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Take On Me 4   作者: マン太
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1.子ども

 その日、(たける)が子どもを二人、連れてきた。

 もちろん、岳の隠し子でも、岳の父(きよし)の隠し子でもない。はたまた、俺の腹違いの弟妹(ていまい)でもなく。

 岳の大学の先輩であり、山岳部の先輩でもある円堂(えんどう)嵩史(たかし)の子どもだった。

 円堂は岳が大学一年の時、入部した山岳部で部長をしていた。その時、すでに二十八歳。院生だったが、留年、休学等を経て、その年齢だったのだ。

 部長などしている時間はないはずだが、当人はお構いなしで、学業の時間を削ってでも来ていた。

 因みに二十六歳の時、先に就職していた彼女との間に長男が生まれたのを期に結婚、六年後、娘が生まれた後、離婚した。幼い子ども達の親権は円堂が持つことに。

 子どもは男の子と女の子。

 男の子──と言っても、『子』つけていいのか躊躇うが──は壱輝(いつき)、十五歳。青春思春期反抗期真っ盛りの高校一年生。

 プラチナにカラーリングした髪がキラキラと輝いて見えた。笑えばきっと可愛いだろうに、ブスッとしているため、目付きの鋭さも相まって、かなりの凶悪顔だ。

 女の子は初奈(はな)。小学五年生。壱輝の妹だ。

 非常に大人しく殆ど口を聞かない。前髪をぱっつんと切られた──多分、素人が切ったのだろう──肩までの髪は真っ直ぐサラサラストレート。将来有望な美人さんだ。

 なぜ、彼らが我が家に連れて来られたのか。事の発端は岳からの一本の電話だった。

 夜、七時過ぎ。今日の仕事先、円堂の事務所にいる岳から電話が入ったのだ。その日は遅くなるからと伝えられていた。

 飛びつく様に出た電話で、岳は思いもしなかった提案をしてきたのだった。


『うちで子供を預かれそうか?』


「子ども?」


 思わず、聞き返す。俺の頭の中には、直ぐ様ヨチヨチ歩きの幼子が浮かぶが。


『ああ、そうだ。前に言ってたヒマラヤ山脈での撮影の仕事なんだが、同行する先輩の子どもを預ける先が見つからなくて困っているんだ』


 そう。実は一年ほど前からそんな話をもらっていたのだ。ヒマラヤ山脈の撮影に同行しないかと。

 実際の計画は数年前から。ただ、中心となる写真家、岳の大学山岳部の先輩でもある、円堂の予定が決まらずうやむやになっていたのだ。

 それが、一年前にようやく本決まりとなり。

 ヒマラヤ山脈は撮り尽くされている感もあるが、今回は殆ど未踏と言っていい峰に登って、そこからの景色を撮影するらしい。まだ誰も撮ったことのない景色だ。

 テレビ番組も同時に製作するとの事でそれなりの大所帯。登山にしても撮影にしても、皆、その道のプロが参加する。

 そこへ岳も補助としてメンバーに加わらないかと声がかかったのだ。円堂の強い推薦があったらしい。岳は続ける。


『シングルファーザーなんだが、頼れる親戚もいないらしくてな。それで、家で預かるのはどうかと思ったんだ…。無理そうか?』


「何歳くらいの子なんだ?」


『正確なのはまだ聞いてないんだ。そんな小さくはないんだが──ちょっと待ってろ。──円堂先輩! 子ども、何歳ですか? え? 分からない? 自分の子どもでしょ。じゃあ誕生日──、忘れた…。そうですか。でも今何年生かは…。高校生──と、小学生…。分かりました…』


 岳の声のトーンがだんだんと低く落ちていくのが分かる。それはそうだろう。先輩の円堂という男は、まともに自分の子どもの年齢さえわからないのだ。その生育環境が窺える。岳は軽い咳払いの後。


『…大和、聞こえてたか?』


「まあ、な…。高校生と小学生。だな? 預かるのはいいにしてもさ。親がそんなんで子ども、大丈夫なのか?」


『今まで育ってきたんだ。なんとかなっているんだろう…。じゃあ、とりあえず、オーケーってことでいいな? 大和には負担が増えるが…』


「いいって。一人増えようが二人増えようが、変わんねぇって。亜貴と真琴さんには?」


『真琴も亜貴も俺から伝えて置く。真琴はここんとこ、借りたマンションにいることが多いだろ? だから多分、気にしないだろうな。亜貴も大学が忙しいようだし、家に殆どいないからな。増えても気にしないだろう。詳しい話は帰ってからする』


「分かった」


 真琴は最近、仕事場に近いマンションに一室を借りた。

 この家は職場まで一時間ほどかかる。仕事が遅くなり、ホテルに泊まることが増えた結果、借りた方が経済的と言う事になったらしい。

 本人はできるだけこちらに帰ってきたいようだが、そうもいかず。週末はここへ帰ってくる日々を送っている。

 亜貴は亜貴で、大学の講義が終わってからも、なんやかんやと忙しく帰宅はいつも遅い。

 家庭教師のバイトも始め、サークルは高校時代から続けていた弓道部にはいったと言っていた。毎日のスケジュールは目いっぱい詰まっているらしい。


「んで、いつからだ?」


『実は──』


 円堂は既に撮影準備で頭がいっぱいで。約一ヶ月後の出発だと言うのに、子どもの面倒が見られていないのだと言う。

 そうして、今日、早々に家へ連れて来られたのだった。

 電話では突然の事で済まないと言っていたが、これも岳の仕事の内だと思えば文句もない。

 しかも、相手は乳飲み子ではないのだ。ちゃんと自分でご飯も食べられて、トイレトレーニングもとっくに済んでいる。ミルクも離乳食も必要ない。

 それで十分だと思ったのだが。


✢✢✢


 玄関ドアが開き、帰宅した岳を出迎えた俺は、その傍らを見て一瞬、外国人がそこにいるのかと思い、一度見した後、更に二度見した。

 そして、冒頭の容姿の紹介となる。


「こっちが壱輝(いつき)で、こっちが初奈(はな)。高校一年生と小学校五年生だ。今日から三カ月、家で過ごしてもらう。壱輝、初奈。大和だ。分からないことは大和に聞いてくれ」


「こんばんは。壱輝と──初奈。よろしくな?」


 ムスッとした顔の壱輝に先に手を差し出すが、壱輝はまる無視して、それに気付かなかったかのように、靴を脱ぎ捨て玄関を上がった。そのままどかどかと廊下を歩き、リビングへと続くドアを勝手に開けて入っていく。


 ほうほう。これはこれは。


 隣の初奈はどうしていいのか分からず、オロオロしていた。まさか、兄のマネはできまい。

 しかし。こんなことで怒りはしない。だいたい、初めの顔つきからそれは予測できていた。それでも右手を差し出した俺は大人だろう。ここで怒りを見せてはいけない。

 俺は差し出した手を、そのまま初奈に移動させてにこりと笑んで向き合うと。


「よろしくな。初奈。俺のことは大和って呼び捨てでいいからな?」


「…はい」


 小さな柔らかい手が、そっと大和の手を握り返し、消え入りそうな声が答えた。

 そうだ。この反応が普通だろう。

 声が小さかろうが、表情が硬かろうが、仕方ない。元々の性格もあるだろうし、見知らぬ家に来て、初めての相手に愛想笑いなどできないだろう。恥じらう初奈の態度は分かる。だが。


「岳。壱輝って問題ありか?」


 初奈をリビングへと向かわせながら、岳に目を向ける。同じく玄関を上がった岳は疲れたのか、肩をもむようにしながら。


「まあ、見ての通り、多少すれてはいるが──俺から見ればかわいいもんだ」


 それはそうだろう。元ヤクザの若頭から見れば、あんなもの、へでもないはず。いや、へ以下だ。すかしっぺだ。


「まあいい…。岳、先にお風呂か? メシ食うか?」


「先に飯だな。あいつらもまだ食ってない」


 時刻は夜九時近い。


「てか、親は? 出発、まだだろ?」


「円堂先輩は仕事が忙しくてな。出発はひと月後なのに、準備に忙しくてそれどころじゃないそうだ」


 うーん。親に問題ありか。


 しかし、片親で育てるのは大変だろうしな。子どもばかりに手をかけても居られないのだろう。そう思う事にした。


「ねえ、メシ! 食いたいんだけど…」


 開けっ放しのリビングの扉から壱輝が顔を見せた。プラチナブロンドの髪がさらさら揺れる。俺は大きく息を吐き出した後。


「まってろ。すぐに準備する。初奈も遠慮せず、入って。ほら。兄ちゃんをちょっとだけ見習って。な?」


 廊下で入ろうか、もじもじしていた初奈の背をそっと押し、中へと案内した。

 壱輝の態度に岳もやれやれと言った顔だ。だが、初奈をリビングに入れた後、俺の腕をくいと引き。


「出会ったころのお前の方が、もっと威勢が良かったけどな」


 ニヤリと笑って見せた。


 うぐ。そ、それは──そうかもしれないが。


「あの時はただの借金取りだと思ったし。岳の事は怖かったぞ。威圧感が半端なかったし…」


「ふふ。俺は可愛いと思ったな。今はもっとだ」


 ぐいと腰を引かれ、背後からハグされる。


「ちょっと、離せって。めし、支度しねぇと──」


 岳の温もりは心地いい。言葉とは裏腹に思わず身を任せそうになるが。


「なあ! こっちは腹空かせてずっと待ってんだけどっ」


 姿は見せず、怒鳴り声だけがリビングから聞こえてきた。岳は肩をすくませると、


「教育は必要だな?」


「だな…。岳たちが帰ってくる頃には、ちゃんと躾とく」


「ま、ほどほどにな」


 岳は腕を解いて解放すると、俺の後についてリビングに入った。



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