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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第82話 断章

 フェアトラークのクランマスターから衝撃的な話をされ、教会騎士団の団員達がざわめいている中、こっそりと間借りしているクランハウスの割り当てられた一室に戻ってきた。


 部屋は簡単な机とベッド、作り付けの棚という簡素であったが滞在に不便はない。


 その部屋の四隅にカバンから取り出した魔道具を取り出し、決められた手順で配置していく。


 その作業を行いながら、先ほど与えられた情報を反芻する。



『枢機卿の名前を知っている者はいるか? どんな顔をしている? どんな仕事を受け持っていたか?』


 誰も答えられなかった。

 みんな枢機卿と呼んでいて、それで話が通るから誰も気にしていなかった。

 本人がいない時はクソ野郎と呼んでいる人も居たし、現に私もそう呼んでいた。


 だけど、確かにおかしい。


 名前が出てこないのは、絶対におかしい。




 なにせ、《《枢機卿は3人いるのだ》》。



 アレウス枢機卿、ヴァルカン枢機卿、グラウクス枢機卿の3人だ。






 私たちが言う枢機卿は、その中にいない。

 私たちが漠然と抱いていた目の細い初老の男性は、その3人の容貌に当てはまらない。


 今まで誰もその矛盾に気付かなかったことにぞっとする。

 特に付き合いが長かった《《はず》》の団長は、さらに恐ろしく感じるだろう。


 彼女は出会って数十年経っているはずだ。

 当時からずっと見た目が変わらないというのも……いや、それに関しては長寿の種族である可能性があるな。

 エルフではないようだが。


 私たちに指示を出していた枢機卿とやらは、一体何者なのか。

 何が目的なのか。


 いや、目的に関してはある程度分かっているか。

 団長が掛けられていたという暗示。


 それによると『綺麗なものを見たい、そして壊したい』などとほざいたそうだ。


 ふざけている。

 私たちはそんな奴の指示で動いていたのか。

 本当にそれが目的なら、赦せない。


 そんな外道、我々の手で討ち果たすべきだという声すら上がった。


 彼らの憤りは分かる。

 私も同じ気持ちだ。


 だけど。

















 だけど、私は違う理由で動揺していた。

















 私、メリッサ・ベルは枢機卿から教会騎士団に送り込まれた《《スパイ》》なのだ。


 そのはずなのだ。









 だが、なぜ私も枢機卿の名前が分からない?


 そして、そのことをなぜ疑問に思わなかった?


 私にメリッサ・ベルという名前を与えたアレは、間違いなく存在した《《はず》》だ。

 幾度となく報告書を上げ、報酬ももらった《《はず》》だ。



 はず、はず、はず!



 何一つ確実なものが出てこない!




 震える指で魔道具をすべて配置し終え、魔力を流し簡易的な結界を張る。

 この中で行われたことは全て隠蔽が施されるはず。


 あぁ、これも枢機卿とやらから与えられた道具だ。

 物はある。


 ならば、いるはずだ。


 そのはずなんだ。



 いや、私が一番懸念している事はそこではない。


 極論するなら、枢機卿とやらが存在しなくても構わない。

 私がどこに報告を上げていたのか分からないのは気持ち悪いが、それはいい。

 実害がないからだ。



 だけど、だけどだけどだけど!




 私がスパイをする羽目になった理由。


 枢機卿に人質として握られている《《はず》》の弟。


 仕事の報酬として与えられた、何通もの弟からの手紙!


 手紙に同封されていた贈り物!


 大事に大事に保管していた筈なのに!!










 手紙は、白紙だった。

 贈り物など存在しなかった。












 弟の名前が、顔が、思い出せなかった。











 気が狂いそうになりながら鞄の隠し場所を漁る。

 枢機卿との連絡に使っていた、書簡のやり取りができる道具がある筈だ。


 これが無かったら、私は……私は!!!!!



 指先に触れる。



 急いで引っ張り出した。


 よかった、あった!

 これは、間違いなく存在した!!


 見た目は小さな筒。

 細かく細工がされており、原理は不明だが書簡を入れて魔力を流すと指定した筒へ届くらしい。


 普段は書簡を入れると、すぐに返信が来ていた。

 よく考えるとそれもおかしいが今は良い、好都合だ。


 一分一秒でも早く知りたい。


 定期連絡のタイミングではないが、どうしても連絡が取りたい。


 知りたい。


 知らなければ、正気を保てる気がしない。


 符丁を用いて、記す。







『私に 弟は いない?』

 それだけを書いて、送った。


 支離滅裂だがそうとしか書けなかった。






『お前は何を言っているんだ?』

 そんな返事が返ってくることを願った。





 願った。











 願った。









 コトン。


 筒から音がする。


 震える指で、届いた書簡を開く。


 そこにはこう書いてあった。
















『正解』





 あぁ。

 あぁ。


 やっぱりかぁ。


 ぼんやりと書簡を手にもって考える。














 そういえば、私の本当の名前はなんだっけ?

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