インターバル
その者は苛立って……
否、大いに怒り狂って居た。
自分の思い描いた脚本が何の前触れも無いまま、独りの矮小な人間によって木っ端微塵に粉砕されたが故に。
だが、その者は脚本をブチ壊した人間に対して腸が煮えくり返りながら決意する。
「我の描いた英雄譚と悲劇を台無しにした貴様に必ず代償を支払わせてやろう。貴様の絶望に歪む様が実に愉しみだよ……蒼木 龍兵」
その者は脚本をブチ壊した人間……蒼木 龍兵に対して怒りを滾らせながらも、彼が自分がコレから描く脚本で絶望に歪む様を見せてくれる様を思い浮かべると、愉悦に満ちた笑みを浮かべると共に溜飲を下げた。
だが、1つだけ懸念があった。
「あの下賤な者が彼処に居るのは単なる偶然か?」
龍兵が今居る迷宮には、その者にとって大事な。否、是が非でも隠し抜きたい秘密が隠されていた。
だからこそ、其処には自分が創り上げた中で選りすぐった最高のモンスター達を守護者として置いていた。
そんな守護者達が居るからこそ、その者は杞憂に思った。
あの程度の攻撃で我の創り上げた作品を打ち倒せるとは思えん。
ソレ以前に我の作品が置かれた所まで辿り着けるか?ソレすら疑問である。
例え、辿り着いて我の秘密を暴いたとしても、ソレ1つだけでは意味を成さぬ。
「ふむ……コレはコレで愉快になって来た」
その者はほくそ笑んだ。
蒼木 龍兵なる矮小な人間が何を考え、自ら退路を絶ち、迷宮の奥底へと進んで行くのか?理由は解らない。
だが、その者が死を迎える運命であるのは確信出来た。
だからこそ、その者は愉快に満ちた笑みを浮かべ、此処には居らぬ蒼木 龍兵に向けて告げる。
「貴様の死に様で我を愉快にさせてみよ。その時に浮かべる絶望を以て貴様の贖罪としてやろうぞ」
だが、その者は知らない。
蒼木 龍兵が幾多の戦場で必ず生きて帰り、周りから死に損ないや不死身の男と呼ばれる戦闘中毒のイカれた怪物である事を。
そして、そんな彼には支援者が居る事も知らない。
それ故に高い代償を。
否、来たるべき罪に対する報いを受ける事になろうとは未だ知らない。
一方その頃。
脚本をブチ壊した張本人である龍兵は、順調に迷宮内を進んでいた。
途中、ゴブリンやオークと言ったモンスターが現れたりもした。
だが、BREN-2に込められた5.56ミリNATO弾によって次々に射殺されて逝った。
今も慣れた様子で龍兵は淡々としながらも素早くBREN-2を撃ち、襲い掛かるゴブリン達を射殺していく。
程なくして襲って来たゴブリン達を射殺し終えると、龍兵はBREN-2の右横に取り付けられたフラッシュライトで照らすと共に注意深く視認する。
入念に注意深く視認して残敵が無い事を確認すれば、弾が数発しか残っておらぬ樹脂製の弾倉を抜き取った。
それからプレートキャリアの腹部にある弾嚢から取った30発の5.56ミリNATO弾が詰まった予備の弾倉と入れ替えると、BREN-2の左側にあるボルトリリースを親指で押して初弾を薬室へと送り込み、リロードは完了。
そうしてリロードが完了すれば、龍兵は再び前進する。
静かに足音を立てる事無く歩みを進め、モンスターと接敵すれば、立ち止まると同時に素早く銃口を持ち上げて引金を引いて排除。
その後は残心し、残敵が居れば排除。
完全に居ない事を確認すれば、後ろをチラリと一瞥して後方に敵が居ない事を確認してから再び歩みを進めて前進。
そんなルーティンを龍兵は淡々と繰り返しながら奥へ、奥へと進む。
暫く進んで広い部屋となってる所の手前へ来ると、ゆっくりと部屋の前まで近付いて行く。
そうして部屋の前まで来た龍兵は立ち止まると、前方と左右。それに天井と地面を見廻して室内に敵であるモンスターの姿や罠が無い事を確認していく。
確認を終えて敵の姿が無いと判断した龍兵は部屋の後ろを振り返り、後方にも敵の姿が無い事を確認すると、頭を前に突き出して部屋の中に入れて出入り口の両脇も確認していった。
用心深いとも、臆病とも取れる確認作業が完了し、敵の姿や罠が無い。そう判断すると、龍兵はゆっくりと慎重に部屋の中へと入った。
中に入った龍兵は改めて室内を見廻すと、壁際へと歩みを進めていく。
程なくして壁際の前まで来ると、目の前の壁と天井。それに地面を見廻して不審物の有無を確認する。
不審物が無い事を確認すると、龍兵は後ろを振り返って左右に視線を走らせて敵が来てない事を確認。それからBREN-2の弾倉を交換してから漸く、其処で腰を下ろした。
腰を降ろして地面に座り込んだ龍兵はBREN-2を壁に立て掛ける様に置くと、今履いてるコンバットブーツの紐を解いて脱ぎ、脇に置いた。それからプレートキャリアを脱いでコンバットブーツの隣に置き、戦闘服上衣のボタンを外していく。
そして、最後にFASTヘルメットを脱げば頭をボリボリ掻きながら大きな溜息と共にボヤきを漏らした。
「ハァァァ……流石に疲れた」
ボヤいた龍兵は戦闘服下衣の右腿にあるポケットから赤い煙草の箱とオイルライターを取り出すと、中から煙草を1本抜き取って咥え、火を点した。
「すぅぅ……ふぅぅ……勝った後の煙草はやっぱ格別だわ。皆を帰還させる事が出来たし、撃ちまくれたから鬱憤も晴らせたから余計に煙草が美味く感じる」
紫煙混じりに不健康極まりない事を言うと、龍兵は煙草を燻らせながら困った様子で漏らした。
「母さんと父さんには滅茶苦茶悪い事をしたなぁ……幾ら、皆を助けるのに必要だからって俺独りだけ残って、戦争するとか親不孝極まりねぇわ」
皆を助ける為に龍兵は依頼人である彼と取引をし、皆を日本へ帰還させると共にクラスメイト達に付与されたチートだの何だのも取り除く事を見返りに、独り残って依頼人の要求を満たす事を条件に仕事の前金として得たのだ。
それ故に今は帰れない。
騙して裏切って日本へ逃げて契約不履行をすれば、その代償としてクラスメイト全員と龍兵の両親と祖父母の生命で贖わされるならば尚更であろう。
そして、龍兵はソレを呑んだ。
無論、一切の裏切り無く依頼達成半ばで戦死した場合に限り、契約不履行の代償は免除される事も確約させた。
だからこそ、龍兵は自分が契約を果たす番と理解し、依頼人の指定した場所である迷宮最深部へと向かっていた。
煙草を燻らせていた龍兵が水筒の水を一口飲んで唇を湿らせると、スマートフォンが鳴り響いた。
龍兵は水筒を脇に置くと、雑嚢からスマートフォンを取り出して電話に出た。
電話の主は当然と言うべきだろう。
依頼人の彼であった。
「素晴らしい戦いを見せて貰ったよ。実に流石だ……」
「要件を何だ?」
「君の学友達に残る余計なモノを全て取り除き終えたんでね。その報告だよ……」
「律儀だなアンタ」
「君もそうだろう?さて、先程は余計な邪魔が入って伝えられなかったが……改めて確認だ。君も知っての通り、この迷宮が一般的に知られている階層は15階層だ。ソレは理解しているな?」
その問いに龍兵は肯定で返した。
「あぁ、その15階層の最深部がアンタの指定した待ち合わせ場所だろ?」
「そうだ。其処に来たら、また電話する。それと、今居る1階層目から2階層目に降りる階段前に必要物資と支払い証明を用意してあるから使うと良い」
必要物資は理解出来たが、支払い証明が何を指すのか?龍兵は直ぐに理解出来なかった。
だが、目を通す必要がある事だけは直ぐに理解出来た。
そんな依頼人の彼の言葉に龍兵は素っ気無い感謝で返した。
「ありがとよ」
「気にしなくて良い。私は気に入った相手や信頼出来る者には気前良くしたいんでね……」
その言葉で龍兵は依頼人の彼が何者なのか?察した。
察した上でおくびにも出す事無く、その言葉をスルーすると共に話題を変える様に尋ねる。
「他に知るべき事はあるか?」
「今は無い。だが、必要な時は私の方から連絡する」
そう告げられると、龍兵は素っ気無い返事をした。
「了解」
「よろしい。では、また後で」
その言葉と共に電話が切られると、龍兵はスマートフォンをしまって水筒を手に取り、もう一口だけ水を飲んで水筒を腰にある専用ケースに戻して煙草を燻らせていく。
「すぅぅ……ふぅぅ……まさか、本当に奴なのか?流石に無いだろ?」
煙草を燻らせる龍兵は紫煙と共に依頼人の彼が自分のよく知る人物である。そう確信すると同時、困惑した間抜けな声を漏らしてしまう。
それから龍兵は更に困惑した様子で無意識に疑問を口にしていく。
「マジで奴なのか?だとしたら、どうやってコレだけの事をしてんだ?ソレ以前に奴は人間じゃないのか?」
疑問を口にし、思考を巡らせて幾ら考えても答えは一切出て来なかった。
それ故に龍兵は敢えて考えるのを辞めた。
「考えたって答えが出ねぇなら、考えるだけ無駄だ。今は指定された場所へ向かうのが先決……余計な事に思考を割く暇も余裕も無い」
自分に言い聞かせる様にして言えば、龍兵は気を紛らわせる為に煙草を燻らせていく。
「すぅぅ……ふぅぅ……あ、何か日本食頼めば良かった」
紫煙と共に依頼人の彼に米と日本のオカズを喰いたい。と、強請るのを忘れてたのを思い出した龍兵は「ミスったなぁ……」と、ボヤきを漏らすと共に気持ちを切り替えれば、煙草を燻らせる。
「すぅぅ……ふぅぅ……今の内にやっとくか」
そう漏らした龍兵はプレートキャリアに手を伸ばすと、腹部の弾嚢に収まる使用済みの弾倉を集めていく。
全ての弾倉を集めれば、5.56ミリNATO弾をバラの状態で召喚し、慣れた手付きで弾倉へ詰め込んでいく。
煙草がフィルターの一歩手前くらいまで燃えると共に弾を詰め込み終えれば、龍兵は弾倉をプレートキャリアの弾嚢に収めて煙草を地面に押し付けて消した。
その後。脱いでいたFASTヘルメットを被ってプレートキャリアを纏うと、コンバットブーツを履いて立ち上がる。
そして、壁に立て掛けていたBREN-2を手に取れば、その場を後にして先へと進むのであった。




