第2話:オムライスは、恋の前兆(フラグ)でした
──俺の名前は、ゆうと。
アニメとゲームが好きで、秋葉原の裏通りをふらつくのが趣味みたいな、まあ、いわゆるオタクだ。
そして前回、人生で一番“跳ねた”瞬間に遭遇した。
『ご主人様っ! もらってくださいぴょん!!』
跳ねたのは、メイド服を着た小柄な女の子だった。
リボンが揺れて、耳のように見えた手元が、妙に頭に残った。
──で。
気づけば俺は、その子のいるカフェにまた来ていた。
いや、正直言うと、「気づけば」なんてカッコつけた言い方だ。
実のところ、俺の頭ん中、あの「ぴょん!!」がループ再生されてた。
アニメの名シーンかよってくらい、ミウの跳ねるリボンとキラキラした目が脳裏に焼き付いてたんだ。
ドアのガラス越しに、カフェの内装が見える。ピンクと白のフリルな装飾、壁に貼られたアニメ風のポスター、んで、カウンターの奥でキラキラしたティアラが陳列されてる。…うわ、改めて冷静になるとマジでメイド喫茶だ。俺、ほんとに入るのか?
そんな葛藤を脳内で3秒くらい繰り広げた瞬間、ドアがガチャッと開いて、ミウの声が飛び込んできた。
「ご、ご主人様っ!? あの、先日は……その、チラシ……っ!」
ミウは俺を見て、目に見えて焦ってた。手に持ったトレイが微妙に揺れて、メニューがカタカタ鳴ってる。リボンの結び目、ちょっとズレてるし。
「え、俺のこと、覚えてるの?」って、俺、つい口に出しちゃった。
「も、もちろんですぴょん! だって、ご主人様、チラシ…受け取らずに、でもそのあとお店にも来てくれて…!」
ミウの頬がぽっと赤くなって、語尾の「ぴょん」がなんか弱々しくなる。
いや、この子、こんな緊張しながら接客してんのか。なんか、応援したくなってくるな…。
ふと、店の奥のカウンターに、なんか青白い光が一瞬チラついた気がした。照明の反射かな? ま、気にしないでおこう。
ミウは小さく頭を下げて、俺をテーブルに案内した。
「おすすめ……は……“萌えオムライス”です!」
テンプレっぽいけど、なんか本気で言ってるのが伝わってくる。俺は頷いて注文した。
数分後、事件が起きた。
「お、おまじない、かけますねっ! おいしくなぁ──」
その「お」の瞬間だった。
ミウの手が滑った。
お皿が、俺のシャツに──べちゃっ、と飛んだ。
「ああああああああああああ!!!」
盛大に叫んだのは、ミウの方だった。
「ご、ごごごごめんなさい!! し、シャツがっ、オムライスでっ、ぴょん……!!」
ぴょんじゃないよぴょんじゃ、って思いながらも、俺は咄嗟に笑っていた。
「まあ、記念だな」
脳内では『ゆうとA:いや、記念って何!? アニメならここで絆イベントだろ!』『ゆうとB:でもシャツ、洗濯どうすんだ…』って大騒ぎ。
ミウ、ぽかんとした顔で俺見て、そしたら、なんかキラッて目が光って。
そして、なぜかこう言った。
「……チェキ、撮りませんか?」
え、このタイミング!? って思ったけど、彼女の袖のケチャップ見たら、なんか、笑うしかなかった。
俺、ふと思った。ミウのこの一生懸命さ、なんか…接客って、こういう「心」が大事なんだなって。
アニメのヒロインみたいに、失敗しても笑顔で頑張る姿、めっちゃ刺さるわ…。
ミウの制服の袖にも、ケチャップが少しついていた。
チェキ用の小さなスペースで、俺は真顔。
ミウは、耳の形に両手を添えて、ぴょんポーズ。
カシャッ、という音とともに、写真が吐き出された。
「……すごいですね。シミ、ばっちり写ってます」
ミウが、少しだけ笑った。
俺はというと、たぶん一生この写真を忘れないと思った。
──そのときだった。
「……あーあ、やっちゃったねぇ」
振り向くと、制服の上から黒いカーディガンを羽織った女性がこちらを見ていた。
ストレートの黒髪、涼しげな目元、軽口の裏に何かを隠してそうな笑顔。
ネームプレートには、こう書かれていた。
『MAKI』
「新人の洗礼。まさかオムライス第一号を受け止めるとは、ゆうと様、なかなかの運命力っすね」
初めて出会った時、ミウを指導していた先輩だ。
「直接話すのは初めてですね……」
「マキっていいます。ミウの教育係みたいなもんで。よろしくね、ご主人様」
マキはそう言うと、軽く髪をかき上げて、俺をじっと見た。
なんか、その目、めっちゃ鋭い。アニメの「裏ボス感ある先輩キャラ」みたいな雰囲気。
「ゆうと様、ミウのこと、結構気に入ったでしょ?」
「え、んなことないっすよ! いや、気に入ったってか、普通に…!」
俺、焦って否定したけど、マキのニヤッとした笑顔が「はい、図星~」って言ってるみたいで、完全にペース握られてた。
「ま、ミウはね、失敗多いけど、誰より『ぴょん!』に魂込めてる子なの。ゆうと様みたいな反応してくれるお客さん、彼女には大事よ」
マキ、ミウの頭をポンポンって叩きながら言うんだけど、その手つきがなんか、めっちゃ自然で。ミウは「ま、マキさん…!」って顔赤くしてた。
俺、ふと思った。このマキって人、ただの先輩じゃないな。なんか、カフェ全体の空気まで操ってる感じ。
ふと、マキのネームプレートに、なんか青白い光が一瞬反射した気がした。彼女、気づいたみたいで、サッとプレートを直して「ん? 何か?」って笑う。
「いや、なんでも…」って誤魔化したけど、この人、絶対なんか隠してる。メイド喫茶の先輩の枠、超えてるだろ…。
「ほら、ミウ。ケチャップ拭いて、次行くよ。ゆうと様、また来てくれるよね?」
マキのその一言、なんか「次も何か起こるよ」って含みがある気がして、俺、ドキッとした。
ミウが、ケチャップの袖を気にしながら、申し訳なさそうにうつむいた。
「もう……ほんとに、すみません……」
「だーいじょうぶ。ちゃんと謝って、笑ってくれるお客さん、なかなかいないからさ。ね? ありがとね」
マキの笑顔は、からかうようで、でもあたたかかった。
そのとき俺は思ったんだ。
たぶんこのカフェ、案外すごい場所かもしれないって。
──そして俺は、ちょっとした常連客になっていた。
常連って言うけど、最初は「一回くらいまた来てもいいかな」くらいのノリだった。
なのに、気づけば週二、三回、このカフェのピンクなドア開けてる俺がいる。
なんでかって? そりゃ、ミウの「ぴょん!」が日替わりで進化してるのもある。
昨日は「ぴょんぴょんぞい!」だったし、今日は「ぴょんぴょんがんばるぞい!」って、どこのアニメの語尾だよってツッコミたくなる。
でも、ほんとの理由は、このカフェがなんか…「家」みたいになってきたから。ミウの「きゃぴっ!」ってドジ声や、マキの「ミウ、落ち着け」って冷静なツッコミ、常連のおっさんが「ミウちゃん、今日のぴょん90点!」って笑ってる空気。全部、なんか、居心地いいんだよな。
んで、今日もミウが「ごしゅじんさまーっ!」って飛んできたわけ。
「今日もぴょんぴょんがんばるぞいですぴょん!!」
なぜか日ごとに語尾の“ぴょん”が進化している気がするが──まあ、元気ならよし。
…いや、語尾、進化しすぎだろ。俺、思わず「それ、どこで仕入れてきた?」って聞いてしまった。
「え、えっと! アニメで、元気な子が…こう、語尾でハート飛ばす感じで…!」
トレイ、危なっかしく揺れてるのに、ミウの跳ねる動き、なんかリズム感あるんだよな。ウサギみたい…って、また思った。
横でマキが「ミウ、語尾より姿勢。背筋ピン」とか言いつつ、俺にチラッと視線。
「ゆうと様、ミウのぴょん、ちゃんと見ててあげてね。こいつ、ほっとくと暴走するから」
その一言、なんか仲間っぽくて、俺、ニヤけちまった。
店内に入れば、ちょっと大きめの声と、やや危なっかしい足取り。
「わっ、あっ、ご、ご主人様のアイスココアが……銀河を駆け抜けるコースターに乗ってっ……!」
カップはなんとか止まった。
けれど、その直後に滑ったのはミウ自身だった。
「きゃぴっ!? ご、ご主人様の視線がっ、まぶしっ……!」
……もう、なんなんだこの子は。
「ミウ、落ち着いて。深呼吸。ね?」
横からスッと現れたマキ先輩が、冷静に制止する。
「し、しんこきゅー……すー……はー……」
「うんうん、それでいい。それで、ご主人様に一言?」
「ご、ご注文のお飲み物をお持ちしましたぴょんっ!!」
──どうして語尾は戻らないのか。
俺は、アイスココアを受け取りながら、微笑むしかなかった。
ご主人様の胸元にオムライスをぶちまける話を、
ここまで静かに読んでくださってありがとうございます。
可笑しくて、ちょっとバカバカしくて、
でも、その向こうに小さな「まじめ」が宿っている──
そんなお話が書けたらいいなと思いながら、二話目を書きました。
チェキを一枚撮るように、この物語も、
読者の皆さまの記憶にそっと焼きついてくれたら嬉しいです。
ぴょんは、今日も元気です。