第78話 エピローグ2 うそつき
「ふむ、という事はもうあのような怪異は起きぬと申すか」
クランベル伯爵の居城の奥まった場所にある一室。
ありとあらゆる防諜術式が施された一室で、その密談は行われていた。
参加者はクランベル伯爵、その娘マリアベル、そしてクラン「フェアトラーク」のクランマスターの3人であった。
ギデオンは役に立たないから置いてきた。
先日起きた、「《《満月の夜が急に訪れる》》」という超弩級の怪異。
町中の犬は吠え、子供は泣きだし大騒ぎであった。
当然ながら各所より伯爵家へ多数の問い合わせがあり、対応に苦慮していた。
聞かれても困るし、分かるなら公表しとるわ!というのが伯爵の素直な気持ちである。
こういう時、偉い人は大変だ。
とりあえず全くなんの根拠もなく「大丈夫だから安心しろ」という声明が伯爵家から出された。
誰も信じなかったが、街の住人はとりあえず安心した。
民衆とはそんなものである。
目的も、原因も、首謀者も何一つ分からず、ほんの10分間程度の出来事ではあったが今なお様々な噂があちこちで立っては消えていった。
魔王の仕業だと言う声も上がったが、被害が出なかった為、下火となった。
だいたい合ってる。
冒険者ギルドも何かの凶兆かと一時は騒然とし、暇な冒険者を招集したりもしたが、特になにも起こらずやや肩透かしを食らった形となった。
集まった冒険者には小銭を与えて帰ってもらった。
お駄賃はエール一杯分であった。
冒険者達は暴動を起こした。
いつもの事である。
その後、やっぱり何も起きなかったので人々は「なんか不思議な事だったね!」で済ませ、日常へと戻っていったのだった。
悪いことが起きなければ、得てしてそういうものである。
よく考えてみたらたまに街中でなんか変な事起きてたし、そんなに騒ぐことでもないなと彼らは思い返したのだ。
変なことに耐性がある、クランベル領都の民であった。
ちなみにその変なことは、大体とある男が関わっていたのは秘密だ。
クランベル伯爵家でも首をひねりつつ日常へ戻ろうとしていたところ、突然一人の男が訪ねてきて事件について話があると言ってきたのだ。
それがただの冒険者なら酔っ払ってるんだろうと追い返すところだが、それが怪異が起きたらだいたいこいつが関わっているとされた男となると話は別だった。
最近静かだったけど、そういやこいつがいたな、と。
その男の名はヴァイスという。
挨拶もそこそこに、密会場所に通されたヴァイスは一連の出来事を嘘を交えつつ説明した。
知らない振りをしても良いのだが、仕出かしたのは《《身内》》である。
大きな混乱を招いて申し訳ないし、信じやすい噓を吹き込んで恩を着せておいた方がいいだろうという判断であった。
また、フェアトラークの後継となるゴメス率いる新クランに多少なりとも配慮を頼むつもりであったのだ。
結局のところ、いつもの尻拭いである。
そのストーリーとはこうだ。
『教会騎士団が強大な力を持つ人狼をヴァイス達と協力して撃退した』
嘘ではない。
『教会騎士団《《の》》強大な力を持つ人狼をヴァイス達《《が》》協力して撃退した』
2文字違うだけである!
実際にヴァイスは人狼とやり合ったし、教会騎士団と協力もした。
色々と大事な事実を口にしてないだけだ。
ヴァイスにとって一つ目の誤算は、立ち会ったマリアベルが「《《嘘を見抜くスキル》》」を持っていた事であった。
そうとは知らないヴァイスは、良く回る舌でぺらぺらとあの日の出来事を伯爵に開陳する。
8割嘘である。
嘘を吐いても一切心音などがぶれないこの男は、詐欺師としても大成しただろう。
ろくでもない男である。
そんなどうしようもない男を、呆れつつも感心しながらマリアベルは眺めていた。
(……嘘ばっかり吐いてるけど、関わってたのは間違いなさそうね)
「そういうわけで、同じ怪異は起きないと宣言させていただきます」
そう言ってにこやかに笑うヴァイス。
それを見て伯爵はしばし思考し、尋ねる。
「お前の言いたいことは大体理解した。お前の言う事であるから、信用もしよう」
伯爵が髭を触る。
これはマリアベルにスキルを使えという符丁になっていた。
「だがの、部下たちを納得させるためには何らかの証拠が必要なのだ。何か証拠になる品はないのか?」
「証拠ですか……中々難しいことをおっしゃいますね……」
眉間に皺を寄せ、考え込む振りをするヴァイス。
伯爵がちらりとマリアベルに視線を送る。
(嘘)
伯爵はにやりと笑い、ヴァイスに再び問う。
「ほう? 無いと? 嘘じゃな、お前がここに手ぶらで来るわけがない」
ピクリとヴァイスが反応する。
(嘘)
今の反応は、わざとだ。
狸め。
「……ふふ、伯爵様は流石ですね。隠し事などできないという事ですか……」
やれやれと言った風に笑うヴァイス。
胡散臭い。
「そうですね、教会には私から受け取ったという事を秘密にしていただけるのなら、これを献上したいと思います」
ずるり、と鞄から何かを取り出す。
(……!? ここに入るときに空間拡張鞄なんて取り上げられているはずなのに!)
マリアベルが咄嗟に伯爵を守るように動く。
「おっと、失礼。大丈夫です、危険なものではありませんよ」
張り付いたような、薄っぺらい笑みを浮かべるヴァイス。
なんでそんなに胡散臭いのか。
(本当)
警戒をやや緩める。
まぁ、この男が危害を加えてくるとは思わないが、それでもだ。
身体検査をした担当者はあとで説教だな、とマリアベルは心に決めた。
「ふふ、身体検査をしてくれた彼は職責を全うしてくれましたよ。これはちょっと特殊な道具なのです」
ギクリと身体が硬直する。
思考を……読んだ?
そんな事が出来るなど聞いた事が無い。
「いいえ、読んでなどいませんよ。予想です、予想」
笑う。
(本当)
穏やかに笑う顔が、酷く恐ろしく見えた。
「ふふ、マリアベル様は素直でらっしゃる。怖がらなくても大丈夫ですよ、私に敵対する意思はございません」
(本当)
「……悪趣味ね」
マリアベルの口から負け惜しみのような言葉が出る。
少し前にあった時のような精神的な不安定さが消えている。
今は大樹のような安定感を感じ、闇夜のような得体の知れなさが増しているように感じた。
「……それで、それはなんだ?」
伯爵が緊張の面持ちで質問を投げかける。
ヴァイスはじゃらりと音を立て、冷たい光を放つ鎖を持ち上げた。
「月の光を宿した聖遺物、神狼縛りの魔法の紐でございます」
(本当)
「神狼縛りの魔法の紐!? なぜそんなものが……」
驚く伯爵。
魔銀の鎖が淡く輝きを放ち、それが尋常の品でない事を証明していた。
マリアベルもそれが本物であることに驚いていた。
神話に謳われるような遺物が今目の前にあるのだ。
新興であるクランベル伯爵家にはこれ程の宝物は無い。
「教会騎士団が持ち出したものになります、怪異を封じるにあたって借り受けたのですが……壊れたことにして持ってきちゃいました」
てへっと舌を出して笑うヴァイス。
……こいつ! ばれたら教会にぶっ殺されるぞ!?
白目を剥く伯爵。
「よく考えたら要らないので、差し上げます。なに、数百年もすれば家に代々伝わった品とかで誤魔化せますって!」
朗らかな笑みを浮かべるヴァイス。
こいつ……! 押し付けやがった!
処理に困ったものを押し付けるつもりだなこいつ!?
伯爵家が教会に返したら、それはそれで面倒なことになる。
だが、こいつの言う事も一理ある。
所持しているだけで箔が付く代物であるのも間違いないであろう。
伯爵は内心、頭を抱えた。
マリアベルは震える指で鎖を摘まみ、《《鑑定スキル》》で視る。
ヴァイスにとって二つ目の誤算は、マリアベルが高精度の鑑定スキルが使えたことだった。
『神器・《《レプリカ》》 神狼縛りの魔法の紐 製作者:《《ヴァイス》》』
…………は?
思わずヴァイスを見る。
「?」
笑顔のヴァイス。
この男は、神器のレプリカすら作れる。
神器のレプリカを多数用意させれば、間違いなく魔の領域の開拓は大いに進む。
また、魔王が発生した場合にも有効打になりえるし、周囲の国への牽制にもなるだろう。
さすれば我が領は、新しい国として独立することも容易となるだろう。
《《予定を100年は早める事が出来る》》!
それを理解した瞬間、マリアベルは切り札を切る事を決めた。
マリアベルのジョブは対外的には「統率者」となっているが、本当は違う。
「支配者」である。
人の意志を縛るスキル「支配」をヴァイスに向けて放った。
短時間ではあるが、他者を支配し意のままに操るスキルである。
彼を操り、契約魔術で縛る。
この男は、《《有用だ》》。
即断即決。
彼女は間違いなく優秀であった。
そして、怖いものを、触ってはいけないものがある事を知らなかった。
『争い無き世界』
「マリアベル様。ようこそ、俺の王国へ」
ヴァイスは両手を広げ、歓迎の意を示す。
「話を、しましょう」
ヴァイスはテーブルを指さし、嗤った。