第98話 穏やかな冬の日々 16 孫娘、真実を知る。
>さてさて!
>招待状を持っているならば!
アルスナルとかいう変な奴が、大仰な動きをしながら嬉しそうに能書きを垂れている。
ヴァイスとあれやこれやとヤヤコシイ事を話していたが、一段落したらしい。
そういえば小さい頃に、じじぃからあんな人形貰ったことがあるなァ……即日破壊したけど。
……まぁ、アタシのパワーに耐えられないおもちゃを持ってくるじじぃが悪い。
……帰ったら少しだけ優しくしてやるとしよう。
やれやれ、後は武器を受け取って帰るだけだな。
意外とすんなりいってよかった。
ヴァイスの奴はアルスナルに対してやたらピリピリしていたが、アタシの勘だとコイツはアタシ達に対して悪意は持っていないように感じる。
初対面の相手を全面的に信じる気も無いが。
ヴァイスの奴、心配性なところは変わらないなあ。
もしかしてアタシを連れてるから、安全マージンを多めに取る為なのかな。
そうだといいな、下心も無く大切にされるっていうのは嬉しいものだ。
そんなことを考えつつ、ほけーっと隣のヴァイスの横顔を眺める。
……緊張している顔もいいな。
>それが、我らの大敵である魔王であろうとも!
>最高の武器をご用意致しましょう!
……ん?
今、コイツ変な事言わなかった?
《《魔王》》?
その言葉を聞いた瞬間、ヴァイスの心拍数が跳ね上がったのが分かった。
近くにいると聞こえるから、相手が動揺してたらすぐ分かるのだ。
??????……………………!
コイツ、まさか。
「ヴァイス」
意図せず低い声が出る。
「……はい、なんですか姉さん」
少し声が震えている。
疑惑が確信へと変わる。
「手前ェ、アタシに秘密にしてる事ねぇか?」
「…………」
こちらに視線を合わせず、ダラダラと脂汗を搔いている。
魔王っつーとあれだ、人様に迷惑ばっかり掛ける害虫だろ。
一旦湧くと付近の環境を変えるクソ迷惑な生き物。
何度か町の近くに沸いて大騒ぎだったのを思い出す。
ヴァイスがそんな物に?
そんな馬鹿な。
「おぅ、こっち見らんかぃ!」
袖を引っ張るが、頑なにこっちを見ない。
この反応、間違いない。
こいつは嘘が付けない善良な男なのだ!
もしそうなら、人様に迷惑をかける前に躾けてやらねば!
きっちり矯正して、アタシが飼ってやらねばならぬ。
そうだ、それがいい。
瞬間的に煮え立った思考でそんなことを考える。
「えぇ……? あのですね、姉さん。あれから目を離すのはちょっと危な……──」
相変わらず動揺を全く隠せてないヴァイスを引っ張るが、頑強に抵抗しやがる。
「コッチヲミロォォォォォ!」
ドスを聞かせた声で命令する。
>あの……痴話喧嘩はあとでお願いします……。
申し訳なさそうに割り込んでくるアルスナル。
熱くなっているところに冷静な声で割り込まれ、ちょっと頭が冷える。
そうだった、今はこいつらが話しているんだった。
人の話を遮ってはいけませんって母上が言ってたな……。
反省。
>その様子だと、ムッシュは毛深いマドモアゼルにそのことを秘密にしていたのですね。
>申し訳ありません、思慮が足りませんでした。
そう言って頭を下げられてしまった。
……むう、アタシが怒っているのはこいつにではなくヴァイスなのだが、ここで謝罪を受け入れないのは筋が通らない気がする。
「わかった、手前ェらの会話に割り込んだのはアタシの方だ。こちらこそ悪かった」
アタシも詫びて頭を下げる。
そうだ、アタシはヴァイスに着いてきただけ。
いわばおまけだ。
彼らの会話を遮ってまで問い詰めるのは間違いだったのだ。
頭を下げ合うアタシ達を見て、ヴァイスはどこかホッとした様子を見せている。
とりあえず、コイツは後でシメる、半殺しだ。
そう心に決める。
「……!」
何かを感じ取ったのかブルリと震えるヴァイス。
首ィ洗って待っとけや。
後でぜェンぶ話してもらうぞ……?
それからは彼らが交渉するのをただ見るだけだった。
純粋にヴァイスが何に重点を置いて、どんな武器を求めているかに興味があったからだ。
ヴァイスとの模擬戦はアタシの全勝だが、多分ヴァイスの真骨頂は模擬戦では発揮されないと思うからあくまで参考程度にしかならない。
ヴァイスは模擬戦だと半ば指導になるからな。
自分より弱くても、色々教えてもらえることは沢山ある。
どんな戦い方もできる奴は仮想敵として最高だ。
ヴァイスを見ていて思う事は色々あるが、本気の殺し合いになったらアタシはコイツに勝てないと思う。
そんな確信がある。
何をしてくるか分からない相手って言うのは、それほど怖いのだ。
>それでは、話を戻しますね。
>ムッシュはどのような武器をお探しですか?
仕切り直してアルスナルがヴァイスに尋ねる。
そう言えば、ヴァイスの奴は今は何をメインに使ってるんだろう?
以前は弓を好んで使っているようだったが、手を握った感じ他の武器も使えるようだったし。
しっかりと鍛錬を積んだ良い手だった。
幾度も豆を潰し、少しずつ高みへ上った努力の手だ。
あの頃からの積み重ねが感じられて、ついうれしくなったもんだ。
あぁ、彼はまだ努力を続けているんだって。
「武芸一般一通り押さえているから、応用が利くものが欲しい」
>……ほう、正直ちょっと予想外ですね。
>まだ随分お若いように見えますが、それなりに経験を積んでいるということですか?
>あ、魔王でしたね。
>という事は、かなり長い間生きてたりするんですか?
ヴァイスはアタシより年下のはずだが。
さすがに年齢詐称までしていると思いたくない。
してたら殴る。
「見た目通りだよ、魔王になったのは最近でね。ちょっと前に便利な武器を失ってしまって、それの補填の意味が強いんだ」
だよな!
実は100歳とかじゃないよね!
あぁ、よかった。
>どんな武器を使っていたのですか?
「5mくらいある大剣」
コイツ、アホかな?
>ムッシュはアホなのですか?
アルスナルと心が一つになった。
5mて。
それを武器と言い張るのかこいつは。
「なんでだよ! 見た目で威圧出来て火力も出る良い武器だったんだぞ!」
むっとしたようで反論するヴァイス。
そもそもなんでそんなのを振り回していたのか。
>そんな武器……いや、武器と言っていいのかな?
>もしかしてそう言うゲテモノをお求めで……?
>あまりに変なものは勘弁してほしいんですけど……。
嫌そうなアルスナル。
一応好みというものも存在しているらしい。
「ゲテモノ言うなや! 気に入ってたんだぞ!?」
心外だといった風に抗議するヴァイス。
>まぁ、つまり求めているのは、はったりが効く事と火力という事ですか?
「それができるに越したことは無いが、応用が利く方がありがたいかな。殺すというより、制圧に向いた武器の方がいいかもしれない」
>……結構難しい注文ですね……。
>最初の注文がそういうものになるとは、このアルスナルの目をもっても見通せませんでした。
お前の目、ガラス玉やんけ。
「折角選んでもらえるんだ、要望は過不足なく伝えておきたいんだ」
ヴァイスが頭を掻きながら答える。
>ふむふむ……。
>そうなると特注になりますね。
>ワタシが作成する形にした方がよさそうです。
……こいつが作るのか。
どうやって作るんだろう、純粋に興味がある。
>では、その為に必要なデータを取るためにご協力お願いできますか?
アルスナルが何故かこちらを見ている気がする。
何でアタシを見る?
心のどこかが警鐘を鳴らす。
なんだ?
何が起きている?
ピピッ。
聞き慣れない音が微かに聞こえた。
何の音だ?
それに気づいていないヴァイスが質問する。
「もちろんだ、腕の長さとか身体のサイズを測るのか?」
>いえいえ、その程度はこの部屋に入った瞬間に計測済みでございます。
>ムッシュの基礎データはすべて把握しております。
「なら、何をすればいいんだ?」
その返事を聞き、アルスナルが嗤った気がした。
>そりゃあ勿論、《《実戦》》です。
その次の瞬間、アタシの首筋に冷たい何かが触れ、視界が闇に染まった。
次回、久々の戦闘シーンです。
本当に戦わない異世界ファンタジーだ……。