1-風の丘
これから君に話すのは、嘘みたいなホントの話。
ぼくが旅して見聞きした、摩訶不思議な冒険譚だ。
なんて。実際のところ、これが真実であるかはぼく自身にもわからない。なにせ、嘘みたいなホントの話、だからね。
だから、君は想像してみてほしい。
この手紙が創作であれ体験であれ、君が想像したという一点だけは、紛れもない真実になるから。そんな君に贈る、最初の一通。旅立ちの物語は、これにしよう。
そう。これこそは、異郷へと訪れた旅人が真っ先に感じる、世界の息吹。
【風の丘】
旅を始める前、ぼくはこう思っていたんだ。
故郷を離れて違う土地に近づいた時、真っ先に感じるのは、温度や湿度、匂いとかだってね。
旅なんてしたことがなかったけど、本にはそう書いてあったから。けれど、実際に体感してみると、案外そんなことはなかった。
いや、それも事実ではあるんだ。ただ、ぼくが初めての旅で感じたもの。それは風の音だった。
「――!」
顔に風が当たる。朗らかな陽気とは打って変わって涼しげで、土地が変わったのだと感じさせる風の歌声。
全身が爽快感に包まれ、喉の渇きが癒される気さえする。
新しい土地に来た。ぼくは初めてそれを実感した。
「ここが、風の丘」
つぶやきは風に運ばれ、遠くに消える。
目の前にあるのは、なだらかな丘が連なる丘陵地帯。
森に抱かれる丘々が、星の息遣いに撫でられている。
「気持ちのいい場所だ」
風に飛ばされないように、帽子を押さえる。
ここは人里離れた未開の地。
ぼく以外に人はいないようだった。
「ふぅー……」
一息ついて、丘を登る。風はどこにいても一定だ。
それでいて、確かな存在感を放っている。
丘の方――前方から吹いてきたはずなのに、背中を押されているようで、隣に寄り添うようで。甘く、でもすっきりした香りに包まれているこの身は、疲れを忘れ軽やかに踊った。
風は、空気は、当たり前にあるものなのに、いつまでも意識から離れない。
「到着っと」
見渡す限りの丘、丘、丘。そのすべてから、安らぎの風が溢れ出てきて体を揺らす。空を飛ぶ小鳥も、そこらを舞う蝶も、寝そべる小動物も、命はみな微睡みを過ごしていた。
「静かだなぁ……」
ひとまず、ぼくも寝っ転がってみる。
風を受ける面積は減ったのに、むしろより強く風を感じた。
目を閉じる。取り巻く景色を遮断する。
当然何も見えない。だからかな。
魂が器を飛び出し、大空へ羽ばたいた気がした。
「――」
瞼を開ける。目の前に広がるのは大空。
眼下に丘陵。乱立する森の木々が手を振っていた。
「あは」
可憐な半透明の少女が、手を差し伸べてくる。
疲れはもうない。彼女の手を取り、ぼくたちは空を踊る。
草原を駆け、風の音に乗って歌を飾る。
そうだ。風の音はぼくたちだった。
『〜♪』
少女を真似して口ずさむ。微睡みの主たちも、いつの間にか周りに集まり笑ってる。蝶が、鳥が、地上にいるはずの犬や羊が。みんなで集まり、空の星を飾り付ける。
虹を越えて、海を渡り、遠く遠くの彼方まで。
ぼくらは一緒に空を飛び、再び丘に降り立った。
『〜』
着地地点は森のそば。歓声を上げるかのように、彼らは順々にさわさわと葉を揺らしていた。一際目立つのは拍手の音。見ると、やはり半透明で、麗しい女性が微笑んでいる。
なんて楽しい時間だろう。少女と顔を見合わせた。
さぁ、次は君の番。少女が歌い、ぼくが歌う。
差し出した手を、女性は取って応じてくれた。
香りが変わる。爽やかなものから、深い深い森の標へ。
木々の葉は煌めき、舞台を彩るシャンデリア。
また空をまたぎ、胸を鳴らす。
飽きなんて訪れず、みんな一緒に森中を飛んだ。
友が笑い、恋も夢も宝もすべてが現。
夕暮れを背に、手を振る彼女たちを思って瞼を開くと、ぼくは森の中で切り株に腰かけていた。
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――親愛なるエテルナへ、ヴィゼルナより愛を込めて。
その字をなぞり、ベッドの上で手紙を畳む。どうやらあの子は、とても充実した日々を送っているみたい。
私の手が届かない、この窓の外に広がる世界で。
「こほっ、こほっ……」
口を押さえた手に、血が滲む。
幼馴染みからの手紙に、気分が高揚していたからかしら。
疲れて、視界が少しぼやけていた。
「はぁ、はぁ……」
力を振り絞って、なんとかベルを鳴らす。
呼んだメイドに拭くものをもらい、紙とペンも頼んだ。
あまり、長い返事は書けないけれど。
憧憬を飲み込み、感謝を綴る。
「旅人の、あなたへ」
誰よりも近くて遠いあなたに。愛を込めて。




