ルールのない世界 4
「きこえているんだろう。返事をしてくれよ」
「失礼……金剛ミカゲさんですね。どうして、そのシャボンフォンを」
「そちらのお友達が落としていったんでな。届けるために電話したんだが余計だったか?」
「余計なことをしたのはこちらのほうだったようで信じてもらえるとは」
いきなり通話が切れてしまい、シノハの姿をした何者かが不思議そうにシャボンフォンを見つめる。
「どうやったのかはわかりませんが……場所を特定されてしまったんでしょうかね」
シノハの姿をした何者かがシャボンフォンを握りつぶし、こなごなにしている。
「このまま逃げるという選択肢はおそらくニワヒヨさんが納得しないでしょうし。どうしたものやら」
貯水タンクの上から、シノハの姿をした何者かが後ろ向きに倒れるようにしてとびおりる。
悩んでいるのか、うなり声をあげていた。
コンクリートと激突する直前に両手をつきシノハの姿をした何者かがバック転のように身体を縦回転させる。
着地し、腕を組んだ状態のシノハの姿をした何者かは後ろ歩きでその場からすばやく消えてしまう。
廃ビルの屋上からは鈍い衝撃音が断続的に響いていた。
ああ……きてるきてる。タイヨウくんはやっぱり同じタイプだったみたいだね。
いいねー、いいよ。すごくいい!
このままいっしょに死ぬまで……限界をこえて、死んでもそのまま殺し合いを。
んん? あー、それやっちゃう?
やっちゃうの? いいよー。わたしも、このまま死んでもべつに問題なしだ。
血塗れで、身体のあちこちの骨が折れているのもかまわず笑顔のヒオリはタイヨウを殺す技をつかうために……右の拳に力をこめていく。
セミロングの黒髪の彼女と、ほとんど同じ状態のタイヨウも右の拳に力をこめつつ大きくふみこむ。
廃ビルの屋上全体が満身創痍のふたりのふみこみによって、はげしくゆれる。
互いに人を完全に殺せる技を、自分自身の限界をはるかにこえるほどの力をこめられているであろう拳を相手の身体に。
「もお……せっかくお互いに死んで決着するところだったのに邪魔しないでよね。ミカゲくん」
そんなヒオリの言葉で我に返ったようでタイヨウの目つきがふだんの状態にもどった。
身体全体の痛みをようやく感じてか、黒髪の彼が顔をゆがめている。
「金剛さん……どうしてここに」
ヒオリとの間にわりこみ、それぞれの右腕を動かせないように……血を流しながらもかろうじて手首をがっちりと握りしめている。
ネイビーのジャージを着ているミカゲを見上げ、タイヨウが質問をした。
「細かい事情はこっちのほうがききたい。なんで、このイカれた女と殺し合いをしていたんだ?」
「ひどいなー、ただのデートだって」
「さいごに死んで終わるデートなんてあるわけないだろうが。これ以上、日永と殺し合うつもりなら」
「タイヨウくんもその気じゃなくなったし、今日はもうやんないよ」
ちぇっ、つまんないの。
不満そうな様子で唇をとがらせたヒオリが右腕をひっこめようとしているのを確認してか。
セミロングの黒髪の彼女の右手首を握るのをやめミカゲは自由にした。
まばたきをくり返しているタイヨウが……自分の右腕がヒオリの胸。心臓をつらぬかんばかりの勢いで技をつかっていたことを思い出したからか、顔を青ざめさせる。
「ありがとうございます、金剛さん」
右腕をひっこめながらタイヨウがミカゲに感謝の言葉を伝えている。屈強な彼の手のひらが血塗れになっているのを見てか黒髪の彼が頭を深くさげた。
「本当にすみませんでした」
「気にするな。なんとなく殺し合いになった理由はわかる」
ミカゲににらまれるも……なんのことやらとでも言いたそうにヒオリは首をかたむけていた。
「おおかた、ブチギレている日永をとめるふりでもして殺し合いにもちこんだんだろう?」
「惜しいね。ブチギレているタイヨウくんの邪魔をして怒りの矛先をわたしに向けさせたのさ」
あきれたようにミカゲが大きく息を吐く。
「左腕も日永の邪魔をしたときに折られたのか」
ぶらつかせているヒオリの細い左腕に、屈強な彼が視線を向ける。
「そう……まったくの容赦なし。ブチギレモードのタイヨウくんにほれぼれしちゃった。ぜひともまた殺し合いをやってほしいね」
にやつくヒオリを見てか……タイヨウが苦笑いを浮かべた。
「円堂さんもすみません。左腕を折っちゃって」
セミロングの黒髪の彼女の目がかがやく。
「かわいいな、タイヨウくんは。そんなにわたしに謝りたい気持ちでいっぱいだったら……今からでもさっきの続きをしてくれればゆるして」
ミカゲの視線に気づき、ヒオリが口を閉じる。
「冗談だってば。さすがにわたしも今回は完治するのに三日ぐらいはかかりそうだし」
なによりもタイヨウくんの怒らせかたが間違ってなかったこともわかったからね……とセミロングの黒髪の彼女はつぶやいていた。
「それよりも、ミカゲくんはなんでこんなところにいるの? わたしに会いたくなっちゃったとか?」
「イカれた女をストーキングするほどヒマじゃないわ……逆にストーキングをしてくるやつらの親玉を叩きつぶそうと思ったんだが逃げられたようだな」
「物好きもいるもんだね……ミカゲくんを追いかけまわすなんて。タイヨウくんなら理解できるけど」
「お前も似たようなものだろう」
「鋭いつっこみをありがとう。ちょーうれしい!」
ヒオリとミカゲの顔を交互にタイヨウが見る。
「円堂さんと友達なんですか?」
「ただの腐れ縁のようなものだな。影水心の関係でからまれることが多くて」
「心配しないで、わたしはタイヨウくん一筋」
いえーい、と叫びつつヒオリが右手で横ピースをしていた。
「それに……ミカゲくんが言っているほどからんでないし。わたしが殺し合いに誘っても今まで一度もやってくれてないじゃん」
「そもそも相手として面白くないのもあるだろう」
「だってさー、ミカゲくんは単純に強いだけだから相性が悪くて。わたしに勝てるイメージがまったくできてないのも減点なんだもん」
イカれた女の話は無視するとして、互いの情報を共有しないか……とミカゲに言われ。
タイヨウはシノハの姿をした何者かのことなどの情報を屈強な彼とできるだけ細かく共有した。
「確認なんですけど……最近、影水心のほうに出場していた人間が襲われていたのも同一の存在たちの仕業と考えていいんですよね?」
「ほとんど間違いなくな。わざわざお友達の落としものを届けにきたのに逃げられてしまったし」
タイヨウがなんのことやら? と言いたそうな顔をしている。
「なんにしても日永のおさななじみや友達の安全は保証されていると思ってよさそうだろう。魔術……とやらの育成のためにあつめた人材のようだから、使い捨てのようなことも」
「どうだろうねー。あちらの世界? の住人の基本的な考えかたは弱肉強食っぽいからさ。弱くて使いものにならないと判断をされたら、あっさりと捨てられる可能性だってあるでしょう」
こわれたおもちゃはいつだってゴミ箱にいくしか未来はないんだからさ……ヒオリがにやにやと煽るように続けていた。




