夢の果ての黄金郷
ぼくはね、人は夢の中に生きていると思うんだ。
希望としての夢。目標としての夢。願望としての夢。
世界が何を与えても、誰かが何かを伝えても、それはぼくらの夢というフィルターによって、望む形に置き換わる。
あるいは、悪夢というフィルターによって、ね。
それが全てではないにしろ、少なくとも、ある一面ではどう感じ思うかが事実になるんだ。
君の夢は何かな? エテルナ。なんて。
ぼくはそんなもの、とっくに知ってるっていうのにね。
叶えてあげたい。実現したい。
けれど、ぼくにそんな力はない。
だからせめて、この物語を君に贈るよ。
そう、これぞ多くの人が夢見た旅の果て。
数多の冒険譚が求めた答えだ。
【夢の果ての黄金郷】
人は、どうして旅に出るのだろう。
ぼくはそれを理解することなく、旅に出た。
君を思いながら、遠くへ、遠くへ。
ただ、旅を冒険と置き換えるとすれば、これが1つの答えなんだろうと、ぼくは思う。
「っ……」
風が吹いた。いいや、風なんて吹いてない。
単純にぼくが、その威容に圧倒されただけ。ただの景色に、風のような圧があるなんて、初めて知ったよ。
それほどまでに、目の前の光景は圧巻のものだった。
「黄金の、都……」
旅をする者、冒険をする者の多くが憧れ、望むであろう場所。黄金郷が、そこにはあった。
「すごい……」
村の家はだいたい質素な木造で、小さかった。
石材ですら、教会やエテルナの屋敷くらいしか使われておらず、それもほぼ一階しかない。
対して、黄金郷は石どころか黄金だ。
比べることが失礼なくらい、比べるまでもない。
階も2階3階どころではなく、天高くそびえ立っていた。
それが都市を形作っているのだから、本当に感嘆する。
もちろん、これを見つけた自分自身にも。
「何も知らずに、辿り着けるものなんだね」
心の底から、驚いた。宝の地図があった訳じゃない。噂とかで聞いた訳でもない。というか、そもそも旅に出てからまだ人に会っていない。
本当に何の手がかりもなく、この山々の連なる霊峰の奥深くに、黄金郷を見つけたのだから。
まぁ、凄そうな雰囲気を感じる場所を率先して目指したし、数撃ちゃ当たるってやつなのかな。運が良いや。
「なんて、必死に霊峰を登ったんだし、運だけだなんて思いたくはないけどさ」
もし、旅の仲間がいたら。一緒に手を取り、飛び回って喜ぶんだろう。だけど、ぼくに仲間はいないから。
孤独な旅人のぼくは、独り感慨にふける。……1人なのはいいけど、独り言が増えたのは、ちょっと恥ずかしいな。
「とにかく、入ってみよう」
風に飛ばされないように帽子を押さえ、眩しい都を見上げる。ただの旅人だけど、気分はさながら冒険家だ。
「ロマンがあるね! 胸が躍る!」
今までで一番テンションが上がってる気がする。
まずは霊峰を降り、窪みにある都の入り口へ。
転ばないよう慎重に、ゆっくりと下っていく。
黄金の都はまだ先だけど、建設時の名残なのか、斜面にも所々金塊らしきものがあった。
これくらいなら、もらっても許されるかもしれない。
小さい欠片をひょいと拾い、リュックに放り込む。
つい遠慮しちゃったけど、この大きさなら黄金郷じゃなくてもあるかも。帰りに改めて選ぼうかな。
「うん。何はともあれ、本題の都〜」
勢いをつけて、全面金色の世界に着地する。
山と違って整備されているから、どころではない。
見た目通りではあるが、ただの道すら、金属質な音を響かせていてもはや引く。独特な匂いがあるからか、空気が重く感じた。
今さらながら、誰が造ったんだろう?
すべてのものが黄金なんて、方法も気になる。
というか、人はいないのかな?
様々な疑問を抱きつつ、さらに奥に向かう。
「生き物の気配は……」
人並みの感覚ながら、神経を研ぎ澄ましてみる。
音、匂いなどの見えないものから、目に映る生活感まで、人の生きている跡を探す。
「……ない? の割には、管理されてるっぽいけど」
自分の感覚を過信するつもりはないが、少なくともわかりやすく人口の多い、生きた大都市ではなさそうだ。
こんな見た目だし、実際に住むのは大変なのかもしれない。
近くで見ると、建物はどれもやけに大きいし。
「観光用? 人以外も使う? よくわからないな……」
1つ確かなのは、黄金郷よりも奥の方に、なんとなく近寄りがたい気配があることくらいか。
一応この都市も、来るまでに何頭もの恐ろしい獣と出会したから、禁域っぽい雰囲気はあったけど。
「……まぁいいか。今のとこ、危険はないし」
潔く諦めて、観光を再開する。
荒らすつもりはないし、問題ないよね。
とはいえ、閉まっている建物の中には入れない。
単純に開けないし、万が一揉めることがあったら嫌だから。
できるとしたら、外から眺めるか、開いてる建物を軽く覗くくらい。それも、窓がやたら高い位置にあるため、玄関などドアのある場所限定だ。ほんと、何用なんだろう、この都市は。
「……開いてるとこ、ないし」
しばらく歩いて、すぐ立ち止まる。と言っても、一つ一つの建物が大きいので、5分ほど歩いても数軒しか調べられていないが。
「やっぱりこれ、人用じゃないな。
うん、初めから明らかにそうだったか」
結論を出す。ここは人ではない、ナニカの住処。
あまり長居していい場所ではなさそうだ。
すごく今更だけど。
「……撤退しよ。黄金だけちょっと貰って」
そそくさと、刺さっていた金の棒――おそらくは雑草か苗木のようなものを抜いて引き返す。
全体が黄金でできた街だ。棒1本くらい、砂粒みたいなものだろう。流石に、たったこれだけでナニカに標的にされることはないはずだ。そう、思いたい。
「あまり使い道はなさそうだけど、記念にはなる‥」
「……?」
空気が変わった気がした。というより、世界が変わった?
意識が飛んだのか、一瞬、時間が止まった感覚さえある。
「空が暗い」
景色も音も、変わらず静かで佇んで。
匂いも黄金のもののみで、危険物や生き物の存在は感じないのに。
雄叫びが聞こえた気がした。街が揺らめいた気がした。
殺意や血の香りが広がった気がした。
――黄金郷が、牙を剥こうとしている。
「これ、ヤバいかも」
きっかけがあるとすれば、小石では済まない、街の備品を手に取ったこと。棒を1本貰っただけで、何が変わるというのか。しかして実際、世界が上書きされた。
「っ……!!」
堪らず棒を捨て、脇目も振らず走る。
気配の正体は、安全な場所に着いてから見ればいい。
今はとにかく、逃げなければ。
この、正体不明の恐怖から。
「――!!」
空を飛ぶ。黄金の影が。
あれはなんだ? あれはなんだ。
それは雷だった。違う、暴風。
烈火の如き光。水面を思わせる黄金の煌めき。
あぁ、あれは――
『 』
神だった。
「うっ」
黄金郷が歪む。今度は錯覚じゃなく、本当に。
細長い肢体をくねらせる光の帯を中心に、飴細工のようにぐわんぐわんと揺れ、伸び、吸い込まれていく。
このままじゃ、ぼくも。飲み込まれて消えてしまう。
それに1つ、わかってしまったことがある。
あれは多分、ぼくを認識していない。
認識していたら、敵と見ているのなら、こんな手間のかかることはしないはずだ。
あれはただ、気まぐれにやってきて、舞っている。
ぼくは運悪く、そのタイミングに出くわしてしまっただけ。
暮らすものがいないはずだ。獣たちが追ってこなかったわけだ。こんなもの、抗いようがない。
「棒、捨てなきゃよかった……!!」
ツルツルの地面に突っ伏し、鎮まるまで堪える。
その時を、じっと待つ。
終われ、終われ。あれが生み出す金色の波を浴びながら、引力が収まる時を切に願う。
「あ」
黄金郷は、すべてが神の支配下にあった。
最初から、最後まで。だからぼくは、いつの間にか空にいた。
張り付いていた地面も、目で追っていた棒も、どこにもない。
上が揺らめく黄金郷で、下もざわめく黄金郷。
その瞬間、ぼくは黄金郷だった。
「まさに天任せって感じかな!?」
其の鼓動が、波動のようにぼくを打つ。
永く、永く、脈動は終わらない。光体を軸に巡る黄金郷は、まるで銀河に放り込まれたような有様で。周りには、変形を繰り返す街が、日光で点滅しながら踊り狂っていた。
「悪夢みたいだ……」
回る回る、星空のように。
これが本物の空なら、とっくに数年は経過しているくらい。
それほどに、黄金の星は巡り、永き旅路を彷徨う。
「感覚が、おかしくなる……」
おかしな街だ。異常な街だ。無命の街だ。
もはや、そういった形をしただけの自然物で、集落とはほど遠いけれど。だからかな。どうにも、ぼくらの村が懐かしい。
ハリボテではない、人の温もりを感じる、あの村が。
「其が太陽なら――」
ぼくは穏やかなあの月に、帰りたい。
「貴方は、この都を?」
愛しき日々は過ぎ去った。あれはもう、遠い昔のこと。
誰にも取り戻せはしない。
この黄金郷に、どんな歴史があろうとも。
ぼくの後ろに、どんな思い出が輝いていても。
『 』
渦巻く街は、揺れる水面に浮かぶ月。混ざり、呑まれ、形はとっくに失われていた。だから、何かを捉えることなんて、できるはずがないのに。
どうしてか、目が合った気がした。
「夢を追っているのかい?」
光帯は何も答えない。光体は何も語らない。でも、心地よい黄金の音色が、それを物語っているように感じる。
「いい、夢だね」
都市の繁栄は、遥か昔の御伽噺。
安らぎの地は、遠く彼方へ過ぎ去った。
けれど、懐かしめるという事実が幸せなことで。
その存在自体が、街の報いで。
『――』
果てのない空を漂い、響き合う黄金に身を浸す。
鎮める言葉は、虚空に消えた。でも大丈夫。
ぼくらはずっと、憧れを見てた。
今はただ、安らかにあろう。この夢が覚めるまで。
「さようなら、歴史を渡る竜の方」
年月を示す星の軌跡が、遠く近くで肌を撫ぜる。
光は無我で、行く末になど気を留めない。
それでもきっと、ぼくらは辿り着く。
「見て、夜明けだ」
鎮まった心は、遠く離れていく。
明るい陽の昇る、清らかな空に。
水面の月も、やがて治まる。
眼下を見ると、混ぜ合わされていた黄金郷は、確かな実像を取り戻していた。
目覚めの鐘鳴り響く黎明に、ぼくは世界にお願いをする。
この夢よどうか醒めないで。
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「夢を見るの」
テーブル上の手紙を見ながら、私はつぶやく。
体は起こせない。ベッドに横たわったまま、目だけが霞む世界を見せてくれていた。
「あなたと過ごした、日々を。
一緒に世界を、旅する日々を」
お腹が痛い。心臓が痛い。手足が痛い。
私は痛みによって、構成されているみたいだ。
時々途切れる意識の中で、赤い血が行き来しているのを視界の端に見る。
「思うままに、生きられる世界と。こうして……寝たきりで、長らえる、世界。どっちが夢で、どっちが、現実かな」
目を閉じると、美しい世界が見える。
一度も見たことのない、だからこそ何でもある広い世界が。
「この夢よ……どうか、覚めないで」
たとえ、下らない空想だとしても。
これが私の、憧れだから。




