがうような。
どこまでもひろがっているように見える真っ白な空間。学校から指定されたとおりに黒のセーラー服を着たシノハがぽつんと立っている。
火色の髪の彼女が歩くたびに……足音が響く。
「わたしのイメージどおりになるのは同じか」
あてもなく移動をしながら……シノハは桜の木がふってくるイメージをした。
タイムラグがあるも、いくつもの桜の木がシノハのイメージどおりにふりそそいできた。
音もなく、真っ白な地面に刺さり……辺りを桃色に色めかせていく。
「素質だけじゃなく、力のつかいかたも自分なりに把握してくれているようだし。仕事がはかどりそうだな」
声のした方向にシノハが顔を動かす。
火色の髪の彼女の知らない存在が立っていた。
長い間、着用していて……くたびれているように見える背広を着たスズメのかぶりものをした人間であろう生きものを、シノハは観察する。
あいかわらず、夢の中は不思議だな。こんな変な生きものなんて想像したこともないのに。
「こんにちは」
「はい……こんにちは。こんな変な生きものを見てあいさつをできるわけないだろうし。夢の中のバグの一種だとでも思っているのか?」
「変な生きものの自覚はあるんですね」
「そっちの世界のほうではな。こっちの世界では、わりとまともな見た目をしていることになっているんだよ」
まあいい……下手に誤解をといて仕事ができなくなるよりはマシか。気づいてから説明しても手間は変わらない。
などとぶつくさ言っているスズメの男を、じっと見つめながらシノハが首をかしげる。
「どうかされましたか? スズメさん」
「なんでもない。いきなりでわけがわからないとは思うが……お嬢ちゃんは強さに興味はあるか?」
「強さですか」
「そうだ。殴ったり蹴ったりでも、精神的でも……なんでもいい。興味はあるか?」
シノハの頭の中に日永タイヨウの姿が浮かぶ。
「友達がそういう傾向があるので人並みていどにはあると思います」
「オッケー。自覚なしのパターンだな」
「自覚なし?」
「詳しい説明はなしだ。わざわざ教えなくてもきみ自身がすぐに理解できる……魔術をつかうためには必要なことだからな」
いぶかしげな表情をしているシノハの目の前に、白い木製であろう高級そうなデザインのテーブルと椅子がぱっと現れた。
オシャレそうな白い椅子にスズメの男が座り。
シノハにも椅子に腰かけるように伝えているかのような動作を見せた。
「失礼します」
「律儀で真面目。お嬢ちゃん……じつは優等生か」
「じつはもなにも現実で優等生をやっています」
「疲れないか?」
「小さい頃からそういう生きかたなので……変えるほうが疲れる気がしますけど」
「筋金入りの優等生で、いいやつか」
おっと、飲みものも用意してないのに質問ばかりで悪かった……スズメの男が謝っている。
このスズメさんもいいやつなんじゃないかな。
「なにか飲みたいものはあるか? 食べものやスイーツとか呼んでいる甘いものでもかまわないが」
「じゃあ、オレンジジュースを」
「本音は?」
スズメの男のそんな一言にシノハが表情を変えていた。
「できれば……ショートケーキとかモンブランとかもほしかったりします」
「ここは夢の中だ。カロリーとやらを気にする必要もない、遠慮もするな。なんなら注文なんかせずに自分で用意してくれてもオッケーだ」
白いテーブルの上に……オレンジジュースのそそがれたストロー付きの淡い色合いのサワーグラス。
マンションを借りている住人のように……小さなショートケーキやモンブラン、ほかにもさまざまな種類のスイーツがのっている。
観覧車のようなかたちをしているケーキスタンドがとつぜん出現した。
「口に合うはずだ」
「意外と甘いものが好きなんですね」
「まあな、糖分は頭の働きをよくしてくれる効果もあると言われているし」
シノハが小さなショートケーキを丸ごと口の中に運び。なんとも言えない、うれしそうな声を出す。
「いつもの夢とちがって、味がしっかりとしているような」
「イメージが明確だからだな」
スズメの男にシノハが短い相槌を打つ。
「むずかしい話はおいておくとして。今は飲んだり食べたり、おしゃべりをたのしんでくれ」
「おしゃべり……スズメさんとですか?」
「おしゃべりじゃなくてもかまわない。親や友達、わけのわからない生きものにしか話したくないこともあるだろう?」
どうせここはきみの夢の中なんだ……自分以外のだれかの目やら考えを気にしなくてもいい、自由に語ってくれ。
スズメの男がやわらかな口調でそう言う。
「スズメさんは人間なんですか?」
「見てのとおり、少なくとも人間ではない。そちらの世界の言葉で表現するなら宇宙人や未知の生命体とやらがしっくりとくるイメージだろう」
それからもスズメの男はシノハからの質問にていねいにこたえていった。
「でね、日永くんが」
すっかり顔つきがやわらかくなり、たのしそうに会話をしてくれているように見えるシノハを見てかスズメの男がわずかに唇を動かす。
「ちゃんときいてますか?」
「きいている……その日永くんとやらはずいぶんといいやつのようだな」
シノハが表情をさらに明るくする。
「そうなんですよ。ちょっとだけ、鈍感なところが玉に瑕なんですけどね」
「その日永くんとやらを好いているのか?」
露骨に目をそらし、シノハはストローでオレンジジュースを飲む。空になるとメロンソーダを自分のイメージで用意をして、さらに飲み続けていく。
「ノーコメントで」
「野暮だったな。つついて悪かった」
「いや、えと……たぶん、正解だと思います。日永くんのことが好きなんだと」
「気持ちを伝えたりはしないのか。人間の見てくれに関してはよくわからないが……まったくの不釣り合いというわけでもないんだろう?」
「見てくれどうこうで、付き合ったりしませんよ。じっさいにはわかりませんけど」
スズメの男が不思議そうな顔をつくり白い椅子の背もたれに上半身をあずける。
「よくわからないな。見てくれがいい、という言葉自体はいいもののはず。どうして隠そうとする?」
「言葉自体に悪意はありません。でも、見てくれで判断して好きになる……という行為が人間の感覚的には悪く感じるんだと思います」
「打算的だからか?」
「そうですね。損得勘定にちかいので」
「ほかの部分でメリットがあるからこそデメリットを受け入れられるのに……そういうシンプルな思考自体が恋愛感情ではマイナスな印象を与えてしまうと思いこんでいるわけか」
スズメの男が観察するように向かいに座っているシノハの姿を見つめた。




