第7話:ぴょんの光、トレイの音、再会はケチャップの香りとともに
風が看板を揺らしていた。
Cafe Pyonの軒先、小さな灯りがゆらゆらと揺れるたびに──それはまるで、ぴょんと跳ねる耳の影のようだった。
星空が澄んでいる。まるで誰かが磨いたみたいに、キラキラと。ミウの“キラ☆キラぴょん”の粒が空に散ったようで、トレイの銀面が反射してるようで……どこか、懐かしい夜だった。
厨房の奥では、ゆうとが汗だくになってフライパンを振っていた。
「……ご主人様、キュン☆、ね」
ぼそっと呟きながら、皿の上にふんわり盛ったオムライスへケチャップで₍ᐢ‥ᐢ₎と描く。
「ミウがいたら、絶対笑ってくれるよな……このノリ」
視線を上げて、窓越しに夜空を見上げる。
「第四のオムライス……第五の光、ミウの“ぴょん”だろ。第六の噂、マキのトレイだろ。……だったら」
皿の隅に添えたパセリが揺れる。
「信じてるよ、俺は」
一瞬、どこかで神官の声が脳裏をかすめる。
──『メイドの心を、この世界に──』
「……あいつらと一緒なら、分かる気がするよ。メイドの心、ってやつ」
そのとき、扉がバンと開いた。
「おーい! ぴょん100皿、追加ーっ!」
村のオヤジが息を切らして叫ぶ。続いて子供たちがなだれ込んでくる。
「ご主人様ー! ぴょんダンス大会するの!」「オムライス!オムライス100皿ぴょん!」
「ちょっ……俺、シェフじゃねえからな!? 一人営業だからな!?」
「でもよぉ、ご主人様! 子供らが“ぴょんぴょん!”って止まんねえんだよ。責任取ってくれよ!」
「おまえが止めろよ!!」
「てか、ケチャップ薄い!ぴょんの線が“ぺしょ”ってしてる!」
「知らんがな!? こっちは20連続₍ᐢ‥ᐢ₎描いてんだぞ!!」
「じゃあこっちは“ぴょん!”って叫びすぎて喉が壊れそうなんだよ! どっちがツラいか比べてみようか!?」
「叫ばなきゃいいだろ!?」
「……無理。体が勝手に叫ぶ」
「こっちも手が勝手に₍ᐢ‥ᐢ₎描くわ!」
厨房に響く、フライパンと叫びと笑い声。
それはまるで、どこか懐かしい日常の音だった。
*
ふと、外の通りからざわめきが聞こえた。
「なんだ? 跳ねる音……?」
「キラッって光ったぞ……?」「いま、トレイが……?」
「……いや、風だろ。たぶん」
誰かが「グルル……」と唸ったような──いや、気のせいか?
ゆうとが皿を持ったまま、ぴたりと動きを止める。
「……まさか」
皿の上の₍ᐢ‥ᐢ₎の目が、少しだけ、笑ったような気がした。
*
──森の木々を揺らしながら、ミウは跳ねていた。
「ぴょんっ! ぴょんっっ!! ご主人様の光、絶対こっちなの~っ!」
夜の森は静かで、でもミウの心臓はどこまでも爆速。
背中には、あのエルフの子供がしがみついている。
「ミウ、ぴょん飛び、すごい!」「でしょ~!? ぴょんは風の加護と、愛の導きなの~!」
ぴょん! ぴょん! と跳ねるたび、草が揺れ、枝がしなる。
「ぴょんの風が、あったかい……」
「それはきっと、ご主人様のオムライスのにおいなの~!」
ふたりの足元で、小動物たちが目をまるくして跳ねる様子を見守っていた。
ミウの魔法が、森にほんの少しの“ぴょん”を根づかせていた。
そして、ひらけた丘の上に出たとき──
「……あった、あれ……!」
ミウは息を飲んだ。
遠くに、灯りが見えた。
木の看板。ゆらゆら揺れる、見覚えのあるシルエット。
『Cafe Pyon』
「……ここだ……ここが、私たちの──」
「ご主人様のケチャップだぴょん!!」
声が裏返った。
地面を蹴る足に力が入る。
「急げミウ!ぴょん魔法、フルスロットル!!」
「キラ☆キラぴょん、最強モードでいっくよーー!!」
跳ねた。跳ねて跳ねて、ミウは丘を転がるように駆け下りた。
背中の子供が笑ってる。風が、ぴょんを押してくれる。
「カフェの光が、ただいまって言ってるの……」
その先にあるのは、絶対に、絶対に、待ってるあの人のぬくもりだった。
*
──風が、砂を運ぶ。
マキは砂丘の尾根を踏みしめ、ひとつ息を吐いた。
「……やっと見えたか」
遠くに灯る小さな光。村の輪郭。人の声。どこか、甘い匂い。
「……ケチャップ。ってことは、アイツの仕業か」
肩に担いだトレイが、月明かりを受けてほのかに光る。
砂の粒が擦れる音の中で、マキは目を細めた。
「まったく……オムライスで村盛り上げて、次は何やらかす気よ」
村の入り口近く、焚き火に照らされた顔がこちらを向いた。
「あっ! あの時の……マキ姉!」
駆け寄ってきたのは、かつて盗賊団を退けた時、あの村の姉ちゃんだった。
「第六話!トレイを手に、盗賊を追い払ったその勇姿!今なお、村に語り継がれる伝説の物語である!」
「……なんでナレーション調なのよ」
「えっ? なんとなく語感がよかったんで!」
「語感じゃなくて現実を生きなさい。まあ……忘れられてないのは、悪くないけど」
マキは苦笑しながらも、トレイを構え直した。
「ここに来たってことは、やっぱり……」
「“Cafe Pyon”、あの丘の上っす! ぴょんとケチャップの香り、間違いなし!」
「はあ……ゆうとのダメオタ臭、確定じゃん」
靴の先で砂を蹴り、月の光の下、マキは歩き出す。
「ったく、面倒見てやらなきゃ、ほんっと何もできないんだから──」
砂丘を越えるたびに、風が少しずつあたたかくなる。
カフェの明かりが、街灯よりもずっと優しく瞬いている。
そして、ふと、風の音に混じって耳に届いた。
──「ぴょんっ!」
「……ミウ?」
トレイの持ち手に力が入った。
「これは……そろそろ、集合ってやつかもね」
マキの口元が、ほんのすこしだけ、ゆるんだ。
「さあて。合流して、やることは一つ──
ケチャップ片手に、世界をぶっ壊すか」
*
──店内。
「跳ねた!? 今、誰か跳ねた音しなかった!?」「トレイ……キラッって光ったよな!?」
ざわめきが広がる。
「祭りか!?」「ぴょんダンス始まるの!?」「よっしゃ!オムライス投げろー!」
「投げるなああああ!!」
ゆうとはカウンターに身を乗り出し、叫ぶ。空気が、変わっていた。
それは熱狂の気配か、あるいは──
(まさか、ほんとに……)
視線が、無意識にカウンターの奥へ向く。
棚の隙間──そこに、青白い幾何学模様が一瞬だけ、チラリと光った。
「……神官……今なのかよ!?」
心臓が跳ねた。まるで、ミウの“ぴょん”とシンクロするかのように。
──そのときだった。
店のドアが、バァンッ!と勢いよく開いた。
「ご主人様ーっ!! ぴょんぴょん、ぴょーんっっ!!」
ミウだった。
その声に、店内が一瞬凍りつき、次の瞬間、爆発的な歓声が起こる。
ミウは跳ねるようにしてカウンターを越え、フライパンを振っていたゆうとに一直線に突っ込んだ。
「ぴょーんっっ!!」
「わあっ!? うわっ……オムライス!!!」
絶妙な角度で皿が宙を舞い、₍ᐢ‥ᐢ₎がキレイにひっくり返った。
「ミウ!? って、うわ、シャツがケチャップまみれじゃねえか!」
「ただいまぴょん!!!」
ミウが、目に涙を浮かべたまま抱きつく。ゆうとはその温もりを確かめるように、ぎゅっと受け止めた。
「ほんとに、生きてたんだな……お前……」
そこに、エルフの子供が跳ねながら入ってきた。
「ミウー! ぴょんダンスだよーっ!」
「よしっ、いくのーっ!! キラ☆キラぴょんタイムっっ!!」
店の奥で誰かが叫んだ。
「ぴょん100皿ーっ!!!」
村人たちが拳を振り上げる。
「「ぴょん!ぴょん!ぴょん!!」」
もはやカフェは、ぴょんフェスティバル。
ゆうとは、ミウのケチャップまみれの姿を見て、くしゃりと笑った。
「……ミウ。マジで……生きててよかった……」
ミウのぴょんは、いま、世界を照らしていた。
「……トレイでキャッチっと」
金属の音が、キィンと響いた。
跳ねていたオムライスが、見事に銀色の円盤の上に着地する。
「……遅刻ゼロ、完璧」
トレイを片手に、カフェのドア口に立っていたのは、マキだった。
その姿に、店内がまた一瞬静まり返る。
「マキ!?」「トレイ、キラッてした!」「うわ、本物だ!」
「マキ先輩ーーーーーーっ!!」
ミウが涙をボロボロこぼしながら、叫んだ。
「ぴょんの星から舞い降りたトレイの精霊なの~!!」
「いや、ただのメイドです」
マキは苦笑しながら、トレイをくるりと回転させて腰に装着。
「でも、まあ……よくやったわ、ミウ」
「えへへ……ぴょんパワー、ちゃんと届いてたみたいで……!」
「マキ……生きてたのか……!」
ゆうとが、ケチャップまみれの前掛け姿のまま、唖然とした声を出す。
「誰かが勝手にフェス開くから、来るのに時間かかったのよ」
「フェスって言ったの誰だよ!」
そのとき、厨房の奥から声が飛ぶ。
「マキ姉! やったあああ!!」
村の姉ちゃんが拍手しながら飛び出してきた。
「再会率、満点っす!!」
「ついでに、オムライス床落下率ゼロね。衛生管理A+」
マキはふっと微笑んだ。
その笑みに、全員が「帰ってきたんだ」と、確信するしかなかった。
そのときだった。
店の外から、地を震わせる唸り声──
「第六の……!」
ゆうとの脳裏に、あの神官の声がよぎる。
突如、店の壁を破って、小型の魔獣が突進してきた。
「っ!?」
「ミウ、左ッ!」
「キラ☆キラぴょんっっ!!」
ミウが跳ねて、魔法を解放する。星粒が炸裂し、魔獣の視界を一瞬奪った。
「……回転、いくわよ」
マキがすかさずトレイを構え、床を滑るように足元に滑り込む──トレイの縁が魔獣の前足を受け止め、バランスを崩させた。
「今だっ!」
ゆうとがカウンターからケーキを投げる。
「特製! 蜂蜜カラメルショートだコラァ!」
香りに釣られた魔獣が鼻を鳴らす──その一瞬の隙を、ミウの魔法とマキのトレイがもう一度叩き込んだ。
「「ぴょんトレイ・コンビネーション!!」」
魔獣が吹き飛び、壁にぶつかって、煙の中でごろりと横倒しになる。
「──トリオ無双、完」
店内が静まりかえった一瞬の後、
「ぴょん!」「トレイ!」「ケチャップ最高!」
村人とエルフたちが、割れんばかりの拍手を送った。
「……もう、離さねえからな」
ゆうとはぽつりと呟いて、両腕でふたりを引き寄せた。
ミウのぴょん、マキのトレイ、そしてこのカフェ。
「……これが、俺の世界だ。俺の店だ。だから──もう、誰にも奪わせねぇ」
ミウが鼻をすんすんさせながら、笑った。
「ぴょんハグ、最強なの~……!」
「そろそろ離さないと、トレイが曲がる」
マキの苦言にも、誰もツッコまない。
そのまま、三人はそれぞれの“持ち場”へ散った。
ゆうとが、ぴょんマークを描いたオムライスを皿に盛る。
ミウが「いっくよー☆ ぴょんダンスタイムっっっ!!」とステップを刻む。
マキが、絶妙なバランスでトレイに三品を盛り付ける。
「三位一体ぴょんオム完成っ!」
客席がどっと湧いた。
そのとき、星空が店の天窓から覗いた。
キラキラと、ぴょんの粒のような光が降ってくる。
Cafe Pyonの灯りが、そのすべてを抱くように滲んでいた。
まるで、絆の刻印のように──
*
──その夜、店の裏手。
誰もいないはずの木塀の影に、光が揺れていた。
地面に描かれた、青白い幾何学模様。
それが、わずかに拡大している。
──『メイドの心、世界へ……試練は続く』
あの神官の声が、風に紛れて聴こえた気がした。
その模様の先、森の奥──あるいは空の向こう。
何かが、こちらをじっと見ていた。
魔獣か。新たな何かか。影は、確かにそこにいた。
*
店内。
カウンターの端に、小さな光が灯っていた。
₍ᐢ‥ᐢ₎の目のような、それでいて星屑のような、
ぴょんの粒が、淡く脈動している。
ゆうとはその光を見て、ひとつ肩を回した。
「……このカフェ、なんか……でっけえこと巻き込まれそうだな」
笑いながら、もう一度フライパンを握る。
──Cafe Pyon、物語はまだまだ続く。
*
三人がカウンターに並び立つ。
ミウが両手をぴょこんと上げて、叫んだ。
「ぴょんでハッピー!☆」
マキが腕を組みながらも、ふっと笑って。
「トレイで守る」
ゆうとがフライパンを構えた。
「カフェで繋ぐ!」
「「「トリオ、再起動っ!!」」」
拳を合わせた瞬間、背後の厨房がキラリと光る。
「キラ☆キラぴょん、次いくの~~っっ!!」
ミウが高らかに叫ぶ。
「試練? それ、メイドの掃除対象でしょ」
マキがトレイをぽんと叩く。
「世界がどうなろうと、俺はオムライスでハッピー届けるからな」
ゆうとが肩をすくめる。
*
そのとき、店の看板が、キラリと瞬いた。
ぴょんの刻印──₍ᐢ‥ᐢ₎が、光を放っていた。
「このカフェ……世界、変えるぜ」
ゆうとの声に、夜の風がそっと応えた。
人は、別々の場所で光を見上げることがある。
それが偶然か、必然か──
そんなことはもうどうでもよくて、
ただ、「ぴょん!」と声が届いた瞬間にすべてが跳ねた。
ぴょんは、笑いだけじゃなくて、
涙も、誇りも、名前のない感情も運ぶ言葉でした。
だから今夜、彼らがもう一度揃ったことに、
ただ「ありがとう」とだけ綴ります。
Cafe Pyonは、ここから新しい光を配り始めます。