そして、現在
「………見間違い、じゃないよね?」
「………見間違い、じゃないわね。」
「見間違いであってくれ!!」
とあるアパートの1室。来月高校生になる少女とその両親は、学校から届いた入学案内を見て頭を抱えていた。
[私立月葉学園合併のお知らせ]
「なんでいきなり……」
私立月葉学園は、幼稚舎から大学院まであり、歴史こそ浅いが立地がよく生徒数も多い。制服も可愛いと評判で、私立にしては学費も極端に安く、何より異形の物が少ない。異形に恐怖心や忌避感をもつ人間にとって安息の地となっていた。もちろん、種族による差別は法律によって禁じられているため、入学に制限は設けていない。
しかし、この学園には能力制御の授業がない。妖怪や怪物は大なり小なり能力を持っており、それを制御する術を義務教育期間で学ぶことになっている。能力の弱い物はそれで良いが、異形としての能力が強いほど制御を学ぶ時間も多く必要であり、高等学校、大学とさらに学ぶことが多い。すると必然的に、能力制御の授業がない高校に来るのは、人間かとても能力の弱い異形ということになる。強い力を持った異形を恐れるものにとっては、貴重な学舎となっていた。
里吉芽衣子もまた、強い異形を避けるように幼稚舎から私立月葉学園に通っていた1人であった。内部進学テストに合格して、中学を卒業した芽衣子はただ高校進学を待つのみだった。そんな時、青天の霹靂となるような知らせがとどいたのだ。
[私立月葉学園合併のお知らせ]
[この度私立月葉学園高等部及び大学部は、私立翠聖学園と合併することとなりました。つきましては高等部及び大学部を私立月聖学園高等部、大学部と名称を新ため校舎も増築いたします。増築後の校舎については別紙をご参照ください。]
「……よりにもよって翠聖と合併だなんて!ど、ど、どうしよう〜!!」
「ちょっとパパ、落ち着いて。芽衣子、大丈夫よ。中卒だって立派に生きていけるわ。」
「ママも落ち着いてよ。」
私立翠聖高校とは、創立以来ずっと国内最高偏差値を誇り幼稚舎から大学院まである謂わばマンモス校だ。特に能力制御の授業に力を入れており、国内外から強い異形が集まってくる。当然生徒数も多く、合併が必要とは到底思えなかった。
「入学式はもう2週間後だし、入学金も払ってもらって制服も買ってもらったし……今更辞めますって言ってもお金は返ってこないよ。」
「お金なんていい!パパは、お前が無事ならそれで……!」
「それに、今からじゃ他の高校なんて行けないし……とりあえず美里と片桐くんにも連絡してみるね。」
混乱している両親を横目に見ながら、芽衣子は幼稚舎からの親友である鈴原美里と片桐康介とのメッセージグループを開く。そこではすでに、ふたりが学校の合併について混乱したようなメッセージを送りあっていた。そこに芽衣子が加わると、さらにメッセージのやり取りは加速していった。しかし、ふたりとも動揺はしているが入学をやめたり学校に抗議するつもりは無いようだった。
「……やっぱり、ふたりとも不安はあるけど入学はやめないって。」
そもそも、こんな急な合併に対して生徒や保護者からは批判が出そうなものだが、芽衣子とその両親も、美里と康介の家も、抗議しない……いや、できないのにはある理由がある。
「だよなぁ……。だって、最後にこの名前を出されちゃったらパパは怖くて文句なんて言えないよ〜!!」
お知らせの最後に書いてあったのは、6つの家の家紋。この国に住むものなら……いや、世界中のものが知っている6つの家。異形としての強さも、社会的地位の高さも、美しさも、資産総額も他とは比べ物にならないほど大きな種族……吸血鬼。
その中でも特に力を持つ6つの家の家紋が、こちらを威圧するように書かれていた。
……まるで、逃げることは許さないとでもいうように。