表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
幕間 穏やかな冬の日々
90/183

第89話 穏やかな冬の日々 7 孫娘、走る。

 パチ……パチ……暖炉の薪が音を立てて燃えている。

 そろそろ冬の寒さも本格的になり、町の外はすっかり雪に覆われている。

 こうなると外からの人間もほとんど来なくなり、町の活気も控えめとなる。


 つまりは、暇だ。


 暖炉の前で、アタシ────メイリア・レイクサイドはボンヤリと暇つぶしに興じていた。



 はァ……。


 知らず知らずの内にため息が漏れる。


 ヴァイスの野郎、どこに行きやがったんだ……。

 じじぃはすぐ帰ってくるとか言ってやがったが、ちっとも帰ってこねぇじゃねぇか……。


 ギルドのボケどもは「可哀想ですが、あの状況だとおそらく……」とか言ってやがったが、アタシはあの野郎が、そう簡単にくたばるたぁ思わねぇ!


 ぜってぇ生きてやがるはずだ。


 あいつはアタシが認めた男だ。


 とぼけた顔してひょっこり戻ってくるにちげぇねェ!

 アタシやじじぃが信じなくて、誰が信じるってんだ。



 そう考え、自分の中の不安を塗りつぶす。

 震える指を、握りしめて誤魔化す。


 ごちゃごちゃ考えているせいで、趣味の手芸もあまり捗らない。

 元々指先は不器用なんで、集中しないといけないんだが……どーもこーも落ち着かない。


 妙に胸騒ぎがしやがる。



 クソッ、茶ァでも淹れるか……。


 そう考え立ち上がろうとしたとき、いきなりドアが叩かれた。



 ドンドンドンドンドン!




「お、お嬢ゥーッ! てぇへんだァッ!」




「なんでェ!? 討ち入りかッ!?」

 壁に立てかけておいた獲物ウォーハンマーを手に取り、臨戦態勢を取る。


「違うよ、お嬢! 来た! 来たんだよ!」


「おぅおぅおぅ! ちぃとも要領を得んぞ、ハッチッ! 簡潔に言わんかぃ!」

 声の主がじじぃの部下のハッチであることに気付き、警戒しながらもドアを開ける。


 随分と急いで走ってきたようで、汗まみれのハッチがそこにいた。

 小汚いから近寄らないで欲しい。

 アタシは匂いが強い奴はキライだ。


「それで、何が来たってンだ?」

 獲物ウォーハンマーをポンポンと肩に当てながら尋ねる。

 こいつの様子を見るに、ただ事じゃないようだ。


「ギルドに来たんだよッ! 女誑しがッ! 《《女誑しのヴァイスの野郎がッ》》!」



 アタシはその言葉を聞いた瞬間、獲物ウォーハンマーを投げ捨てて表に飛び出した。









 スカートを翻し、走る、走る、走る。







 吐く息が白く後ろに流れてゆく。

 

 町の人間が驚いたようにこちらを見ているが、無視だ。





 ケープをたなびかせて、走る、走る、走る。





 見慣れた景色が、後ろに流れていく。


 水の中を走っているかのように、身体が重く感じる。






 走る、走る、走る。


 寒いはずなのに、気にならない。






 あぁ。


 あァ!



 あぁぁぁぁぁ!



 ヴァイス……ヴァイス……ヴァイス!!!!



 黒髪黒目の異邦人よそもの

 ある日突然現れて、突然いなくなった男の子!





 どれだけたってもアタシの心に居座って、いなくならない女誑し!



 こっちの言葉も話せず、不安そうに笑っていたあの日の彼を憶えている。


 ものすごい速度で言葉を覚え、会話が出来るようになったあの日を憶えている。


 町で一緒に買い物をして、お祭りを楽しんで。






 《《突然いなくなった、彼の事をアタシは憶えている》》。


 忘れられるものか!


 あの笑顔を、忘れてなるものか!




 走る、走る、走る!




 急げ! 急げ!! 急げ!!!




 角を曲がると、見慣れた建物が目に入る。





 あぁ、見えた。


 見えた見えた見えた見えた!!


 じじぃの職場、冒険者ギルドが見えた!


 あそこに彼がいるという。


 会いたくて、会いたくて仕方がなかった彼が!


 《《ピンと立った自慢の耳》》に、建物内の喧騒が聞こえる。


 なんだか騒ぎになっているようだ。


 「神妙に御縄につけッ!」


 じじぃの声が聞こえる。




 なんだかギルドの入口から中を覗き込む野次馬が沢山いるが、無視だ無視!



「道を開けろッ! 邪魔だァ!」

 アタシの声を聞いて、慌てて道を開ける野次馬共。



 《《スンスンと鼻を鳴らすと》》、懐かしい匂いがする。



 あぁ、あぁ!


 間違いない!


 この優しい匂いは!




 喜びが胸を満たす。



 ギルドの扉を力一杯開く。



 バキンッ!


 少し立て付けが悪く、力がいるが気にしない。


 メリメリ……


 金具が悲鳴を上げ、へし折れたが気にしない。


 バァン!


 扉が吹っ飛ぶが、気にしない!














 アタシの目に、彼が映る。










「モストル爺さんっ!? 話を、話を聞いてくれッ!」

「大人しくお縄につけッ! オメェ、何で鳩尾殴ったのにピンピンしてやがンだ!? 今回逃がすとヤベェんだよォ!」



 あぁ。



 あぁ。




 視界が滲む。



 やっぱり、死んでなんていなかった!

 死ぬはずなかったんだ!




「……! あッ!? メイリアさん! モストル爺さんを止め……─────」

 他の人の視線からアタシに気付いたヴァイスが、ぱっと笑顔になってこちらに顔を向けた。








「隙ありァッ!」

 そして、じじぃに吹っ飛ばされた。



「げうッ!」



 宙を舞うヴァイス。




 アタシは吹っ飛ばされたヴァイスに飛びつき、抱きとめて着地する。


「おめぇ、来て早々になぁにやってんだよゥ!」

 ついついそんな言葉が出てしまう。


 違う! こんな悪態をつきたい訳じゃないのに!!


「いやぁ、モストル爺さんってば問答無用でして」


 そんなアタシの内心を他所に、はにかむヴァイス。


 アタシの腕の中に、確かにいる。


 最後にあった時より、身体つきががっちりしてる。

 すっかり大人の男になっちゃってまあ。


 嬉しくなって、思わず《《尻尾が揺れ動く》》。


 あぁ、何から話したらいいのか!

 いつ来たのか、何をしていたのか、どうしていたのか。


 あれもこれも聞きたい!


「メイリアさんもお元気そうで。すっかり大きく……なってないですね」

 抱きかかえられたまま、アタシの身体に目をやってそんなことを言う。


 シツレーなヤツ!

 頭に血が上る。


 でも、ウレシイ! ウレシイ! ウレシイ!

 尻尾が勝手にぶんぶんと動く。


 確かにアタシは、彼と初めて会った頃から身長は伸びていない。

 でも、それは種族的なもので、今は亡きオヤジから受け継いだ性質だ。


 アタシは人間の母上と獣人のオヤジのハーフ。

 オヤジが小柄な犬獣人だったから、その血を濃く受け継いだアタシも小柄なわけだ。

 目算でアタシの頭がヴァイスの腹ぐらいだから、前よりずっと身長差が大きくなってしまっている。


「でも、相変わらずしっかり手入れのされた尻尾は素敵ですよ」

 そう言って笑うヴァイス。


 大きくなっても、あの頃と変わらない柔らかな笑み。


 こ、このヤロー!


 嬉しくなってしまい、尻尾が再び勝手にぶんぶん動く。


 こ、こら! 止まれ!

 必死に尻尾を止めようとする。


 それを見て生暖かい笑みを浮かべるヴァイス。

 分かってて言ったなこいつッ!


 照れ隠しで力一杯ヴァイスを壁に向かってブン投げる。

「おらァッ!」


「おおっと!」

 ヴァイスはくるりくるりとよくわからない動きをして着地した。

 相変わらず変な動きをする奴ッ!


「ふう、お元気そうで安心しました」

 パンパンと身体の埃をはらいつつ、何事もなかったように挨拶してくる。


「……むう、色々言いたい事はあるけど!」


 ビシ!と指さす。


「とりあえず、よぅ帰ったなヴァイスッ!」


「ええ、帰ってきましたよ、メイリアさん」


「ちげェだろッ! オマエ、アタシの事はなンて呼ぶんだっけ!?」

 尻尾を振りながら、牙をむく。


 うー! かみつくぞっ!



 それ見て、ヴァイスはそうでしたねと笑って答えた。















「ただいま、《《姉さん》》」


犬耳ロリべらんめぇ美少女(年上)。

イメージとしては豆柴です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ