第99話 穏やかな冬の日々 17 教導者、本気を出す。
>そりゃあ勿論、実戦です。
その言葉と共に視界が闇に閉ざされる。
「……!?」
油断していたつもりは無かったが、こういう展開は想定外だ!
一瞬にしてパニックになりそうなったが、暗闇に包まれた時と同様に唐突に視界が開けた。
白い。
いつのまにか開けた部屋に移動していた。
目算で先ほどの部屋の数倍……100m四方ほどもある広い部屋だ。
色合いは先ほどとかわらず、白く距離感がつかみにくい。
部屋が広くなった……?
それはそれでおかしいが、受ける印象としてはそんな感じだ。
俺やメイリアさんに気取られないように移動させるより現実的だが、どんな方法を使ったのか見当もつかない。
メイリアさんの勘の鋭さは尋常じゃないぞ。
魔力は動いていないから、おそらく魔術的なものではないと思うのだが……。
いや、それよりもっと気にしなくてはいけない事がある!
慌てて辺りを見渡すが、メイリアさんもアルスナルの姿も見当たらない。
そこに最初から存在していなかったように、痕跡も残さず消えていた。
何処に行った?
いや、逆か。
俺は、どこに飛ばされた!?
>急に場所が変わって、さぞや驚かれたと思います。
アルスナルか!
耳元というか、直接耳に声が届き驚く。
「おい、これはどういうことだ! メイリアさんをどこにやった!?」
声がどこから聞こえてきているか分からないため、大声を張り上げる。
俺は騙されたのか?
気ばかり焦る。
クソっ! クソっ! クソっ!
姉さんを連れてきたのやはり間違いだった!
>ご心配なく、マドモアゼルはこちらにて保護させていただいております。
ほんのりと笑いを含んだ声が返ってくる。
全部アイツの掌の上って訳か……。
「何が保護だ、人質を取ったつもりか? 何が目的だっ!」
イラつきながらも、探査の魔術を四方に飛ばして二人の場所を探る。
反応は返ってこず空間が広がっているだけのようだ。
>フフフフ、無駄ですよー。
>その魔術では、決してこちらの場所など分かりません。
くそ、こっそり探査魔術を使っていることも把握されているか……。
参ったな、行動が全部筒抜けだ。
とぼけた奴だが、それも見せかけだけだったか。
>目的など決まっているではありませんか!
喜色に染まった声が聞こえる。
大仰に腕を広げている姿が目に浮かぶようだ。
>ムッシュに最高の武器を作って差し上げるためですよ!
うーん。
いやまぁ、そこはブレてないんだな。
自分は良いことをしている、という信念が感じられる。
狂人の信念だ。
「……それとこれとが、どう関係があるって言うんだ!」
>関係ありまくりですよ!
>やはり実際に動いてるところが見たいじゃないですか!
>舐めるように観察させていただきますよ!
>あぁ! 興奮のあまりひび割れそう!
興奮が抑えきれない主張が耳元に流し込まれる。
この話が通じない感じ、やはり狂人であったか。
>先ほどのお話したやり取りや、表層記憶を読み取らせてもらった内容を鑑みるに、ムッシュは普通にやっていると本気が出せないようです。
>追い込まれるまで真剣になれないというか……手を抜いて済ませようとする癖があります。
「……っ!」
どいつもこいつも、断りもなく人の記憶を覗いてきやがるなっ。
そんなに面白いか、俺の過去!?
ただ、言っていることはなんとなく分かる。
本当に自分や仲間の危機が訪れなければ、スイッチが入らない所がある。
生来の性格なのかわからないが、そう言う一面があるのは否定できない。
>ですので、ムッシュが本気になれるように準備をさせていただいた次第です。
>ワタシが作ろうとしているのは、完全にムッシュ専用の武器です。
>ムッシュが十全に使いこなせ、ムッシュの能力を十全に生かせるようなそんな武器を!
どこか陶酔したような声色。
……テンションがおかしくなった知り合いに似ている。
アイツも同じようなことを言って、祠に封じられた悪魔を解き放ったからな!
これだから狂人は困る、良かれと思ってやらかす事が全方位に迷惑をかけるんだ!
>……ふむ、マドモアゼルを人質に取ったくらいじゃだめですか。
>まだどこか余裕が感じられますね。
どこからか俺を見ているのか、どこか見透かしたようなそんな声が聞こえる。
冷静な観察者の声だ。
>それならこういうのはどうでしょう?
アルスナルの声と共に、何か棒状の物がボトリと目の前に落ちる。
同時に赤い液体が散らばる。
……?
なんだ?
何かが分かった瞬間、思考が停止した。
それは見た事ある形をしていた。
しなやかな、美しい形。
腕だ。
メイリアさんの、右腕だ。
「貴様ァァアァァァァァアァァァァァァアァァァアァっ!」
全身から黒い魔力が吹き出す!
一刻も早く、彼女を救い出す!
遊んでなんか、いられない。
魔力を練り上げて現実改変能力を使おうとしたとき、その腕がふっと消えた。
血の跡も残っていない。
まるで幻のように消えた。
「…………ッ!?」
目まぐるしく変わる状況に、思考が空転する。
>今のは幻です。
>大丈夫です、マドモアゼルの腕は取れてなんていませんよ。
「信じられるかッ! 御託は良いから、メイリアさんを返せッ!」
内心ほっとしながらも叫ぶ。
万が一、怪我をしていたら……!
>おやおや、嫌われてしまいましたか?
>先ほどのはフェイクでしたが、マドモアゼルの腕を捥ぐくらいはワタシにとって朝飯前なのです。
どこかからかう様な口調のアルスナルの声が聞こえる。
……空間そのものから聞こえている気がする。
姿を消している、とかそういう訳でもなさそうだ。
>では、本気になるスイッチが無事入ったようですし、データ取りを始めましょうか。
感情もないフラットな声が聞こえる。
どうやらこちらの要望に応える気はないらしい。
くそ、こいつの言う通りにするしかないのか……!
>ルールは簡単です。
>これから原生生物……あなた方のいう所の魔物を呼び出します。
>それをできるだけ速やかに撃破してください。
人前での魔物退治、か。
金持ちの余興で似たような事をやったことがある。
あの時はやってるふりをして、裏側に忍び込んだジーク達に捕らえられた魔物を開放させて混乱させて逃げたんだっけか。
>そうですね、データ取りとして5戦程度やっていただきましょうかね。
>出来るだけ得意な方法で戦ってくださいね。
>限界までやればやる程、出来上がる武器の精度が上がると考えてください。
……一応、マジで武器を作る気はあるようだ。
ならば奴を信じて本気で取り組むしかあるまい。
>あぁ、もし不甲斐ない戦いだったら、その度にマドモアゼルの手足を捥ぐ事にしましょう!
>もちろん冗談ですよ、冗談!
ふざけてやがる。
この軽薄な態度も演技なんだろうが、イラつくもんはイラつくのだ。
唾をペッと吐き捨てて棍を取り出し、静かに構える。
とりあえず様子見でリーチのあるコイツでいく。
>フフフフフフフフフ、やる気になっていただけたようですね!
>やはりムッシュは他人の事になるとやる気が出るようです。
>ワタシの見立ては間違っていなかった!
余計なお世話だ。
>では、始めましょう!
アルスナルの声と共に、15mほど先に音もなく何かが産まれる。
……ゴブリンが数体、か?
なんかちょっとデカいのもいるが、しょせんゴブリンはゴブリンだ。
ギャギャギャ!とやかましく鳴き始めた。
>その辺をよくうろついているゴミのような原生生物です!
>では、開始!
開始の宣言がなされた瞬間、ノーモーションで鉄針を投じる!
「貫通」の魔術が付与されたそれは全てのゴブリンの眼窩に突き刺さり脳髄まで到達し、命を奪う事に成功した。
動き出す前に、殺す。
何もさせずに、殺す。
殺意を、高める。
>開始2秒ですか……やりますねえ!
>キングも混ぜてたんですけど、鎧袖一触というやつですね!
喜色を含んだ声が響く。
「早く次をだせ、アルスナル!!」
魔力を練り上げ、声を張り上げる。
できればメイリアさんの無事を確認したいところだが、それも叶わないだろう。
それなら俺にできる事はただ一つ。
一刻も早く、このふざけた茶番を終わらせる!
>très bien!やる気があって、大変結構!
>先ほどとは別人のようですよ!
>1戦目は弱すぎましたね、次は少し強めのを出しましょう。
あと4戦! すぐに終わらせてやるッ!
その言葉と共に現れた一つ目の鬼───サイクロプスに向かって、俺は駆け出した。
戦闘:鉄針投げただけ。
戦闘かな?
ヴァイスくんは色んなスキルが使えますが、他職のように並行使用ができません。
だから事前に武器にスキル付与する必要があったんですね。
これで3秒の短縮です。(TAS)