第85話 穏やかな冬の日々 3 司書、絶望する。
「いいですかロッテ、ウルル。わたくしたちの力はそのまま使うのが一番効率がいいです」
そう言って銀色の魔力を空中にそっと放出する。
次の瞬間、土で固められた的が爆発四散した。
ワァーオ。
あれスキルですらないな、魔力を叩きつけただけかな。
あんなん、お前しかできねーよ!
クッソ寒い中、私とウルルは修練場の片隅でアリスママから講義を受けていた。
ある冬の昼下がりに、昼ご飯を食べた後に暖炉の前でゴロゴロしていた私とウルルに向かって、アリスママは腰に手を当てて宣言した。
「二人とも今まで戦いとあまり縁のない生活だったようですが、今後はそうもいきません」
ウルルと二人、顔を見合わせる。
いやだぁ。
戦いたくないでござる……。
絶対に闘いたくないでござる!
殴り合いとか痛いだけだし、血が出たりするからすごく嫌だ……。
隣のウルルを見ると、やっぱり乗り気ではない。
真の勇者になって力の総量は間違いなく上がって、生き物として完成はしたけど戦闘能力としてはたいして上がっていないと本人は言っていた。
身体能力でゴリ押せるならともかく、先生とか団長さんが相手だと戦闘経験の差でコロコロ転がされるらしい。
先日、身体能力だけで模擬戦を勝ち抜いていたら、戦闘巧者ふたりにボッコボコにされてた。
「あ、あのォ~やっぱり戦わないとダメですかねェ? あたし斥候なんですけど……」
控えめに手を上げるウルル。
「戦えないままで、今後あの耳長におんぶにだっこでついて行くつもりですか、あなた?」
アリスママからの言葉で、耳をペタンとしてしょんぼりするウルル。
叱られたイエネコやね。
うーん、しかし私も耳が痛い。
本を読んで書類を作るだけで、ちやほやされて生きてきたからね……。
でも私は、死ぬまで先生とアリスママにおんぶに抱っこされて生きていきたい……!
自立なんてくそくらえだ!
モラトリアム万歳!
なんてことは当たり前だが口には出せない。
出したら捨てられそう。
アリスママはそんな私たちを見て苦笑して続けた。
「すぐに強くなることは難しいです、ですが生き残るための技術は憶えていて損はありませんわよ」
「……生き残る……」
「逃げたり助けが来る場合は、その為の時間を稼げるようにすることですわね」
確かに大事だ。
大教会への旅路には、もちろん私も同行するつもりだ。
ならば、自分の身は自分で守れるようにしなければならないだろう。
先生に迷惑はかけられない。
いや、先生は気にしないだろうけど、ほどほどにしないとアリスママに折檻されそう。
頑張らねば。
主に私の平穏な生活の為に!
ぐっとこぶしを握る。
隣を見ると、ウルルも気合が入ったようだった。
「やる気があるのはいいことです。なかったら町の外に放りだしてました」
「ヒェッ」
笑顔で恐ろしいことを言う。
「そのために、一番大事なものを身に着けましょう」
アリスママがそう言って微笑む。
大事なもの……。
なんだろ、極意的な物?
「それは……」
勿体ぶって溜めに入るアリスママ。
はよ言え。
「「それは?」」
「《《体力です》》」
ぜひ……ぜひ……
こきゅうがくるしい。
あたまがまわらない。
ぽてぽてと歩くより遅い速度で走っていたが、限界が来る。
もう無理。
座り込む。
ヴぉエッ!
「ロッテ……あなたほんと体力ないわね……」
アリスママに呆れた顔で見られる。
「ま、まえは……はしりまわることも……できなかったしぃ……」
究極のインドア派にアリスママは無理難題をおっしゃる!
コヒューコヒュー……
し、死ぬ……。
「死にませんわ」
心の声に突っ込みいれるの止めよう?
「でもこの修練場3周も走れないのは予想外ですわ……。この子、どうやって生きてきたのかしら?」
微妙に困った顔になるアリスママ。
修練場は1周200mくらいのはずだから、1kmも走れなかったのか……。
おっかしいな、みんな準備運動で10周くらい軽く走ってた気がするぞぅ。
「ひぃ……ひぃ……」
文字通りヒィヒィ言いながら、ウルルが横を通り過ぎる。
流石に私よりは走れるけど、この子も体力全然ないのだ。
瞬発力はものすごいんだけど。
体力のない勇者ってなんだよ。
まぁ、私も貧弱な魔王なんだけど。
戦ったら泥仕合やな……。
息が切れて、背中合わせで座り込む二人の姿が見える見える。
「わたしは猫だから……狩人だから……」とは本人の弁。
ちげーだろ、おめーは一応教会騎士だろ。
なんだよそのワガママボディは。
でっけぇものぶら下げやがってよぉ!
まぁ、スキル頼りであんまり動いてなかったんだろうなあ。
身体もむっちむちだったからね、すんげえ甘やかされてたんだろう。
私と同じだね!(輝く笑顔)
だから一緒に苦しもうね!(ゲス顔)
ゴールするときは一緒だよ☆(最後に追い抜く)
「まぁ、ここまでとは思いませんでしたが、体力がないのは予想通りです。幸いにして二人とも死ににくい身体ですし、冬の間にガッツリ鍛えて愛されボディになりましょう!」
なんか怖いこと言ってる!
ウルルと抱き合って震える。
「おーおー、やってんなぁ」
そう言って先生がのんびり修練場に歩いてくる。
なんか着膨れてもっこもこである。
どっか行くのかな?
「アリス、ロッテ。俺ちょっと出かけて……────」
何かを言いかける先生を遮って、アリスママが不満を吐き出す。
「あ、旦那様。いいところに! この子たち全然体力ないですわよ!」
「ロッテは仕方がないよ、身体がちっちゃいからね」
「貴方がそうやって甘やかすからですわよ」
「だがなあ……」
なんか滅茶苦茶夫婦っぽい会話してる!
子供の教育方針を巡って揉める夫婦のテンプレみたいな会話だ!
そうだ! 先生もっと言ってやって!
優しく! 優しく!
もっと別の方向で強くなりたいです!
できればちょちょっと、簡単な奴で!
寝ててもできる奴がベスト!
隣でウルルもそうだそうだと言っています!
楽して強くなりたい!
「でも体力をつけること自体は、俺も賛成だ」
あっ。(察し)
「よし、俺の用事はまた明日にしよう。着替えてくるから、その後は一緒に身体を動かそうな!」
爽やかな笑顔でそう言う先生。
「まぁ!流石旦那様ですわ!」
にっこにこのアリスママ。
お前分かってて誘導したろ!?
「大丈夫だ二人とも。しっかりじっくり教えてやるからな!」
あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁ!
頭を抱える。
駄目だ! 教師モードになってる!
こうなったら優しく容赦なくなるッ!
「どゆこと?」
隣でよくわかってない顔をしているウルル。
「……すぐにわかるよ」
これから私たちを待ち受ける地獄が、少しでも早く終わることを、信じてもいない神に祈った。
「「あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁッ!」」
二人分の悲鳴が訓練場に響き渡る。
先生による超効率的なトレーニングが始まった。
始まってしまった。
効率的であるという事は、決して楽という意味ではない。
楽では、無い。
「「あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁッ!」」
二人分の悲鳴が訓練場に響き渡る。
アリスママはニコニコしながら見守っている。
たすけて。
いやまて、この地獄に引きずり込んだのはアレだ!
助けてくれるわけないよねえ!
それはどれだけ泣き言を言っても、「頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る! ウルルだって頑張ってるんだから!」と返ってくる地獄であった。
全てが終わり、力尽きたウルルは白目を剥いていた。
合掌。
私?
一応、心構え出来てたからね。
身構えている時には、絶望は襲って来ないものである。
やれやれ、明日は暖炉の前でゆっくりしたいよ。
よっこいしょと立ち上がる。
その時、先生が笑顔で私達に告げた。
「これを毎日やろうな!」
私も白目を剥いた。