第3話:そして、“ぴょん”は世界を超えた
──俺は、もともとただの客だった。
それが今じゃ、オムライスの皿を並べ、厨房に立ち、ミウの失敗に「ドンマイ」と声をかけている。
「ゆうと様、ナプキンはこの角度で……あっ、あれ? ご主人様……じゃなくて、えっと……」
「いや、いまだに俺のこと“ご主人様”って呼ぶのおかしいだろ。もう同僚だぞ?」
「ぴょんが……染みついちゃったんですっ」
「脳の根っこにウサギ棲みついてんのかよ……」
マキは呆れ顔でトレイを片手に言った。
「ミウ、深呼吸。ケチャップの袋を握りしめながら焦らない。あと、ゆうと、皿持ったまま厨房で笑うな。油はねる」
「……了解です、先輩」
俺たちは、いつものCafe Pyonにいた。
店内の照明が穏やかに揺れて、客の笑い声と、ぴょんが跳ねる音が重なっていた。
そんな、いつもの風景。いつもの3人。
──だけど。
あのとき、店内の照明がチカチカと明滅した瞬間。
床に浮かび上がった青白い幾何学模様が、すべてを変えた。
幾何学模様は、まるでアニメの召喚陣みたいに床を這ってた。青白い光がチカチカ脈打って、店内のピンクなフリルがなんか異様に映る。
「え、なにこれ!? イベント!? メイド喫茶の新サービス!?」
俺、思わず叫んだけど、ミウはトレイ抱えて「ぴ、ぴょん…!?」って固まってる。マキはトレイ置いて、なんか冷静に光を見つめてるけど、目がいつもより鋭い。
「マキさん、これ…!?」
ミウがマキの袖引っ張ると、マキ、軽くミウの頭をポンと叩いて。
「落ち着きな、ミウ。…でも、これ、ただの照明じゃねえな」
俺、ふと思った。この3人、なんか…いつも一緒にバカやってるけど、こんな変な瞬間でも、ちゃんと「仲間」っぽいなって。
ミウが「ゆ、ゆうと様、マキさん、怖いんですけど…!」って小声で言うから、俺、つい「アニメならここで転生フラグだろ! ワクワクしてきた!」って言っちゃった。
マキが「ゆうと、呑気すぎ」って笑った瞬間、光がバチッ!って爆発して、視界が真っ白に。
最後に見たのは、ミウの跳ねるリボンと、マキのクールな横顔だった。
*
ここは、天界──らしい。
あの瞬間から、すべてが光に包まれ、
俺たちは今、雲の上のような場所に立っていた。
浮かんでいるのか、落ちているのかもわからない。
目の前には、妙にゆるいローブ姿の青年がいた。
金髪、眼鏡、腰にポーチ。見た目は完全に“あっち側”の人間。オタクにしか見えない。
「ようこそ、選ばれし“ぴょんの使徒”たちよ!」
「いや何その肩書!?」「ぴょんの!?」「こいつ、マジで神なのか!?」
三者三様にツッコミを入れつつ、状況を把握しようとする俺たちに、
青年──自称“転生管理神官アスタルテ”は説明を始めた。
「諸君には異世界に転生していただく! 目的はただ一つ……“メイドの心”をこの世界に広めること!」
「……メイドの、心?」
「そう。ぴょんで笑顔になり、ケチャップで心が通じ合い、ご主人様を大事にするその在り方。
それを、この剣と魔法の世界に伝えてほしいのだ」
ふざけてるようで、どこか本気の目だった。
「なお、異世界では三人とも別々の場所に転移してもらう。
まずは生き延びること。そして、再会を果たすことが“運命”として定められている」
「再会……」ミウが小さくつぶやいた。
「できますよね……? また、会えますよね……?」
「もちろん!」神官は胸を張る。「そのために、ギフトを用意した」
俺には──
《メイド式店舗経営知識》:料理・接客・空間演出に関するあらゆるノウハウが自動的に頭に入る。サブ効果:つい無意識に敬語になる。
ミウには──
《ぴょん強化魔法》:跳ねることで加速、回避、魔力増幅ができる。語尾に力が宿る。ウサギ属性100%。
マキには──
《メイド騎士装備召喚》:戦闘時、自動で“それっぽい装備”が展開される。常時クールなセリフ演出付き。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。世界は、君たちの“ぴょん”を待っている!」
光がまた満ちる。
ミウの手が、こちらに伸びる。
声にならない声が聞こえた。
──次に目を開けたとき、そこはもう、俺の知る秋葉原ではなかった。
転移とは、強制的に始まる“問い直し”のようなものだと思います。
なぜ生きるのか。なぜ笑うのか。
なぜ「ぴょん」なんて言葉を信じようとするのか──
私自身、わからないまま書いているようで、
でもたしかにどこかに答えがある気がしていて、
それを物語の登場人物たちに託しています。
次回から、彼らの“世界”が少しずつ広がっていきます。
そしてきっと、あなたの中にも、少しだけ“跳ねる”ものが残っていくはずです。