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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
幕間 穏やかな冬の日々
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第97話 穏やかな冬の日々 15 教導者、未知との対話。

 それは遠目に見ると、人であった。


 薄闇の中で見れば、人であろう。


 形は、人であった。


 それは人のように見える、決して人ではない何か。


 陶器のような光沢を持つ肌、光を反射する艶のある瞳、見たことないデザインで作られたきらびやかな服。


 異形の存在がそこにあった。


 

 なんだこりゃ。


 ……とりあえず、今すぐ理解することを諦める。

 それは今必要なことではない。

 そしてすぐに答えが出るものでもない。


 ならば、得られた情報の方から精査すべきだ。

 


「アルスナル……?」

 唯一得られた情報である名前を口に出す。


 不思議な響きだ。

 一体それは何を意味する言葉なのだろうか?



 >ええ、ムッシュ。

 >ワタシの名前はアルスナルです。

 >まぁ、『武器庫』などという無粋な名前で呼ぶものもおりますけれど、ワタシのことは是非アルスナルとお呼びください。


 キキッ


 何かが擦れる音と共に、綺麗なカーテーシーを見せるアルスナル。



 とりあえず意思の疎通が可能で、会話ができるのは朗報だ。

 

 分かり合えるかどうかは、置いておいて。

 人間同士でも分かり合えないのに、人間以外と分かり合えるなんていう甘えた考えはするべきではない。



「うぐ……ぅ……」

 後ろでメイリアさんが呻く声が聞こえる。


 すぐにでも手当をしたいが、ヤツから目を離す事は躊躇われる為、申し訳ないが声のみでの安否確認を行う。


「怪我はないですか、姉さん。 一応守ったつもりではありますが」

 強めの障壁で固めたが、衝撃自体は殺せなかったため少し心配だ。


 骨でも折れていようものなら、モストル爺さんに同じ箇所の骨を折られるだろう。


「大丈夫だ、アタシは頑丈だからな……心配すんな。ケガなんかしてねぇ」

 彼女はそう言って立ち上がって隣に立ち、俺の背中をポンポンと叩く。

 動くことに支障はないか。


 よかった。


 俺にとってこの人は守るべき人だ。


 例え模擬戦で一度も勝ったことがなくとも、だ。

 この人マジで強いんだよ。


「……守ってくれてありがとな」

 少し照れたような小さな声で付け加えられる。

 多分尻尾も動いてるだろうなあ。

 あ、ばっさばっさ聞こえる。



 >んもー、まーたイチャイチャしてる。

 >ははーん……さてはあれですか、あなた方は恋人同士なのですか?

 >それなら納得です。

 >ヒトはどこでもそういう所は変わらないのですね。


 キキッ


 アルスナルが首を傾げ、《《擦れ合った部分が音を立てる》》。




 あぁ、今ので分かった。




 彼、もしくは彼女は、《《人形》》だ。


 人の形を模した、精巧な人形だ。


 決して人ではないが、人を模したモノだった。



 アリスを初めて見た時、俺は彼女を人形のように整った美貌と評したが、やはり人形そのものとは違う。

 コイツは作られた美しさとでもいうべきだろうか?


 確かに美しく整っている。


 だが、同時にひどく不気味であった。


 なにより表情が一切動かないため、作り物感を際立たせている。

 人に似ている分、より一層不気味な印象を受けるのは皮肉だろう。



 だけど見ている限り、アルスナルに感情がないわけでもなさそうなんだよな。

 あり方としてはゴーレムに近そうだが、ただのゴーレムというには人間臭すぎる。


 そんなことを頭の片隅でつらつら考えつつ、観察を続ける。


 情報だ、情報が足らない。

 彼を知り己を知れば百戦殆からず、だ。



 >おやおやおや、ワタシの美貌に見惚れているのですか?

 >nonnon! いくらワタシが美しいとはいえ、恋人の前でそれはいただけませんよ、ムッシュ。


 警戒を解かない俺達を見て、アルスナルは大仰に腕を広げてそんなことを宣う。

 奇妙な風体の割に、意外とフランクな性格をしているようだ。

 同じようなことを言う変人の知り合いがいるが、たぶんこいつも変な奴だ。


 言葉は問題なく通じるし、今すぐに襲い掛かってくるような好戦的な性格でもなさそうだ。

 決して油断はできないが、言葉を交わし意思の疎通は図るべきだろう。


 ここに無理やり連れ込まれた経緯を考えると、決して気を許していい相手ではない事は明らかであるため、何が起きても対処できるような心構えだけはしておく。

 でもこういう時は、大体予想の右斜め上を行かれるんだよね、俺。


「……恋人だってよ?」

 嬉しそうに小さな声でこそこそ囁いて、肘で突いてくるメイリアさん。


 気になるのそこかよ。


 あのモストル爺さんの孫だけあって、肝が太い。

 まぁ、怯えて縮こまるより100倍マシか。

 でも、もうちょっと緊張感持とうね!



 >さてさて!

 >久方ぶりのおしゃべりが楽しくて仕方がありませんが、お仕事のお話をしましょうか。


 コォン……


 アルスナルが手を叩き、話を始める。

 ……音の響きからするに、素材は硬質の陶器に近い、か?

 中身は空洞のような響き方だが、空洞だったらどういう原理で動いているのかさっぱりだ。


「アイツからは何の匂いもせんし、さっき聞こえてきた声も多分アイツで間違いない思う」

 ひそひそとまた囁いてくる。


 >あぁ、さっきのもワタシで間違いないですよ!

 >臆病で疑い深いヒト達ですねえ。


 うーん、会話筒抜けじゃねーか。

「……用心深いと言ってくれ」



 >そこは言い方というやつですね!

 >短所は長所! いいですね、ワタシその考え方好きですよ!


 >まぁ、あなた方が警戒するのも仕方ない部分はありますが、《《招待状》》をもって来られた方々ですから大丈夫ですよ。


「招待状……? この鍵のことか?」

 メイリアさんがゴソゴソと懐を漁り、鍵を取り出す。


 確かに思い当たるの物と言えば、妲己から渡された鍵くらいしかない。


 >ええそうです、それですよ毛深いマドモアゼル!

 >招かれざる客ならともかく、あなた方は正規に招かれたお客様ですからね。

 >ご安心を。


 大げさなゼスチャーで歓迎の意を示すアルスナル。

 嘘ではないようだ。


「毛深い……」

 なんか凹んでるメイリアさん。

 フワフワの毛並みで俺は好きですよ。



 しかし、こうなるといよいよあの狐が何者か分からなくなるな。

 なんでそんなもん持ってるんだよ。


 それに、ここの事を知っていたアリスも。


 何もかも分からないことだらけだ。


 ……だが、疑うまい。

 必要だからこそ秘密にしているのだろう。


 彼女たちは、俺の友であり家族だ。

 俺は彼女たちを信じる。


 それが俺の信義だ。




 >さて、話が逸れまくりましたがお仕事です。

 >お二方は、ここに武器をお求めにいらした。

 >それで間違いございませんね?


 アルスナルが問うてくる。

 そうだった、それが目的だった。

 こいつのインパクトが大きすぎて忘れてた。


「アタシは付き添いだ。こっちのヴァイスが武器が欲しいらしい」

 立ち直ったらしいメイリアさんが、俺をずいと前に押し出て答える。


 壁にしてるわけじゃないよね?


 >très bien! 承知いたしました!

 >どのような武器をお求めで?

 >どんな用途で?

 >どのような戦闘スタイルでしょうか?


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


 >いやあ、腕が鳴りますなあ!

 >何せ、《《初めてのお客様です》》!


 キキキッ!


 関節の擦れ合う音を立てて、興奮した様子を見せるアルスナル。


「「は?」」

 俺とメイリアさんの声がハモる。


 今こいつなんつった?


 初めての客?


 >ええ、記念すべきお客様第一号です!


 >全力でやらせていただきますとも!

 >あぁ、心躍ります!


 どうやら喜んでいるらしい。

 そわそわと落ち着かない様子で、まるで新しいおもちゃを前にした子供のようだ。


「……今まで誰もこんかったんか?」

 訝し気にメイリアさんが尋ねる。


 考えてみたら、そもそもこの場所は立ち入り禁止だしな。

 鍵もいるし、少なくとも繁盛するような立地でもないのは間違いない。

 アクセスビリティは間違いなくカスである。


 >ええ、無理矢理侵入しようとしてくるゴミはおりましたが、あれはお客様とは言えませんからね。


 急に怖いことを言い出した。


「……そのゴミはどうなったんだ?」

 正直想像はつくけど。


 >ゴミはゴミ箱に。

 >そうでしょう?


 冷たさすら感じる返事が返ってきた。



 うん分かってた。

 そうだよね。


 てか、やっぱり無理矢理入ろうとした奴いるのな……。

 まぁ、普段から人が立ち入る場所じゃないし、忍び込もうとすれば可能か。

 俺もそうしようと思ってたし。


 もし妲己から招待状を貰っていなければ、きっと俺は無理矢理ここに……。


 嫌な想像が頭に浮かぶ。

 いや、考えても仕方がないな……。

 考えないようにしよう。

 うん。



 そんな俺を他所に、アルスナルは両腕を広げて感極まったように叫ぶ。



 >さてさて!

 >招待状を持っているならば!



 >《《それが、我らの大敵である魔王であろうとも》》!


 >最高の武器をご用意致しましょう!


・アルスナル(武器庫)

人間サイズのビスクドールのような何か。

硬質の白い陶器のような肌を持ち、ガラスでできた瞳を持つ。

球体関節人形で、スムーズな動きが可能。

動くと音が出るのは、わざとそうしている。

それが彼もしくは彼女にとって「粋」だと感じているからだ。

服装はレースをふんだんに使ったドレス。

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