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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第80話 閑話3 ホンゲルス・ヌル 27歳独身

 なんでこんな事になったんだろうか。


 やたら豪華な部屋の片隅で、自分の洗濯物をジャブジャブ洗いながら考える。


 ちょっと前まで、布団敷いたらそれでおしまいみたいな独身寮に住んでいたんだが……。

 辺りを見回す。


 一流の調度品に囲まれた、なんて言うかラグジュアリーな空間だ。

 ……縁がない人生を歩んできたから、この状況を表現する語彙がない自分が恨めしい。


 どれもこれも歴史がある感じで、傷つけたら怒られそうでとても怖い。

 おっかなびっくり過ごしているせいで、ちっとも気が休まらない。

 生活の質という意味では確実にレベルアップしているはずなのに、ちっともうれしくない。


 この罰ゲームみたいな生活は一体なんなのか。


 俺が望んだのはこんな生活ではなかったはずなのに……。



 まーそうは言っても、実はここは俺の部屋というわけではないのだ。


 この部屋の持ち主は別にいる。




 ここは魔王同盟の頂点に君臨する、魔王 妲己様の居室だ。

 その部屋の端っこを間借りさせてもらって生活しているのだ。


 なんで俺がそんな部屋に居候する羽目になっているのか。

 話は以前の任務から、命からがら戻ってきたときまでさかのぼる。






 俺は森を逃げ回ったせいでボロボロになりながらなんとか帰還し、命がけで得た情報を報告する相手を探して同盟の建物をうろついていた。


 間が悪いことに直属の上司は休暇を取っており、その上の上司も出張。

 さらにその上は大教会の方で何か工作が必要になったという事で、多数の部下を引き連れて出撃していったらしい。


 面倒くさそうにそれを教えてくれた事務員のお姉さん(お局)に丁寧にお礼をいって、報告する相手を探して彷徨う事にする。


 他の部署でもいいから、とにかく報告して休みたい……。

 おれのからだはぼろぼろだ。


 あとで知ったのだが、この日はとにかく管理職が全くいない日であったのだ。

 文字通り、全員出払っていた。

 探してもいない筈だ。


 この事態は、魔王同盟が出来てから一度もなかった出来事だったらしい。



 どーりで俺があの区画に迷い込んでも誰も止めなかったはずだよ……。


 というかボロボロの服装をしてる下級魔族が、宮殿の方に歩いて行ってるんだから、誰か止めろよ!


 元同僚たちが遠巻きに見てたの憶えてるんだからな!



 運がいいのか悪いのか。

 そのせいで俺の人生は、大きく変わることになったのだが。






 ペタペタと足音を立て、報告できる人を探して進む。


 普段入ったことがない区画に足を踏み入れている事には気付いていたけど、疲れ果ててとにかく報告しなくてはという妙な使命感で闇雲にうろついていた。


 ここまでくるとただの意地である。


 あとで考えると、普通に翌日で良かったんだよなあ。

 報告しても今すぐ何かができる内容じゃないんだし。

 まぁ、それは後の祭りというものだ。






 その区画はとても静かだった。


 足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのを憶えている。



 季節は秋の一歩手前だったはずだから、あれだけぶるりと震えが走ったのは別の要因だったんだよなあ。

 俺の身体からの警告を無視し、ずんずん進むと一際豪華な扉の前に到着した。


 これだけ立派な扉のある部屋の主なら大丈夫だろう!とか能天気に考えた俺を殴りたい。


 普段はビビりのはずだけど、そういう時だけクソ度胸を発揮するんだよなあ。

 よく田舎のかあちゃんからも呆れられたもんだ。






 ノックもせず、開けた。


 そりゃもう、バーンと。




 どう考えてもおかしいやろ、俺。

 疲れてると自分でも予想外の行動取るよね。








 そこには、金の狐が居た。



 あ、これ盟主だ。

 そこでようやく思い出したのだ。


 ウチの盟主は、偉大なる偉大なる偉大なる神世から生きる神狐 妲己様だと。


 君臨すれども統治せず、我が同盟の象徴!


 伝説の食っちゃ寝魔王!





 輝く9つの尾。

 艶やかな金の毛皮を持つ、おおきなおおきな狐。


 圧倒的な存在感。


 気だるげに寝転び、その金の瞳をこちらに向けた。


 音がしたから、見た。

 その程度の視線だ。






 動けなくなった。

 指先一つ動かすことが出来なかった。



 比喩ではなく、その存在の大きさに身体が怯えて動きを止めたのだ。


 呼吸をすることすら恐ろしい。


 心臓の音がうるさく、それを聞きとがめられやしないか気が気ではなかった。


 あぁ、俺は、ここで死ぬ。




 じっと、観察される。

 その視線には何の感情も感じられず、魂まで見透かされているようだった。


 脅威かどうか、見定める目だった。



 多分数秒だったのだろうが、俺には何時間にも感じられた。

 あれほどの濃密な時間は、後にも先にもこれ以上はないだろうと言い切れる。



 そして、俺に対する興味を失ったようで「くぁ……」と欠伸をして再び眠る体制に入った。


 全身から汗が吹き出し、へたり込みそうになった。


 よく分からんけど、助かった。


 セーフ!


 自分が取るに足らない存在で良かった。

 雑魚で良かった。

 クソザコナメクジで、良かった。


 雑魚に生んでくれた田舎のかあちゃんに感謝した。



 今よりほんの少しでも強かったら。



 俺は、きっと殺されていただろう。


 俺たちが蚊を叩き潰すように、無慈悲に。








 そこで本当なら頭を下げて、ゆっくり引き返すべきだったんだ。






 そこで、俺のよくわからんクソ度胸が再び発揮されたわけよ。


 なぜなのか。

 なぜ勇気を出しちゃったのか。


「ご、ご報告したいことがありまっすゥ!」

 きっと声は裏返って聞き取り辛かったに違いない。


 金の狐はうっすら目を開き、耳をこちらに向けた。


 そこで言えという事と理解した俺は、声を張り上げて報告した。


「か、完全なる魔王と思しき2柱をみつけましたァ!」



 盟主様はすっと顔を上げた。



「空から降って参りましたァ! 一柱は女! 銀色の魔力を纏っておりましたァ!」


 目を見開く盟主様。

 尻尾がゆらり、ゆらりと動く。


「もう一柱は男! 黒き魔力を纏っておりましたァ!」


 それを聞いて、盟主様は立ち上がり。








 嗤った。








「以上でありますゥ!」

 震える膝を抑えつけ、頑張って捻りだした。


 よく考えたらこれ報告にもなってないよな。

 上司……いや、元上司にこの報告したら多分殴られるわ。




 盟主様はしばし黙考した後、よく通る声で厳かに告げた。


「……善き話を聞いた。先ほどの無礼を許そう」


 盟主様はそうおっしゃってくれた。


 やっぱり無礼と思ってたんですね!

 ごめんね!


「そうじゃの……褒美が必要じゃの……何が良いか?」


 流石盟主様! 話が分かるゥ!


「お、恐れながら! 昇進をお願いしとうござりまするッ!」

 もう言葉が滅茶苦茶だが、千載一遇のチャンスだ!


 下手に上司に言うと手柄を取られる可能性があるが、盟主様に頼めば誰にも取り消せない筈だッ!


 俺って冴えてるゥ!










 まぁ、この判断はどちらかというと大失敗だったんですけどねー。

 確かに取り消したり手柄取られたりしないけどさあ。


 《《誰にも取り消せない》》んだよね、盟主様じきじきの言葉だから。







「なら昇進させてやろう。10階級昇進くらいさせてやれば満足かの?」


「10!?」

 どう考えてもおかしいだろ!

 ちょっとは考えろよこの狐畜生め!


 でも、とてもじゃないけどそんなこと言えない。

 誰だよこいつにそんなこと願ったバカは!?


 俺だよ!



「事務方に話は通しておくからの。喜ぶがよい」

 そう言ってノシノシと歩いて行ってしまう。


 ……そこは筋通すんですね。


 とんでもないことになったと頭を抱えた。






 翌日恐る恐る事務所に顔をだすと、本当に昇進する羽目になっていた。


 みんなすごい顔していた。


 ただ、10も昇進すると盟主様より偉くなってしまうという訳の分からない事態になるので、副盟主とかいう役職が新たに作られてそれに就任する事となった。


 ははーん。

 さてはあの狐、なんも考えないで言ったな?





 ちなみに副盟主は名誉職で、仕事も無いから給与もないとか言われた。

 ひどくない?


 あと、管理職扱いになるから寮から出て行けと言われた。

 ひどくない?



 風呂敷包を抱えて行き場を失って呆然としていた俺を拾ってくれたのは、何を隠そう俺をこの状況に追い詰めた盟主様だった。


 なんか悪いことしたみたいね、ごめんね。

 お詫びに部屋の隅に住んでていいよ。


 意訳するとそういう事を言われたのだった。



 俺は……この人(?)にどういう感情を持っていいのかわかんねぇよゥ!





 そういうわけで、盟主様の身の回りのお世話をしながら居候させてもらえることになったのだった。


 ちなみにおやつ代あげるって言われて渡された金額は、以前のお給料にちょっと色がついた金額だった。


 おやつ代かぁ……。


 とりあえず田舎のかあちゃんには「昇進したよ! 仕送り増やすね!」と手紙を送っておいた。


 本当の事は、とてもじゃないけど言えない。




 まぁ、パワハラされないし、命の危険がないだけマシかあ。


 そんな呑気なことを考えていた俺は、後々盟主様に死ぬほど振り回される事など考えもつかなかったのだった。



 「ホンゲー、ホンゲー!」

 あ、盟主様帰ってきた。

 なんやろか。


 「枢機卿?とか言うやつについて調べといてー」

  誰だよ。


妲己ちゃんは狐形態と人間形態になれます。

 どっちが真の姿とかそういうことは無いです、どっちも真の姿。

 寒いときは狐形態で寝る。

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