第9話:ぴょんフェス都市編!
──ぴょんの光は、風に乗る。
焼け跡の残る村の片隅で、朝焼けがゆっくりと地平を照らしていた。 小さなカフェの屋根の上に、まだうっすらと昨夜の煙が残っている。 けれど、その看板──「Cafe Pyon」の文字だけは、金色の朝日にキラキラと跳ねて見えた。
「……届いたよ」
そう言って、ミウが差し出したのは、見慣れない封筒だった。 うさぎの絵が押された赤い封蝋。差出人は、都市名すら読めないほどにかすれていた。
封を切ると、そこには震えるような文字で、こう綴られていた。
『ぴょんフェスを──この街に、希望を、ください』
「希望ゼロって……」 読み上げたゆうとは、眉をしかめた。
マキが腕を組んだまま、トレイをくるりとひと回しする。 「決まりね。トレイの信仰は、要請に応えるのが基本」
「ぴょん、全国行くのっ!」 ミウはもう、準備完了のぴょんポーズ。
「じゃあ……」 ゆうとは、ケチャップの染みがついたままのメニュー表を鞄に詰めながら、笑った。 「₍ᐢ‥ᐢ₎オムライス持って、行ってやろうぜ」
そこへ、店の奥からひょこっと顔を出したのは、あの商人少年だった──名は、シオン。
以前は「ぴょん?何それ、バカじゃん」派代表だったが、 今ではぴょんフェスの荷物運び担当(仮)である。 ぴょんの力に心を動かされた彼が、今はエプロンを軽く巻いている。
「……絆とか、バカにしてた。でもさ」 シオンはぶっきらぼうに目をそらしながら言った。 「このカフェ、温けえじゃん。……俺も行く」
「やったぁ! 新ぴょん仲間、誕生っ!」 ミウが跳ねた瞬間、何故か看板のうさぎマークが、ぽわんと光った気がした。
「ぴょん仲間って何だよ……おれ、花じゃねえからな?“シオン”って呼ばれるたびに花思い出すのやめてくれな」
「でも咲いたじゃん、シオンの心……ぴょんっ!」 「……ぴょん、やめろほんと」
店の前には、見送りに集まった村人たちの姿。 「ぴょん100皿頼むぞ!」「ホウキぴょん教えたれよー!」と、手を振る。
遠く、夜明けの空には微かに「青白い模様」がちらついていた。 マキはそれを見つめながら、そっと呟く。
「闇が濃いほど、トレイは光る」
Cafe Pyon一行は、ぴょんフェスを届けに、絶望の都市へと旅立った。
──星空は今日も、ぴょんの道を照らしている。
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都市の門が見えたとき、ゆうとは思わず足を止めた。
「……なんだ、こりゃ」
高くそびえる灰色の壁。鉄で縁取られた扉は半ば錆び、 門前の広場には人の気配すら薄い。空気は重く、空は曇り、どこか色彩が褪せているようだった。
ミウが「ぴょん?」と首をかしげ、街に一歩踏み込む。 通りの人々は目を伏せ、歩く足音すら吸い込まれたように静かだった。
「希望? ……ねえよ、そんなもん」
すれ違いざまに呟いた老人の声に、ゆうとは息を呑んだ。
ミウは立ち止まり、深呼吸する。 「じゃあ、ぴょんするのっ」
次の瞬間、彼女は右へ、左へ、キラ☆キラと跳ねた。
「ぴょんフェス2.0開幕っ! ご主人様の笑顔、届けるのーっ!」
突如始まったダンスに、子供たちが目を見張り、 一人がポツリと──「うさぎのお姉ちゃん…楽しそう」
ミウが手を差し出す。「いっしょに、ぴょんっ?」
その瞬間、小さな手がミウの手に重なった。
ゆうとは背負ったクーラーボックスを下ろしながら、笑った。 「よし……₍ᐢ‥ᐢ₎オムライス、出番だな」
マキはトレイを構えながら、広場を見渡した。 「信仰は、灰の下にある。燃え残った灯り──私たちが灯す」
そして、Cafe Pyonのフェスは、静かな都市の片隅から、始まった。
「ではここで、ぴょんフェス都市編・前夜祭レッスンをはじめまーすっ!」
ミウが高台に立ち、うさ耳ポーズで声を張り上げた。
「右っ! 左っ! キラ☆キラぴょんっ! ご主人様っ!」
子供たちが笑いながら見よう見まねで跳ねる。 転ぶ子、跳ねすぎて頭ごちんの子、それでも全員が、ぴょん。
「ぴょんって何!? ぴょんって動詞!? 感情!? それとも……信仰?」
通りすがりの商人が混乱して叫んだ。
「すべてですのっ!」
ミウがドヤ顔で答えると、 マキが後ろでこっそりトレイに刻印中だった。
「“信仰は形に宿る”。これ、覚えて帰ってください」
広場の真ん中、古い噴水の縁に、金色の“₍ᐢ‥ᐢ₎”が浮かび上がった。
ゆうとは炭火でケーキを焼いていた。 「₍ᐢ‥ᐢ₎ケーキ ver2.0、完成……あっ熱っつ!」
子供がひとくち食べて言った。 「……うまぴょん!」
「ねえそれ、俺のセリフじゃなかったっけ!?」とシオンが半笑いで突っ込み、 ミウが「パクリぴょんは文化なのっ!」と意味不明な名言を残した。
都市の空はまだ重く曇っていたが、広場の中央には──確かに、笑顔が灯り始めていた。
少女は視線を外し、去ろうとした。
そのとき、シオンが手を伸ばし、何かを差し出した。
「……オムライス、食えよ」
少女は目を見開いた。 見下ろしたその手の中、白い皿の上に乗っていたのは、 ₍ᐢ‥ᐢ₎マークのケチャップ。
「……なにこれ」
「バカみてえだろ。でも、温けえんだよ」
少女は黙って受け取り、ひと口、食べた。
……ほんの、少しだけ。 唇の端が、震えた。
──フェスの準備が終わった頃。
広場の隅、灯りの届かない場所に、ひとりの少女が立っていた。
名はまだ知られていない。彼女は、冷めかけたケーキを手にしていた。
「ぴょん? オムライス? バカみたい……」
言葉とは裏腹に、手は止まらず、ケーキを口に運んだ。
カスタードの甘さが舌に残る。──懐かしかった。まだ母がいた頃の、ぬくもりの味。
「こんなの……ただの、食べ物じゃん」
そう言って、もうひとくち。
その様子を、近くの屋台からシオンが見ていた。
「黙って食え。温けえだろ」
「……うるさい」
無表情のまま返したはずだったのに、気づけば、口元がふわりとゆるんでいた。
彼女は空を見上げた。
星はない。灰色の、都市の空。
──でも。
「このカフェ……ちょっと、あったかい」
小さく、小さく呟いて、ケーキの最後のひとくちを食べ終えた。
ミウがステージに立つ直前、少女は深く息を吸い込んだ。
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夜は静かに訪れた。
都市の空は相変わらず曇天だったが、広場の真ん中──Cafe Pyon特設ステージには、ろうそくと提灯の灯が揺れていた。 まるで、星の粒が地上に降ってきたみたいに。
ミウはその中央に立っていた。うさ耳リボンを、きゅっと結び直す。
「……ご主人様たち。今日は、来てくれてありがとぴょん」
観客は、子供、老人、かつて諦めきった目をしていた人々。その中心に、あの少女の姿もあった。
ミウは深呼吸した。
「この国、くらかったの。空も、人の顔も……」
言葉がつまる。けれど、彼女は笑顔を崩さず、語り続けた。
「でも、ぴょんってね、跳ねるだけじゃないのっ。泣いてもいいの、怒ってもいいの。でもね── そのあとで、笑えたら、もうぴょんなんだよっ」
誰かが、ぽつりと笑った。 子供が手をたたいた。
「だから、わたし、ぴょんを広めたいっ! ぴょんは、希望なのっ!!」
拍手が、広がった。
その中で、少女が小さくつぶやいた。 「……バカみたい。でも、少しだけ、いいかも」
彼女は、ゆっくりと、右へ。 そして、左へ。
「ぴょん」
その声に、広場は光に包まれた。
──星空は見えないままだけど。 誰もが、頭の上にそれを想像できた。
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その瞬間だった。
空気が変わった。
「……何か、来る」
マキが眉をひそめ、トレイに手をかける。 空の高みで、雲が裂けるような音。
ドン、と遠くで響いた音に、子どもが泣き出した。
そのとき、広場の端、石畳が割れて── 黒い毛並みの魔獣が、牙をむいて現れた。
「第七の影……!」と、ゆうとが思わず声を上げた。
続くように、二体、三体……その目は赤く、爪は鋼のようにきらめいている。
ミウが跳ねた。「みんな、逃げるのっ!!」
──だが。 子どもたちは、逃げなかった。 少女が、震えながらも言った。 「……わたし、逃げない。だって、ぴょんは……希望でしょ?」
ミウはその背を見て、星のように光る魔法陣を展開した。 「キラ☆キラぴょんっ!!」
ぱあっと散った星粒が、魔獣たちの視界をかき乱す。
その間に、マキがトレイを掲げて突っ込んだ。 「信仰は、退かない」 トレイが風を切り、旋風を巻き起こす。
ゆうとは屋台の裏から飛び出し、手にしていたケーキを魔獣の鼻先に投げた。 「嗅げ!味わえ!それは、₍ᐢ‥ᐢ₎ケーキだっ!!」
魔獣の動きが一瞬鈍る。その隙に──
「みんなで、ぴょんっ!!」
広場が、跳ねた。
その瞬間、シオンが走った。
「おい、お前らだけにカッコつけさせてたまるかっての!」
抱えていた木箱を魔獣の前に放り投げ、 「これがCafe Pyon特製・ぴょんケーキ爆弾だッ!」と叫ぶ。
──中身は普通のケーキだが、魔獣の鼻がぴくりと動いた。
「今だ、ミウ!!」
「ぴょんの光、届けっ!!」
星粒の光が爆ぜ、魔獣の目を眩ませる。
その間に、少女が一歩前へ出た。
「ぴょんフェス……あたしの居場所だもん!」
彼女は震える指先で石を拾い、 「返してっ!!」と叫んで魔獣に向かって投げつけた。
命中したわけじゃない。 でも──空気が変わった。
その石が投じられた先、 広場中の村人と子どもが、続けて石や食器を投げ、 「ぴょん返せ!」「フェス守る!」の大合唱。
空から、星粒が降る。 夜の帳に輝く、まるで流星群のようなきらめき。
トレイが空を切り、星が地を照らす。 甘いケーキの香りと、笑い声が交錯するその場所に、 魔獣の咆哮が、まるで泡のように消えていった。
──それは、浄化だった。 光に還るように、影の獣は崩れ、
広場には、 静かで、温かな、風が吹いた。 誰もが、頭の上にそれを想像できた。
その風の中で── ミウが、もう一度、ステージに立った。 服はほこりまみれ、髪も乱れていた。 でも、彼女の瞳は、まっすぐだった。
「ぴょん……ってね」
声が震える。でも、止まらない。
「笑われることもあるのっ。バカにされるのも、何度もあったの。 でも、それでも──わたし、跳ね続けたいって思ったのっ!」
観客が、静かに聞いていた。 中には涙をぬぐう子供の姿もあった。
「ぴょんは、魔法じゃないの。 でもね、笑顔を生む力なら、あるって信じてるのっ!」
少女が、一歩、前へ出た。 彼女は震えながら、小さく、でも確かに跳ねた。
「……私も、ぴょんする」
その声を皮切りに、子供たちが跳ねた。
「ぴょん!」「ぴょん!」「ぴょん!!」
一斉に、夜の広場が躍動する。
誰かが泣きながら笑い、 誰かが笑いながら涙をぬぐった。
そして、人々の中心で── ミウは、笑った。
「ご主人様たちっ……世界、ぴょんで変えるのっ!」 誰もが、頭の上にそれを想像できた。
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その夜、広場の灯りが消えたあと──
カフェの裏手。 静まり返った夜風の中で、誰かが見ていた。
石畳に、光がにじむ。
「また……広がったな」
黒いフードをかぶった人物が、そっと囁いた。
そこには、あの“青白い幾何学模様”が刻まれていた。 都市の地下水路を辿るように、広場の裏へと広がり始めていたのだ。
空の雲が、割れかけていた。 一瞬、星が覗き──その瞬間、聞こえた。
「メイドの心、世界へ……信仰を試せ」
どこからともなく響く、神官の声。
──そして、もう一つの声が。
「ぴょん、ねぇ……脆い灯だ。消すのは、簡単だ」
影が微かに揺れ、風が通り過ぎる。
Cafe Pyonの看板が、微かにきらりと光った。
「このカフェ……世界を変える。なら、俺たちも──跳ねる番だ」
誰かが、そう呟いた気がした。」 誰もが、頭の上にそれを想像できた。
この都市には、何もなかった。
でも、笑い声がひとつ加わったとき、何かが始まったような気がしました。
怒号よりも、踊る足音。
支配よりも、焼きたてのケーキ。
抗うのではなく、届けるという形の「優しさ」を、ぴょんは選びました。
誰かを変えるための言葉じゃない。
変わりたいと願う誰かに、そっと寄り添うための声。
──それが「ぴょん」の本質なのかもしれません。
そして、あの少女の一歩が、これから何を変えるのか。
それはまだ、未来のぴょんの粒が、静かに降るのを待っているところです。