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第4話:カフェも、仲間も、ここにはない。

──目が覚めたとき、頭の中にまだ“光”が残っていた。


青白い幾何学模様、あの神官の妙に軽い口調。

そして、最後に聞こえた「ぴょんっ!」の声。


──夢じゃ、ねえよな。


空を見上げる。

雲ひとつない、異様に澄んだ空だった。


「……ミウ、マキ……どこだよ……」


立ち上がる。

周囲を見渡すと、そこは完全に“終わってる”村だった。


藁葺き屋根はところどころ崩れ、井戸には苔。

道は草に飲まれ、柵は朽ち果てて斜めに突き刺さっている。


「まるで、俺の心みたいだな……って、ポエムかよ俺」


苦笑が漏れたが、心は少しだけ軽くなった。


「……廃村、ってやつか」


瓦が落ちて、パキンと乾いた音を立てる。


「……あー、心が折れる音とシンクロしてるぅ……って何だよこのポエム。俺、だいぶ疲れてんな」


ふと、脳裏をよぎった。


ミウのケチャップ・オムライス第一号が俺のシャツを直撃した瞬間。

マキの冷静な「深呼吸、して」って声。


「あいつらがいないだけで、こんなにも寂しいもんなのか」


──それでも、諦める気はなかった。


「きっと、生きてる。絶対にどこかで──」


ゆうとの呟きは、誰もいない廃村の風に静かに溶けていった。



とりあえず、歩いた。探索ってやつだ。


廃墟の中を歩きながら、俺はこの世界の空気をひとつずつ吸い込んでいった。

知らない鳥の鳴き声、乾いた土の匂い。聞いたことのない言語の看板の名残。


けれど、不思議と怖くはなかった。


「この感じ……たぶん、“ゲーム”とか“アニメ”で見たやつだな」


少しだけ、ワクワクしている自分がいた。


そして、比較的マシな建物を見つけた。

柱は傾いていたが、屋根はギリ残ってる。ドアも辛うじて開閉可能。


【スキル:メイド式店舗経営知識 起動】


脳内に、ドバッと情報が流れ込んできた。


「うわ、なにこれ!? 秋葉原の名店たちの……内装レイアウト!? 客導線!? BGMリスト!? 店舗BGMまで!?」


頭の中で、メイドカフェの光景が洪水のように広がる。

制服のバリエーション、接客フレーズ、季節ごとのメニュー案──

パーティ接客の定型文、客導線の最適化、萌えオムライスの絵柄パターン……。それに混じって、ミウが言っていた「ぴょん語辞典」までインストールされている。


「なんか……便利っちゃ便利だけど……偏ってない? これ」


それでも、どこか懐かしい気持ちがした。


秋葉原のあの店。小さなカウンター、制服姿の彼女たち、ケチャップで描かれた₍ᐢ‥ᐢ₎マーク。自分にとっての“居場所”が、脳内に浮かんでくる。


「そうだよな……俺、あの空間が好きだったんだ」


もう一度、目の前の廃墟に目を向ける。


「やれること、あるかもしれない」


ゆうとは、ゆっくりと歩き出した。


「まずは……掃除、だな」


ほこりまみれの扉を押し開けると、鈍い木の軋みがあたりに響いた。


まるで、この村が「ようこそ」と言っているような、そんな気がした。



掃除は、想像以上に大変だった。


まず、土埃。次に蜘蛛の巣。そして、正体不明の乾いた何か。


「これは……なんだ? 枯れたぴょん?」


くだらない冗談を口に出すと、少しだけ気が紛れた。


朽ちた机を引きずり出し、落ち葉を燃やして殺菌代わりに煙で燻す。

床板は一部抜けていたが、荷車の板を流用して何とか補強。


小さなカウンターを再構築し、角材でベンチらしきものを組む。


──形になってきた。


【スキル:メイド式空間演出知識 起動】


「BGMは……って、あるのか!? え、脳内再生!? 『おかえりなさいのワルツ』って何!?」


思わず吹き出しそうになる。だが、その軽さが今は心地よかった。


蜘蛛の巣を払っていると、ふと浮かぶ。


「ミウだったら『ぴょん!』って飛び跳ねて、天井の端までいってそうだな」


一人で笑った。


床板を補強して、外にあった壊れた看板の木材を再利用。


仮名で書いた、『ぴょん茶房(Café Pyon)』の文字。


「ここに……誰かが、来てくれたらいいな」


夕暮れの空を見上げながら、ゆうとはほうきに手を添えて、軽く一礼した。


──はじめての、ご主人様を迎える準備は、整いつつあった。



その“誰か”は、案外すぐにやってきた。


「なんだこりゃ……屋台か?」

「いや、看板出てんぞ。『ぴょん茶房』……は? 意味わかんねぇ」


村の入り口から現れたのは、日焼けした中年の男と、活発そうな姉ちゃんだった。


「い、いらっしゃいませ、ご主人様! ようこそ、ぴょん茶房へ!」


勢いで出たそのセリフに、自分でも赤面しそうだった。


「……なんだ今の」

「ご、ご主人様って言われたぞ……私ら」


完全に怪訝な顔でこちらを見ている。でも、構わず言った。


「本日ご提供するのは──“萌えオムライス”でございます」


「も……え?」

「オム……ライス……?」


二人はしばし沈黙したのち、諦めたように腰を下ろした。


ゆうとは厨房へ駆け込み、炊いておいた干し茸と芋の炊き込みご飯を手早く整える。卵は野生の鶏のもの、小ぶりだが味は濃い。


皿に盛りつけて、ケチャップで例のアレを描いた。


『₍ᐢ‥ᐢ₎♡』


震える手で皿を出す。


「お、お待たせしました……」


「なんだこれ、ウサギ?」「……ぴょん……?」


中年の男が眉をひそめながらスプーンを取り、そろりと一口。


「……」


次の瞬間、男の表情がふっと和らいだ。


「なんだ……これ、案外うまいな」


「え!? マジで?」


「ほんとだ……あったかい味がする」


姉ちゃんも続いて口に運び、ぱあっと顔を明るくした。


「おにーさん、これ、また食べに来てもいい?」


ゆうとは思わず、口元をほころばせた。


「あ、ありがとうございます……!」


そのときだった。


「ぴょんぴょんっ!!」


声がした。


振り向くと、ちっちゃい子どもが、俺の描いたマークを真似して跳ねてた。

ウサギ?」「……ぴょん……?」


「いや、これは……“ぴょん”なんです」


「ぴょん?」


「ええ。ご主人様を笑顔にする魔法の言葉、みたいな……」


ぽかんとしていた大人たちの顔が、じわりと緩んでいく。


「ぴょん、か……面白いな」


「……なんだか、元気出るかもね」


子供たちが次々に真似をして跳ね始め、大人たちの肩も、自然とほぐれていった。


──あの日、ミウが届けた“ぴょん”の声が。


ここでも、確かに生まれはじめていた。


「……これが、“ぴょん”の遺伝子かよ……」



それは、翌日のことだった。


昼を過ぎた頃、遠くから悲鳴のような声が聞こえた。


「おい、煙だ! 森の方だ!」


ゆうとは看板を置き、急いで駆け出した。


森の外れ。村の境界。


土がえぐられ、柵が真っ二つに折れていた。その向こうには……。


黒く大きな影。


四本足で大地を這うように歩く、毛むくじゃらの獣。

赤く光る目が、こちらをじっと睨んでいた。


──魔獣。


鼓動が一気に早まる。


「……マジかよ」


背筋に、冷たいものが走った。



【スキル:分析開始】



目の前の魔獣に、脳内が自動的に反応する。


《対象:オーク・ベア 推定ランク:C+》

《視覚弱、嗅覚特化。特定の甘味成分に対し強い反応を示す傾向あり》


「甘党……だと?」


ゆうとは唇を噛んだ。


武器はない。魔法も使えない。だが、ある。

知識がある。


「……スイーツ、で釣るしかないか」


慌てて村に戻る。

保存していた干し果実と蜂蜜、芋と麦粉、そしてカラメル代わりの焦がし草糖──


脳内のスキルが勝手にメニューを提案してくる。


『誘惑のぴょんぴょんベアケーキ』──演出効果:最大。


「ネーミングセンスよ……」


それでも、やるしかなかった。


野外かまどに火を起こし、手際よく材料を混ぜていく。

香ばしく焼き上がる匂いが、風に乗って森へと広がっていった。


──来い。


両手で祈るようにケーキを掲げながら、ゆうとは静かに息を飲んだ。

背中にじっとりと汗がにじむ。

手のひらは、ケーキの熱と不安でじわじわと湿っていた。


「こんなんで……本当に来るのか……?」


自問するように呟く。

脳裏をよぎるのは、秋葉原の路地裏で見た小さな笑顔。

ケチャップを盛大にこぼして慌てていたミウの声。


(ミウなら……“ご主人様、ぴょんって跳ねたら元気でますの~”とか言って、俺を笑わせてただろうな)


ゆうとはぎゅっと歯を食いしばった。


「今度は……俺が、守る番だろ」


即席ケーキを焼く。

香ばしい香りが立つ。


そのときだった。森の陰から、巨影が現れた。


オーク・ベア──毛並みは濃く、赤い瞳がぎらりと光っていた。

獣は鼻先をくんくんと鳴らし、焦げ甘い匂いに誘われるように、ゆっくりと近づいてくる。


村人たちは、建物の影や柵の裏に身を潜めていたが、槍を構えた手が微かに震えているのが見えた。


「落ち着け……タイミングは、俺が合図する……!」


ゆうとはケーキを、村の中心にある大石の上へそっと置いた。

その中央には、即席の“カラメルナッツ爆弾”が埋め込まれている。


魔獣がその鼻先を寄せ、舌を伸ばしかけた、その瞬間──


「今だっ!!」


炸裂音と共に、ナッツの殻がぱちぱちと爆ぜ、甘くて香ばしい煙が一気に広がる。


オーク・ベアが咆哮を上げてのけぞった。


「突けぇぇぇっ!!」


村人たちが一斉に飛び出し、槍で包囲するように攻撃する。


魔獣は暴れ、地面を深くえぐった。

その爪は岩すら裂く。咆哮は鼓膜を突き破るようだった。


けれど、村人たちはひるまなかった。


「店主が……あの子らが笑ってた店を、壊させてたまるかよ!!」

「ぴょん茶房は、俺たちの憩いの場なんだ!!」


誰かが叫び、誰かが突き、誰かが涙ぐみながら槍を握った。


(こんな──戦い方があるなんて、思いもしなかった)


──数分後。


煙の中で揺れる巨体が、ぐらりと揺れて──


どさ、と音を立てて崩れた。


赤い目が閉じ、魔獣はゆっくりと動かなくなった。


静寂が訪れる。


「やった……やったぞ……!」


「すげえぞ兄ちゃん!」「あのケーキ、効いたな!」


村人たちが歓声を上げる。


ゆうとは肩で息をしながら、崩れ落ちそうになる膝を支えた。


ケーキの香りがまだ微かに残っている。


「甘党に、スイーツで対抗……案外、悪くない戦術だな」


子どもたちが駆け寄ってきて、残った生地を指差しながら跳ねた。


「これ、ぴょんケーキ!? ぴょんケーキなの!?」

「ぴょんぴょんケーキ! ぴょんぴょんっ!!」


その様子を見て、誰かがふっと笑い、そして、ひとり、またひとりと笑い声が広がっていった。


ゆうとは空を見上げた。


夜風に吹かれて、焚き火の匂いと甘いカラメルの残り香が、混ざっていた。


(ありがとう、ミウ。お前の“ぴょん”は──ちゃんと届いてる)



夜が訪れた。


焚き火の灯りが、村の広場を柔らかく照らしている。


ゆうとは、静かに看板を手にしていた。昼間に魔獣が壊した柵の板を削り、丁寧に磨いたものだ。


焼きごてで、ひと文字ずつ──刻む。


『Cafe Pyon』


「……よし」


掲げたその瞬間、風がふわりと吹いた。


ふと、森の奥からかすかな声が聞こえた気がした。


「……ぴょんっ!」


はっとして顔を上げる。


「ミウ……?」


目を凝らす。


──しかし、誰もいない。ただ、夜風が通り抜けていくだけだった。


「……風、だよな。……いや、違う。違ってくれ」


ゆうとは空を見上げた。


星が、びっくりするくらい綺麗だった。


「会いたいよ……ミウ、マキ」


それでも、顔を下げたときには、もう笑っていた。


「このカフェ、もっとでっかくしてやる。で、帰ってきたらさ──ミウが『ぴょん!』って言って、マキが『バカ、深呼吸くらいしろ』って呆れて……」


拳をぎゅっと握る。


「俺が『おかえり』って言ってやるからさ」


その声は、静かに夜へ吸い込まれていった。


けれど、彼の中で確かに──“始まっていた”。


廃村に、ひとりの青年が「ぴょんの気配」を探して立ち尽くす──


誰もいない場所にカフェをつくることは、

記憶の中に誰かの居場所を残そうとするようなものかもしれません。


ケチャップで描かれた₍ᐢ‥ᐢ₎は、

きっと“笑われること”を恐れない、ささやかな祈りでした。


どうかこの先も、誰かのぴょんが消えませんように。


第四話、お読みいただきありがとうございます。

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