第87話 穏やかな冬の日々 5 教導者、誹謗中傷される。
スキル「儀形」過負荷
あの場所をもう一度
防寒着に着替えたあと、誰にも言わずに自室から直接リケハナへと飛ぶ。
もう予定を延ばすと何時まで経っても向かう事が出来ない気がしたので、翌日からしばらく出かける事を昨夜の夕食時にみんなに告知しておいた。
用事があるなら今のうちに言えと。
案の定、数件の相談事があり、解決できるものは夜のうちに解決しておいた。
最初からこうすれば良かったな。
それでも部屋の扉から出たら何かトラブルに巻き込まれそうな気がしたので、こういう解決法になった次第である。
まぁ、多分明後日くらいには帰れるだろうし。
フラグではない。
くらりと眩暈のようなものを感じて空間跳躍に成功し、目を開くとそこは真っ白だった。
予想してはいたものの、辺り一面が積もった雪で真っ白である。
とりあえず、町の入口の門を探さないといけない。
以前入った入口は、雪が積もらない季節用の門で、これだけ積もった場合だと完全に封鎖されているはずだ。
出入りは少ないが、この季節にもソリを使った物流があるから別の入口がある。
俺は使ったことがないが、以前滞在していた時にメイリアさんから教わっていたのだ。
知らなかったら途方に暮れていただろうなぁ。
キュキュッと踏みしめる雪から音が出る。
うーん、クランベル領に降る雪とは少し質が違うなあ。
サラサラしてるというか。
あっちは少し重い感じで、水分量が多い気がするな。
何が違うんだろうか。
こういうのを研究するのも、きっと楽しいんだろうな。
暇ができたら本腰入れて研究してもいいかもしれない。
しゃがみ込み、雪を手に取ってまじまじと観察してそんなことを考える。
その時、声が聞こえた。
「たすけてー!」
あぁ、またかぁ。
今回は何が何に襲われてるんだろ。
内心そう思いつつ、とりあえず声のした方向に走る。
なんかよくこういうのに巻き込まれるんだよ、俺。
声の主はすぐに見つかった。
この地方によくみられる、大きさ1mほどの白い鳥形の魔物「ホワイトデビル」数匹に襲われている。
声の主は、ソリに物資を乗せて運んでいる行商人のようだ。
荷物を隠すように白い布を被せているが、音か何かで奴らに存在がバレたのかな?
なんにせよ、運の悪い奴だ。
この時期は大量に運べない分、物資が高値で取引されるため、零細の行商人が自分の命をベットして流通を担っていると聞いていたが、おそらくその類だろう。
ギャア! ギャア! ギャア!
「ぎえええええええ! だ、だれかたすけてえええええええ!!!」
悲痛な声が辺りに響くが、助けが来る様子もない。
町の近くではあるがこの時期は警備隊も巡回していないだろうし、もし気付いていても町から助けが来る可能性は低いだろう。
ホワイトデビル達が執拗に行商人を襲う。
今はまだ元気だけど、放っておくと普通に死んじゃいそうだなぁ。
てか、危ないのは分かってただろうから、追い払う手段くらい準備しておけよ。
走りながらそんなことを思う。
まぁ、俺に向けてではないが助けを求められたのならば、助けよう。
それが容易い事ならば、猶更だ。
スキル「儀形」「鳥墜とし」
鞄から取り出した小型の弓を番えつつ、スキルを発動する。
「狩人」の基本スキル、飛行する相手に対する命中率を上げるスキルだ。
この程度の相手ならスキルも必要ないのだが、人助けだから確実を期すことにする。
「フッ!」
一息で3本の矢を放つ。
弓が一番慣れてるんだよな、そこまで上手い訳じゃないけどさ。
矢は吸い込まれるように3羽に突き刺さる!
「ギッ!?」「グゥッ!?」
3本中2本が胴体に当たる。
1本は頭を貫き、声を上げる間もなく絶命したようだ。
本職なら全部頭に当たったり、1本で2羽仕留めたりするからな……。
これ以上は才能が必要だ。
ギャア! ギャア!
仲間の死に驚き、残りの2羽は逃げてゆく。
逃がすか、馬鹿め。
モストル爺さんとメイリアさんへの手土産にしてくれるわ。
今夜は鶏鍋だ!
「フッ!」
スキルの効果は残っており、無事に逃げた2羽も墜とすことができた。
矢が刺さって藻掻いているスノーデビルに最後の慈悲を掛けてやり、脅威が完全に去ったことを確認した後、行商人に声を掛けた。
行商人は割と小柄で、全身を白い装備で固めていて覗いているのは目元のみだった。
雪の中を進むのなら間違った装備ではないだろう。
「大丈夫ですか?」
「ひぃ!?」
スノーデビルに止めを刺した血まみれの山刀を持っていたせいか、怯えられてしまった。
腰が抜けているようで、ずりずりと雪の中を後ずさる。
「あぁ、危害を加える気はありませんよ。助けを求めているようでしたので、助力しました。ご迷惑でしたか?」
山刀の血を布切れで拭って鞄に仕舞い込みながら尋ねる。
まぁ、武器持ってる知らんヤツは怖いよな。
「い、いえ……助けてもらって失礼な態度を取ってしまって申し訳ありません」
そう言って座ったまま、行商人は被っていた雪よけの傘を脱いで頭を下げた。
その顔を見て、内心少し驚く。
おや、珍しい。
この行商人、《《女性》》か。
道理で小柄だと思った。
歳の頃は20代半ばだろうか?
顔はなんというか、普通で人のよさそうな感じだ。
行商人をやるには向いてはいるが、一線を張っているような商人という感じは受けない。
まぁ、なんにせよ助かってよかった。
「立てますか?」
そう言って手を伸ばす。
「だ、大丈夫です」
そう言って立とうとするが、恐怖で腰が抜けているようで立てない。
「あ、あれ……? た、立てない……」
「あぁ、腰が抜けちゃってるみたいですね。少し失礼しますね」
そう言って抱き上げて、彼女の荷物が乗っているソリに乗っける。
「ぎえええええええええ!?」
すんげえ声出すな、こいつ。
スノーデビルによく似てる。
だから集られてたのかな?
そんな失礼な事を考えながら、声をかける。
「あぁ、女性に対して失礼でしたね。でもこれくらい許してくださいね」
そう言って顔を覆っていた布を下げて、にっこり笑いかける。
笑顔は世界共通の言語だ!
「その目と髪の色……あんた、女誑しのヴァイスって名前じゃない?」
真顔でそんな事を言う行商人。
断じてそんな名前ではない。
テンプレ過ぎて草。
そしてまだ町にも入ってない。
はよ入れや、話し進まんやろ。