第76話 獣人、目覚める
獣人としてのウルル・ルーは死んだ。
魂の器が破壊される事は、それすなわち死を意味するからだ。
そして、再構築されあたしという形、ウルル・ルーが組み上げられた。
あたし自身、何かが変わったという感覚は無い。
もちろん生き物としての性質や、能力は変化しているのは間違いない。
今のあたしは、人としてはみ出した存在だ。
だが。
だが、それでもあたしはあたしだ。
あぁ、初めて出会ったときにお兄さん……ヴァイスさんが自分を人間であると主張した意味が分かった。
あの人はきっと、自分がそう思っているならば人間であると言いたかったのだろう。
そういう意味では、きっとあたしも人間だ。
気付くと、真っ白い場所にいた。
どこやここ……
辺りを見回そうとするが、自分に身体がない事に気付いた。
何事!?
>System start-up
ん!?
何かが聞こえた。
いや、耳もないから聞こえたというのはおかしいのか。
>おめでとうございます!
>あなたは数多の原生生物を殺し、極致に至るに十分なエネルギーを集める事が出来ました!
な、何!? げんせい……せいぶつ?って何!?
何を言っているかさっぱり分からない。
>あなたこそ「《《真の勇者》》」にふさわしい存在であることをここに認めます!
あたしの反応などまるで聞いていないようにそれは続ける。
真の勇者……?
あたしが?
どゆこと?
>あなたのお名前を教えてください。
……ウルル・ルー。
>ウルル・ルー さまですね!
>了解しました、そのお名前で登録させていただきます!
>ウルル さまは原生生物との交雑種ですね!
>大丈夫です! 私達はそういった点での差別は一切ございません!
>下等生物に対しても、万全のバックアップ体制で支援させていただきます!
聞こえてはいるらしい。
つまり先ほどの私の質問は意図して無視されたらしい。
そして言葉の端々から伝わる侮蔑の感情。
あたしは、こいつが嫌いだ。
>それでは説明させていただきます!
>あなたの使命は、この星に巣食う敵対的原生生物を皆殺しにすることです!
>あなたのがんばりで住みやすい星にしましょう!
????
良く分からない。
敵対性……げんせいせいぶつ?
>《《魔を統べる王を名乗る原生生物》》です!
>王を名乗るなんておこがましい!
>奴らは卑劣にも我々の力を掠め取り、その生息域を増やしています!
>許せません! 見つけ次第殺しましょう!
……ふゥん?
殺してなにか見返りがあるの?
>与えられる権限が大きくなります!
>与えられる支援が大きいものになります!
>もちろん、《《若返りも可能です》》!
……そう。
>それでは各種機能を使うためのチュートリアルを行います!
一方的に言い放ち、次々と説明をしてくる「何か」。
言葉遣いは丁寧だが、なるべくこちらと意思の疎通をしたくないらしい。
説明はされたが半分以上理解できなかった。
質問をしても答えが理解不能だったりしてお手上げだ。
ただ、分からないなりに覚えておくことにする。
分かるかもしれない人に相談する必要があるだろうから。
>以上となります!
>何か質問はございますか?
あんたはこれからあたしのアシストをするって事?
>はい! 沢山殺しましょう!
薄く瞼を開くと、室内を照らすランプの光が目に入った。
変な夢見たなあ。
んと、ここは騎士団の拠点でぇ……夜?
んんんんん?
混乱する記憶を必死に掘り起こす。
あ、ボスがどっかに行こうとして……そこまで思い出して上半身を起こし、辺りを見回す。
死屍累々である。
「ほぁぁぁぁぁぁぁ!? なんでみんなダウンしてるの!?」
ベッドのそばにはボスとお兄さんがぐったりとうつ伏せに上半身を乗っけてるし、そのお兄さんに摑まる様にアリスさんとロッテちゃんが折り重なっている。
誰かこの状況を説明して。
途方に暮れる。
とりあえず手近にいたボスの脈を取ると、問題なく鼓動はしており安堵のため息をついた。
続いてお兄さんやロッテちゃんも調べたけど、少し顔色が悪いくらいで外傷はなさそうだ。
アリスさんは触ると怖いから……。
大丈夫でしょ……。
とりあえず当人たちが目を覚ますまで事情が分かるのはお預けかナー?
でも最後に見て憶えているのはボスが出ていくところだから、出て行ったボスをお兄さんたちが何とかしてくれたって事なのかな?
それなら起きた時、お礼を言わないとね。
そして気付いた。
あれ、身体が苦しくない。
あれだけしんどくて辛くて泣きそうだった体の不調が、綺麗になくなっている。
それどころか今までにないくらい絶好調!
なになに、なんでェ?
「そのまま寝かせておいてやれ、お前を助けるために死力を尽くしたのじゃ」
唐突に声が聞こえた。
ばっと振り向くと、部屋の隅になんかいた。
金の狐。
金色の瞳で、こちらを観察している。
一挙手一投足を見定めている。
肌がひりつくほどの緊張感。
「……魔王、妲己」
掠れる声でようやくそれだけ声に出した。
「そうじゃよ、《《新しき真なる勇者よ》》」
ゆらりと尻尾を揺らしてこちらをねめつけ、目を細めている。
……あたしを警戒している?
「どれ、お前がどれだけの人間に助けられたか、見せてやろう」
そう言って音もなく静かに近寄り、あたしの額を指先で軽くつついた。
ガンと殴られたような衝撃を受ける。
流れ込む情報。
皆が命を懸け、あたしを助けるために動いた映像が流れ込んでくる!
「あ゛あああああああああああああああああ!!!!!」
頭を押さえ、呻く。
さっきの夢は、夢なんかではなかった!
あたしは、人からはみ出した。
急に恐ろしくなる。
あいつの言ってた言葉が本当なら、あたしは《《あたしを助けた人達の敵》》となる!
混乱しているあたしをじっと見ていた妲己が問う。
「お前は、どちらに着く?」
あぁ、警戒していた理由はこれか。
「お前の答え次第では、殺さねばならぬ」
金の魔力が燃える。
「せっかく盟友の助けた命じゃが、愛しき我が同胞たちの命には代えられぬ」
空間が悲鳴を上げる、ギシギシ、ギシギシと軋みを上げている。
「答えよ」
この間合いはおそらく妲己の間合い。
答えを間違うと必殺の一撃が飛んでくるだろう。
ただ、今のあたしなら逸らすくらいならできそうなんだよねェ。
……《《若返りも可能》》、かァ。
アレとの最後の会話を思い出す。
……もう一つ、知りたいことがあるんだけどいいかな?
>はい、なんでしょうか!
《《お前を消す方法》》。
>System offと言っていただけ……──────
System off。
即座に消す。
おまえなんて、いらない。
二度と出てくるな。
「あたしは、《《あたしの家族の味方だよ》》」
「……ほう?」
金の狐が目を細める。
ボスを指さす。
「《《おかあさん》》」
やさしくてきびしいおかあさん。
たくさん迷惑をかけちゃった。
いっぱいあやまって、いっぱい甘えなきゃ。
ヴァイスさんを指さす。
「《《お兄さん》》」
頼まれたとはいえ、命を懸けて助けてくれた。
この人がいなかったら、あたしもボスもきっと生きてはいなかった。
お礼を言ってもきっと「よかったな」で済ませてしまうだろう。
恩は、返さなきゃ。
ロッテちゃんを指さす。
「《《お姉ちゃん》》」
小さいけど、あたしよりずっと大人のお姉ちゃん。
話を聞いてくれて一緒に悲しんでくれて笑ってくれた。
そして自分の命を顧みず、手を貸してくれた。
ずっと、ずっと一緒にいて欲しい。
アリスさんを指さす。
「ア……アリスお姉さん?」
怒られないよね?
この人はあんまりあたしに興味がないみたい。
でも、なんだかんだ言って助けてくれた。
それがヴァイスさんの為だと言っても、限界まで消耗して助けてくれたのは事実だ。
「この人たちを裏切るなんてありえないよ。そんなことするくらいなら、死んだほうがましだよ」
言い切る。
喧嘩をすることもあるかもしれない。
それでも、家族だ。
これ以上の力なんていらない。
元々あたしは強くなりたかったわけではないのだ。
あたしが欲しかったのは、《《家族》》。
いなくなってしまった一族の代わりじゃなくて、あたしが新しく見つけた居場所。
「そう……か」
妲己が魔力を鎮める。
ビリビリとした威圧も霧散した。
軽くため息をつく。
「わかった、信じよう」
全身から力が抜ける。
どうやらあたしの返事はお気に召したようだ。
怖かった。
無抵抗に殺されることは無いだろうけど、それでも勝てる気はしなかったから。
「しかしな、わらわもお前を助けたはずじゃが家族ではないのかの?」
パン!とどこからか取り出した扇子を開いて、妲己が笑う。
「んー、妲己はお兄さんから対価もらうんでしょ? そうなると外部協力者というか……それは家族とは違うくない?」
あたしもお兄さんのケーキ食べたい。
「ぬ。ぬう、冷静に言われるとそうではあるがの……」
へにょりと尻尾が萎れる。
もしかして家族扱いしてほしかったのか、この魔王は。
「いやまぁ、経緯から見るとお兄さんの命の恩人でもあるから、感謝はしてるんだヨー?」
なんか悪いことをした気持ちになるのは、この魔王がどこか放っておけないからだろう。
「そうかの、まあよい。悔しくなんかないわい! わらわ帰る! ……養生せよ、小娘」
そう言って妲己の姿が掻き消えた。
きっとスキルで家に帰ったのだろう。
面白い奴である。
……ありがとうね。
静かに寝息を立てているおかあさんとお兄さんの頭を、ゆっくりと撫でた。
いっぱい恩返ししないとね。
獣人は、義理堅いのだ。
次からエピローグに入ります。