第88話 穏やかな冬の日々 6 教導者、急所を打たれる。
「甚だ遺憾である、訴訟も辞さない」
思わず訴訟をちらつかせると、行商人の女は慌てて頭を下げた。
「い、いや申し訳ない! でも冒険者ギルドの人探しの張り紙に、そう書いてあったもんで……」
ぺこぺこ頭を下げているところを見ると、嘘ではなさそうだ。
「……どういうことだ?」
探し人?
俺が?
ギルドの人探し依頼なんて、受ける人なんてほぼいない。
大体いなくなった時点で、死んでいることが多いからだ。
下手に死んでいる証拠なんて持っていこうものなら、依頼人から逆切れされかねない。
以前良かれと思って「これ、君のお父さんのだよ」って遺品持っていったら、包丁投げつけられた事がある。
解せぬ。
そういう意味でも割に合わない。
まぁ、その手の依頼は頭の片隅に置いておいて、どこかで見かけたら報告するという感じだ。
その割に掲示してると、ギルドはしっかりカネを取るからな。
尋ね人の張り紙掲示なんていくらカネがあっても足らないぞ。
誰がそんなことを……?
この町の親しい人なんて、モストル爺さんとメイリアさんくらいしか……───
────……メイリアさんかな。
心当たりあるじゃねぇか。
なんかそれで間違いない気がしてきた。
あの人ならやりかねない。
いや、やる。
祖父がギルド関係者だから、その辺の融通も利くだろうしな。
「結構前から出されてたはずだよ、女誑しと追加されたのは最近だったと思うけど」
「そうなのか……何があったんだ……」
「アタシが知りたいよ」
なんてどうでも良い情報なんだ……。
女誑しの一文が追加された理由は、祖父には挨拶したのに自分にはなかった事に対する当て付けか?
なんにせよ、早めに顔を出しておきたいところだ。
早く撤回しておきたい。
断じて女誑しではない。
不特定多数への風説の流布は、なんかの法律に引っかかるはずだ!
本当にやめて。
「まぁ、いい。いや、良くもないが。コホン、悪いが俺はこの町の冬用の入口を知らん。それを教える事と入場料をさっきの助けた手間賃にしといてやる」
一連の流れで、行商人の女に対する扱いがぞんざいになる。
「む。まぁ、助けてもらったのは確かだし……命の対価としては安いか」
懐から財布を出し、金を数えてため息を吐く女。
予想通りキュウキュウ言ってる零細行商人か。
だが、ここでタダでいいよとかやると、商人というやつはつけあがるからな。
何とかして俺を上手いこと使おうと考えるはずだ。(被害妄想)
そんなことになるくらいなら、ここで貸し借り無しにしておいたほうが良い。
「ま、そういう事だ。つーか、自衛の手段くらい用意しとけ、危ないとか分かっててやってるんだろ」
「え、えへへ……仕入れに全部使っちゃってェ……」
そう言ってへらへら笑う。
うーん、安全マージンを取らないダメな奴だなあ。
長生きできないタイプだ。
あとで忠告だけはしておこう。
「それで、入口はどっちだ?」
くるりと見渡すが、一面真っ白でよく分からない。
「あ、あの尖塔の下の方に向かったら分かるよ」
「あいよー」
そう言ってソリを引っ張る。
結構ガッツリ載せてやがるな、欲張ったせいで襲われたんじゃないか、こいつ。
シュルシュルと音を立てながら、ソリに行商人を乗っけて進む。
「あ、そういえば名前を名乗ってなかったね、アタシは……────」
「いらん、覚える気もない」
「ひどくない?」
「俺は女誑しじゃないからな、簡単に女の名前は聞かないんだ」
「根に持っておられる……」
門番と顔見知りだった行商人のおかげでボられることも無く、無事に町の中に入ることができた。
前来たときは怪しい奴扱いされて、かなりボられたからな……。
門を通り過ぎ、ようやく動けるようになった行商人に別れを告げる。
「じゃあな、次危ない目に遭っても助けられんから、ちゃんと自衛手段を準備しておくんだぞ」
あんまり踏み込むのも躊躇われるため、忠告をしながらソリの紐を手渡す。
「はいはい、分かったよ! 教師みたいなこと言うね、アンタ」
ため息交じりにそんなことをぼやかれる。
「まー、教師やってるからな。それじゃあ、息災でな」
「ふぅーん……街で見かけたら声くらい掛けてもいいよね?」
「それくらい構わんよ」
そう言ってヒラヒラと手を振る。
さらばだ、名も知らぬ行商人よ。
知り合いを作ると長期滞在する羽目になりそうだから、ごめんね。
次に目指すは、冒険者ギルドだ。
時間が時間の為、冒険者ギルドは人影はまばらでのんびりとした空気が流れている。
うん、ちょっと前に来たばっかりだから、全然変わってないな。
たった数か月前なのに、えれぇ昔の事のような気がする。
ほんっと色々あったな……。
あの頃の俺に教えてやりたい。
近いうちに嫁と娘ができるぞ、と。
ぜってー信じない。
チラチラとギルド職員達からの視線を感じながら、人探し依頼の掲示板に向かう。
なぜ見るんです?
えーっと、ヴァイス……ヴァイス……女誑し……あった。
「探し人:ヴァイス(女誑し) 黒髪黒目の若い男 中肉中背 弓を使う 気性は穏やか 見つけたら捕まえてカウンターまで。 担当:モストル・レイクサイド」
マジで出てる。
なんだよ、女誑しって。
野生動物の捕獲依頼みたいだぁ。
モストル爺さんの名前で出してあるが、字はメイリアさんの字だ。
括弧内は殴り書きしてある。
張り紙は色褪せていて、時間の経過を感じられる。
もしかして、初めていなくなった時からでてんのか?
挨拶も無しにいきなり居なくなったから、心配かけちゃったか。
悪いことしたな。
頭を掻きながらべりっと剥がして、カウンターまで持っていく。
微妙に緊張した表情の受付嬢に紙を差し出して、告げる。
「あのぉ……この紙に書かれてるヴァイスなんだけど……モストル爺さん呼んでくれる?」
どんな表情で頼めばいいか分からなかったので、半笑いで頼む。
尋ね人が自分で出てくることって、あんまりないよね……。
こんなとき、どんな顔したらいいか分からないの……。
受付嬢は、紙に書かれている内容と俺を何度かまじまじと見比べて、大きく息を吸い込んだ。
「ギルドマスター! 女誑しです! 女誑しが来ました!」
「ちょ、おま!? やめろよ! なんでそんな酷いこと言うの!?」
ガーンと衝撃を受けながら思わず叫ぶ。
事実無根である!
訴訟も辞さない!
法廷で会おう!
受付嬢の声で周りの職員が立ち上がり、俺を取り囲む!
え!? え!? な、何事だ!?
「囲め! 囲め! 逃がすなッ! あと誰かお嬢を呼んで来いッ!」
ざざざざッ!
サスマタを持った職員達が現れる!
俺は凶悪犯か何かか?
あまりの出来事に、反応が出来ない。
そのとき、建物の奥から地響きが聞こえた。
ズシン! ズシン! ズシン! ズシン!
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイスゥ! おめェ、どこにいっとったんじゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」
あ、モストル爺さんだ。
ギルドマスターだったのね。
知っている顔をみてホッとする。
思わず笑顔になって声を掛けようとしたところ、モストル爺さんはその巨体に似合わぬコンパクトでキレのある動きで俺の懐に潜り込んできた!
キュキュキュッ!
床を滑るようにモストル爺さんが、その身体を捻る!
「なッ!? なにご……────」
予想外の展開に、全く反応出来ない俺。
「確保ォォォォォォォォォ!」
ズドン!
裂帛の気合と共に、その拳が俺の鳩尾に突き刺さった!
「う゛ッ」
こいつトラブルしか招かねえな。