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第6話:メイド騎士、辺境にて無双す

──光が弾けて、すべてが白く染まったあと。


目が覚めたときには、もう砂まみれだった。


「……うっわ。なにこの粉っぽさ……」

「砂埃で目がシパシパ…ゆうとのメガネなら即死だな」


喉が、すぐに乾く。視界が霞む。砂煙がずっと舞っている。


目を細めて前を見れば、ぽつんと小さな村があった。


「……ハズレ、引いたな」


青白い光、神官の声──「メイドの心をこの世界に」?


何言ってんだよ、って思いながらも、あたしはこうしてここにいる。


森でも山でもなく、よりによって、乾いた荒野の村。


(ゆうとがここ来たら、三秒でぶっ倒れてんな……ミウの“ぴょん”は、間違っても出ねえ)


皮肉めいた笑みを口元に浮かべながら、カーディガンの袖で額の汗を拭った。


──けど。


焦げた柵。折れた井戸。土に埋もれた看板。


誰かが住んでいた痕跡は、確かにある。


家屋の隅に置かれた木製のバケツの底には、まだ微かに水滴が残っていた。


(……ここ、死んでるわけじゃない)


遠くで、赤子の声のようなものが聞こえた。


それが幻聴じゃないとわかったとき──


「……あーあ。立て直すしかない、か」


足元に、トレイを召喚する。


カンッと鳴って、銀色の輝きが手に馴染んだ。


「メイドは、心で動く。まずは……水回りだな」



井戸の木枠は半ば崩れていたが、ロープと滑車は奇跡的に無事だった。


水を汲むと、濁っていたが──飲めないほどではない。


「……フィルターくらいなら、なんとかなるか」


布を数枚重ねて簡易ろ過装置を作る。埃っぽい水が、ゆっくりと透き通っていく。


「ま、あの男ならここで“水と火は命だ”とか言い出すな」


あたしはひとりごちて、次に崩れかけた柵を見た。


釘は錆びていたが、使えないほどじゃない。


拾った板を手に、トレイを金槌代わりにカンカンと打ちつけていく。


「メイド流・柵補修。精度95%、効率100%──ってとこか」


屋根の隙間に布を詰め、戸の傾きを直し、ひとつ、またひとつと手を入れる。


その作業の合間、廃屋の奥から、ぼそぼそとした声が聞こえた。


「……あの、お姉さん……誰……?」


振り向くと、子どもを抱えた女性が立っていた。


痩せてはいたが、目には確かな光があった。


「旅のメイド。見ての通り、臨時で修繕係もやってる」


少しの沈黙ののち、その女性はぽろりと涙をこぼした。


「ありがとう……誰も、もう、来ないと思ってたから」


「……水は、飲めるようにした。風通しも、多少はマシになったはず」


「はい……ほんとに……ありがとう」


小さな声が、確かにそこに在った。


マキはそれを背中で受け止めると、もう一度、トレイを持ち直した。


──守る理由が、またひとつ増えた気がした。



その日の昼下がりだった。


村の入り口から、砂煙を上げて何人かの影が近づいてきた。


「……来たか」


マキはトレイを背負い、静かに立ち上がった。


粗末な鎧、錆びた剣、だが目つきは鋭く──まごうことなき盗賊だった。


「へぇ、こんな僻地にまで客が来てたとはな」


先頭の男が笑う。片目に眼帯を巻き、顔には古傷。


「悪いが、そこの村、今夜からは俺たちのものだ。反抗すんなら……死ぬぜ?」


村の人々が物陰に身を潜める。震える手、飲み込めない息。


マキは、村の中心に一歩だけ前に出た。


「掃除の時間だな」


盗賊のひとりが吹き出す。


「掃除? なに言って──」


「《装備展開》」


マキの足元に、魔法陣のような光が広がる。


風が巻き、彼女の姿を包み込む。


黒いカーディガンの下、純白のエプロンが煌めき、銀のトレイが空中で回転する。


同時に、背に現れるはホウキ型の長槍。


「……なんだよ、あれ……」


盗賊たちがたじろぐ。


「メイド騎士装備──展開完了」


マキの瞳が鋭く光る。


「この村は、清掃対象。不要物は──排除」


次の瞬間、マキが風を切って駆けた。


盗賊の一人が剣を抜くが、マキのトレイが風を巻くように回転し──


「トレイ・スピンブロック」


剣先をはじき返し、反動で男の腕を持ち上げた。


その隙に、足払い。


砂煙が上がり、男が地面に転がる。


「なっ、なんだコイツ──っ!」


「次」


槍──いや、ホウキ型の長槍をマキが水平に構える。


「メイドは、隅まで掃除するのが礼儀」


突き。受け身をとる間もなく、二人目の男が吹き飛ぶ。


三人目が背後から斬りかかる。


マキは振り向きもせず、後ろ手でトレイを翳す。


ガギンッ!!


剣が砕け、金属音が村に響き渡った。


「……さすがにもう少し、まともな刃物持って来なさいよ」


軽く一歩踏み込み、柄の底でアゴを撃ち抜く。


男が膝から崩れ落ちた。


「ひ、一人でやべぇぞこいつ!!」


残る数人が、一斉に後退りする。


マキの表情は変わらない。


「戦い方は教えた。次、学びたいのは?」


トレイをくるりと回し、肩に担ぐ。


風が、静かに吹き抜ける。


そして、最後の男が震えながら訊いた。


「……な、なんなんだお前……」


「臨時派遣、清掃担当──」


マキは一歩踏み出し、


「──メイドです」


その言葉とともに、砂嵐が吹き荒れた。


マキが静かに地を蹴る。


そのときだった。


盗賊たちが、四方から一斉に囲むように詰め寄ってきた。


「くっ……!」


トレイを横薙ぎに振って一人の剣を弾き飛ばし、後方の足音に合わせて身体を沈める。


だが、背中が、空いた。


(……トレイ一枚じゃキツいか)


刃の気配が、真後ろから迫る。


瞬間、マキは息を吸い、右手を空へかざした。


「……いや、メイド舐めんな」


【召喚──メイド騎士装備・第二展開】


光が再び走り、背中に収まる形でホウキ型の長槍が出現する。


柄を掴み、くるりと背後に回す。


ガギィンッ!!


迫ってきた剣が、槍の柄で弾かれた。


「掃除用具は、一本じゃ足りないのよ」


そのまま足元を払うように横一閃。


二人の盗賊が地を滑り、砂煙とともに吹き飛ぶ。


再び立ち上がったマキの影が、砂嵐に滲んだ。


「掃除の仕上げは──トレイ回転掃討」


彼女の手元で、銀のトレイが円を描く。


空気を裂いて飛び、逃げようとした盗賊の背後に回り込むように弧を描き──


カンッ! と金属音とともに、盗賊の足元へ叩きつけられた。


衝撃でバランスを崩した男が盛大に転倒し、顔から砂に突っ込む。


「……完了」


マキは無言でトレイを手元に呼び戻した。


空気の張り詰めた村の広場。


誰も動かない。


マキは一歩、砂を踏んで言った。


「次にこの村を狙ったら、トレイじゃ済まさない。──以上」


その言葉は、炎よりも鋭く、氷よりも冷たく、村人と盗賊の心に刻まれた。



盗賊の一団が縛られ、村の外れにうずくまっている頃──


マキはトレイを脇に置き、井戸の横にしゃがみ込んでいた。


「……ふぅ」


戦闘の余韻が残る指先を、冷たい水で流す。


砂埃が、ようやく静まった気がした。


そのとき。


「お姉さんっ!」


さっきの母子が駆け寄ってきた。


「あなたが、助けてくれたんですね……」


「……うん。大丈夫だった?」


「はい、あの、これ……」


差し出されたのは、よく冷えた水の入った木のカップ。


マキは一瞬だけ目を細めて、それを受け取った。


「ありがとう」


村の空気が、少しだけ、変わっていた。



翌朝。


マキは村の通りで、ほうきを手に掃除をしていた。


「マキ姉!」


元気な声とともに、少年が駆け寄ってくる。


「今日も一緒にお掃除していい!?」


「道具は持った? 軍手、ちゃんとはめて」


「うんっ!」


くしゃくしゃの笑顔が、太陽よりまぶしい。


そこへ、昨日の母親が現れた。


「……マキさん」


「ん?」


「子供を……守ってくれて、本当にありがとう」


深く、頭を下げる彼女に、マキは肩をすくめた。


「当然のことをしただけ。あなたがあの子を守ろうとしてたから、私も動けた。それだけ」


「……あなたのような人がいてくれて、本当に救われました」


少し離れたところで、村の老人がしみじみとつぶやいた。


「昔の村にも、いたな。皆を守ろうとする変わり者が……。久しぶりに、背筋が伸びた気がするよ」


マキはほうきを止め、そっと微笑んだ。


「変わり者で、結構。メイドってのは、昔からそういうもんです」


朝の陽が、村の屋根をやわらかく照らしていた。


子供が、ほうきを掲げて「マキ姉、出動~!」と叫ぶ。


「はいはい、じゃあ今日も“索敵モード”ね。逃げたゴミは見逃さないわよ」


笑い声が広がった。


マキはそっとトレイを手にし、笑顔の輪の外側から、その景色を見守っていた。




午後から、マキは村の復興を手伝うことになった。


「釘打ちはこのトレイで。ほら、反動も少ないし、何気に精密なんだよ」


「メイドって、そんな道具も使えるんですね!」「……用途が違うけどな」


壊れた柵は整備され、倒れた看板には再び“ようこそ”の文字が描かれた。


「掃除はね、索敵と一緒。隅から順に、塵ひとつ残さず──それがメイドの誇り」


子供たちが、ほうきを振り回して「メイドアタックー!」と騒ぎ出す。


「ちょっと、武器じゃないからそれ」


マキが苦笑して言えば、子供たちは「はーい!」と元気に返した。


村の広場では、ひとりの老人がマキに言った。


「若いの、あんた……何者なんだね」


「ただの、メイドだよ」


トレイを背に、空を仰ぐ。


そこには、風に揺れる洗濯物と、穏やかな陽射しがあった。


メイドのトレイは、戦うためのものじゃない。


でも──


守るためなら、何度でも振るう。


それが、あたしの“誇り”なんだから。



その夜。


村の広場に、大きな焚き火が組まれた。


「はいはい、火の周りには寄りすぎないこと。木の配置は三角形に、通気を意識して。火の管理も──」


「メイドの基本ですねっ!」


子どもたちが声を揃えて叫ぶ。


「……まあ、そういうこと」


笑いが起きた。


焚き火を囲む村人たち。子どもたちは手を繋いで輪になり、「メイド音頭」と勝手に名付けた踊りを披露している。


「マキ姉ちゃん、踊らないの?」


「いや、私は見てるだけで──」


「ほらほら、手ーっ!」


小さな手に引かれて、トレイを片手に、マキも火の輪に加わる。


火の粉が宙に舞い、笑顔が輪になって広がっていった。


「こういうのも……悪くないか」


マキが呟いたそのとき、どこかでホウキが倒れる音がして、子どもたちがまた笑った。


「次は“ぴょん踊り”にしようよ!」「“キラ☆ぴょん火”とか!」


「それ、危ないからな」


夜の空に、トレイの銀色がやさしく反射していた。



マキは焚き火の前に腰を下ろしていた。


火がぱちぱちと鳴り、赤く揺れる。


星が、どこまでも深い空に散らばっている。


「ふたりとも……どこにいるんだか」


トレイを膝に乗せて、ふうと息を吐く。


風が頬をなでる。


その風の中に、ふと小さな声が混ざったような気がした。


──「ご主人様っ、オムライスですっ! もらってくださいぴょん!!」


「……ぴょん、ね」


マキが小さく笑った。


近くにいた村の少年が言った。


「マキ姉ちゃん、そういえばさ」


「ん?」


「西の村で、ケチャップでなんか描いてる“オムライス屋”が流行ってるって話、聞いたよ」


「……」


「あと、北の森の方では、“跳ねる魔法使い”が現れたとか。跳ねるだけで元気になるんだって!」


「……あのふたり、派手にやってんな」


マキはトレイを手に取り、空へかざすように掲げた。


「ゆうと、ミウ──お前ら、見えてんだろ」


星の瞬きが、トレイの銀面に映る。


「メイドのトレイは、守るためにある。今度はあたしが、お前らを迎えに行く番だ」


静かに立ち上がり、夜空に向かってひとつ深呼吸した。


「待ってろよ。次は、三人でカフェやるんだから」


──そして、マキはまた一歩、夜の砂漠を踏みしめた。

掃除とは、壊れたものを片付ける行為ではなく、

誰かが安心して生きていける場所を、もう一度整えることなのかもしれません。


トレイは武器になり、盾になり、時に心の支えになります。


そしてマキにとって、それは“誇り”そのものでした。


この世界がどんなに砂埃に覆われても、

誰かが信じた“メイドの心”が、ひとつの灯りとしてそこにあることを──


あなたの記憶の片隅に、そっと残りますように。

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