第96話 穏やかな冬の日々 14 教導者、未知との遭遇。
「……ここが『武器庫』か……」
ランタンの光に照らされた建物を、まじまじと観察する。
事前に聞いてはいたが、今まで目にしたことがある建物とは一線を画していた。
以前調査に入ったクランベル領の遺跡とは、また趣が違う感じだな。
古代魔法文明のものとも明らかに違い、その異質さは言葉では表しにくい。
タイルが貼ってあるわけでもなく、つるつるとした質感ののっぺりとした飾り気のない、無機質な建物だ。
これが『武器庫』ねぇ……。
レイクサイド家にもその名は伝わっていなかった。
……なんでそんなことを知っているのか、アリスと妲己に聞くのは野暮ってもんなんだろうな。
彼女たちの言葉が間違っていないのならば、おそらく中には武器が蓄えられているのだろう。
ただ、外側から受ける印象からするに……「武器」の概念が違う可能性があるな。
「さて、このまま見ていても仕方がないな。レイクサイド家の調査でも内部に入ることはできていないんだよな?」
メイリアさんに向けて尋ねる。
「そうだな、正直何も分かってねぇに等しい。壁に穴ぁあけて突入しようという意見もあったようだが、何が出てくるか分からんという事で却下されているってぇ事だ」
戦槌で肩をトントンと叩きながら答えてくれる。
……妥当な判断だな。
放置しても問題が発生しないのなら、そのまま眠らせておくのが一番だ。
触らぬ神に、祟り無し。
でも、たまにアグレッシブに触ってくる神もいるんだよなぁ。
「そうは言っても、俺たちの目的は中に入る事だから、そういう訳にもいかんのだがな」
とりあえず建物に近づいて観察する。
周囲は闇に包まれており、そのなかに白い建物がぼんやりと浮かび上がっている。
……マジで継ぎ目一つないな。
材質はなんなんだ?
そっと触ってみるが、ひんやりとした硬質な感触が帰ってくるだけだ。
……手がかりは、妲己が持ってきた「鍵」か。
鍵って事は、どこかに差し込む場所でもあるのか?
「姉さん、鍵の差し込めそうな場所はあるかな?」
「んー、見当たんねェな……特に違和感を感じる場所もねぇな」
やはりメイリアさんも物珍しいらしく、きょろきょろしながら近寄ってくる。
勘のいい彼女でもダメか。
ふと、思い付く。
「……鍵、ちょっと出してみてくれない?」
以前目にした書物で、気になる記述があったことを思い出したのだ。
鍵にもいろいろな種類がある。
差し込んで使うものが一番オーソドックスだが、持っていること自体が鍵の効果を持つものもあるらしい。
「これか?」
メイリアさんが、懐から妲己に渡された「鍵」を取り出す。
キン。
その瞬間、目の前の壁に人が一人通れるほどの穴が開いた。
「「…………………………」」
思わず二人で顔を見合わせる。
うーん、予想外だ。
どこかに入口があるのではなく、鍵があったらそこが入口になるってことか。
そっと入口を覗き込むが、奥は真っ暗でどうなっているかが全く見通せない。
中からは何も聞こえない。
入っても大丈夫なのか、これ?
普段だったらあらゆる手段で、安全を確かめてから進むんだけど……。
「入口が空いたってェことは、入れって事だろ。行くぞ、ついてこい!」
「ストップ、ストップ! 俺が先に入って危険がないか確かめるから! 女の子にそんな危ない事させられないよ!」
やたら男らしくズンズン入ろうとするメイリアさんを、慌てて押しとどめる。
これでメイリアさんが危ない目に遭ったら、モストル爺さんに合わせる顔がない。
障壁を張れば、不意打ちの一撃くらいは何とかできるだろう。
これでも一応、魔王だからな。
「ンむ……わかった、任せる」
女の子扱いされて嬉しかったらしく、尻尾がゆるゆると動いている。
チョロい!
チョロ過ぎる!
よくそれで今まで独身でしたね……。
「……手前ェ、なんかシツレーなこと考えてやがんな?」
半眼で睨みつけられる。
「いいえ、可愛いなって思っただけですよ」
つい反射的に、そんなことを言ってしまう。
「……口説いてやがんのか?」
メイリアさんが、ちょっと赤くなりながら小さく呟く。
んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?
やらかしたか!?
つい、マルティナとかアンナにするノリでやっちゃった!
その時、急に声がした。
>あの、いちゃいちゃしてないで早く入ってください。
>湿気が酷くて、このままだとカビが生えちゃいます。
一瞬で入口から距離を取り、二人とも臨戦態勢を取る。
メイリアさんの獲物は魔銀で作られた戦槌だ。
とにかく頑丈に作られた上等な品である。
対して俺は、最近作り直した鉄針だ。
貫通力を高める付与魔術を掛けてある。
俺が牽制して、メイリアさんがでかいのをぶちかますという戦闘スタイルだ。
>あ、そういうのはいいんで。
>危害なんて加えませんし、加える事なんてできませんよー。
声なのだが、抑揚のつき方がおかしくて何処となく違和感を感じる。
>久しぶりのお客様ですから歓迎しますよ。
>お茶もお茶菓子もありませんけどね!
「「…………………………」」
思わず二人で顔を見合わせる。
変な声ではあるが、悪意は感じない。
「ヴァイス、声の響き方がかなりおかしいぞ。生き物が出す音のようには聞こえない」
…………生き物じゃない、か。
意思の疎通ができるゴーレムがいると聞いたことがあるが、その類か?
>あれ? 言葉分かりますよね?
>これで通じてなかったらワタシ、馬鹿みたいなんですけど。
少し困惑したような声が聞こえる。
感情がある、か。
「……聞こえているし、理解できる」
とりあえず応えてみる。
>あぁ! よかったです!
>危害は加えません、遠慮なくお入りください!
どことなく弾んだ声が聞こえる。
う、うーん。
何時までもここに突っ立っているわけにもいかんのは間違いない。
しかし、怪しい。
怪しすぎる。
俺一人で行くべきだろうか?
懊悩する。
「手前ェは、何だ?」
悩んでいる俺を他所に、メイリアさんが緊張した声で尋ねる。
>ふふ、そんなに緊張しなくてもいいですよ。
>でも、ワタシの《《我慢もそろそろ限界》》です。
ぞわッ。
何故だか急に全身の毛が逆立つ。
「ヴァイス、気を付けろッ!」
メイリアさんも何かを感じ取ったように叫ぶ。
ゴウッ!
何の前触れもなく、風が巻き起こる!
いや、違う!
あの入り口が、俺達を吸い込もうとしているんだ!
抵抗できない程の風が巻き起こり、二人して体勢を崩してしまう。
「ぬあッ!?」
「うおッ!」
とりあえずメイリアさんを力一杯引き寄せ、抱きとめる。
そしてそのままの体勢で障壁を張り、入口に吸い込まれる。
ええい、虎穴に入らずんば虎子を得ず!
例え罠でも、食い破ってやるよ!
多少やけくそになりながら、飛ぶ。
ガン! ガン! ガン!
あちこちぶつけながら、吸い込まれていく。
がァん!
数秒の間、浮遊感を感じてそのままの勢いで壁に叩きつけられる!
「ぐぅッ!」
「くっ!」
障壁が貼ってあるから大丈夫だったものの、生身だったら大けがしてたぞ、これ!
舌打ちしながら跳ね起き、メイリアさんを背後に庇うようにしながら顔を上げる。
そこは、そこそこの広さを持つ白い部屋だった。
材質は外の壁のように継ぎ目一つない。
以前に俺が作り出した空間に、どことなく似ている。
そして、そいつは……それは、そこにいた。
>ようこそお二方。
>ワタシは『アルスナル』と申します。
そう言って、嗤った。
そういや異世界ファンタジーでしたね、この話。