第91話 穏やかな冬の日々 9 教導者、拷問を受ける。
ぶるり。
身体が震えた。
あ、あれ……? 急に寒くなったぞ……?
暖炉の火が消えたかな?と思い顔を向けるが、ぱちぱちと音を立てて暖かな光を振り撒いていた。
一体何が……?
「ヴァイス」
地の底から響くような声。
ゾクリ。
メイリアさんに顔を向ける。
彼女はいつの間にか足を組んでおり、冷たい瞳でこちらを見ている。
「そこに正座」
顎をクイと床に向けて言った。
「はやく」
俺は口答えすることなく、椅子から立ち上がり静かに正座で座った。
今までこういう空気は幾度となく経験してきたが、従わなかったら大体酷い目に遭う。
俺は詳しいんだ……。
なお、従っても酷い目に遭う模様。
でも、正座は慣れてるからな!
何時間やっても耐えられるぜ!
伊達にチトセと正座時間を競っていない。
「ちょっと待っとけ」
そう言ってふいっと席を外すメイリアさん。
パチ……パチ……
暖炉の薪が立てる音を聞きながら、ぼんやりと考える。
……一体、何が悪かったんだ……?
(こやつ……本気か……!)
幻聴まで聞こえる始末だ。
「待たせたな」
そう言って戻ってきたメイリアさんの手には、なんかでっかい石の板が載っていた。
なんだあれ。
「これはね、石抱きという《《拷問》》に使う石だよ☆」
そう言って、とても綺麗な微笑みを浮かべた。
「ごう……もん?」
「そう、拷問」
にこっ。
「よいしょ」
ズシン!
「ああああああああああああああああああああああ!?」
微笑みと共に、正座している膝の上に載せられる。
ふ、普通に辛いッ!
「本当は棘の生えた板の上でやるんだが、アタシは優しいからこれで勘弁してやる」
優しいとは……?
俺の中の優しさの定義が覆りそうだぜ……!
でも口を開くと、もっとひどい目に遭いそうだったので、静かに耐える。
「よいしょ」
ズシン!
石の上に乗っかるメイリアさん。
「ああああああああああああああああああああああ!?」
メイリアさん、ちっちゃいけど筋肉質で結構重いんだよッ!
「その顔はぁ、なんかシツレーなこと考えてる顔だねェ?」
そのかわいらしい顔を、俺の顔ギリギリまで近づけて小首を傾げて笑うメイリアさん。
もちろん目は笑っていないし、尻尾も動いていない。
ひい。
「じゃあ質問する」
メイリアさんは石の上で胡坐をかき、頬杖をついて宣言した。
普通に質問してください……。
ちゃんと答えられることは答えるよ?
「嫁ってェのは、あれか。夫婦のか」
他にあるの?
「た、多分それです」
脂汗をだらだらとたらしながら答える。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅゥん?」
面白くなさそうに唸る。
顔は笑っているが、目は全く笑っていない。
どう答えるのが正解なのか……!?
そもそも正解はない気がするが!
「相手はアレか、お前が以前言ってやがった幼馴染てェ奴か?」
……話したっけ?
その辺の記憶は朧気だ。
「い、いや……あいつじゃないよ……」
そう答えながらちょっと凹む。
別に今となっては未練もないが、凹むもんは凹む。
あの頃はそうなると固く信じてたからなァ……。
そういう意味では、俺の描いていた未来予想図は何一つ当たっていない。
方向音痴もいい所だ。
「あァ、やっぱりそうかァ。ふん、予想どーりだ面白くねェ」
俺の返事を聞いて、鼻を鳴らしてそう言う。
「えっ?」
その返事に痛みを一瞬忘れる。
予想通り?
俺の驚いた顔が可笑しかったらしく、ニィと笑い続ける。
「アタシは遅かれ早かれ、アンタらは破綻するってェ思ってたサ」
そう言ってカラカラ笑う。
皆に言われるなァ……。
そんなに駄目だった?
「アンタらの行動原理が違い過ぎたからねェ……まァ、そいつについては別にいいんだ」
行動原理ねえ……。
「次の質問だ。嫁さんたぁ、どこで知り合ったんでェ?」
「あー、説明するとなると、ちょっと長くなるんだけど……」
「構わん、全部説明せぇ」
いや、石が重くて辛いんだけど……。
すこしどかしてくれない?
だめ?
「だめ」
はい……。
諦めて説明する。
と言っても全部説明する訳にもいかず、ところどころぼやかした形になるが。
流石に魔王になっちゃったよ、とか話す訳にもいかないからな。
「まとめると、じじぃに頼まれた仕事で命に関わるケガをして、その治療をしてくれた恩人ってェことか?」
「うん、大体そんな感じ」
間違ってはいないはず。
「……まァ、山一つ吹っ飛んだらしいからなァ……ケガで済んだのは運が良かったと思うべき、かァ……」
メイリアさんが空中に視線を向けて、そう小さく漏らす。
「あ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
手を挙げて発言の許可を求める。
「なんでェ?」
「近くにあった村、どうなったか知ってる?」
正直な話、あんなろくでもない村滅んでても何も思わないが、一応聞いておく。
一応な。
「あァ、あの村は死人こそ出なかったが、地形が変わりすぎてやっていけないってェ事になって離散したらしいぞ」
「……ふぅん」
「なんだ、嬉しそうだなァ?」
「いや? 別に?」
「そうかそうか」
何が可笑しいのか、ニヤニヤ笑う。
……そうか、死人は出なかったか。
生きてりゃいいことあるさ。
「まァ、村の事は別にいいんだ。その嫁さんとやら、手前ェの命の恩人ならアタシにとっても恩人だァ。それなら、無下にもできんわナ……」
そう言ってきまりが悪そうに頭をバリバリと掻く。
「彼女が居なかったら、俺が死んでたのは間違いないよ」
命の、恩人だ。
「はァーッ……そうかァ……」
そう深くため息をついて、天を仰ぐ。
俺の位置からは、彼女がどんな表情をしているか分からない。
「手前ェが、世話になった人間の恩を忘れるわけがねェもんなァ……」
そう、ポツリと呟いた。
「なら、しゃーねェーかァー……」
溜息と共に絞り出された言葉は、様々な想いを感じさせるものだった。
俺は、何も答える事が出来なかった。
応える資格がないのだろう。
おそらく、きっと。
しばしの沈黙の後、ふと思いついたように彼女が呟く。
「つまり、じじぃが手前ェに仕事頼まなきゃ、そうはならんかったってェことだな?」
「……まぁ、そうなるね」
「……ふゥん」
ギチギチギチ!
メイリアさんの拳から音が鳴る。
あっ。(察し)
すまん、モストル爺さん。
許してほしい。
悪気はなかったんだ。
その後の幾つかの質問で、とりあえず聞きたい事は全部聞いたようで、膝の上から石をどけてくれるようだ。
拷問は終わりらしい。
酷い目にあった。
いや、自業自得なのかもしれないが。
「……アンタの事だ、嫁さん大事なんだろ?」
石を持ち上げながらメイリアさんが尋ねてくる。
「そりゃそうだよ」
トテモ、ダイジ!
「んじゃ、何で連れてこなかったンでェ? アタシも是非礼を言いてェんだが……」
不思議そうに言われる。
「あー、連れてこようと思ったんだけど、《《娘たち》》の世話が……────」
何気なしに膝をさすりながら答えようとする。
(おい、馬鹿やめろ)
幻聴が聞こえる。
そういうアドバイスは、もっと早く言って頂きたい。
「あ゛?」
ズシン!
「ああああああああああああああああああああああ!?」
石は再び膝に戻された。
3時間後、血が繋がってない娘という説明で納得してくれた。
メイリアの認識
助けてくれた子持ちの年増の未亡人に絆された。