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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第75話 教導者、託される。

「女狐ッ! 貴女、ぎりぎりまで出てくるの待ってましたわよね!?」


 アリスが吠える。

 いつになくご立腹である。

 妲己の襟首をつかんで、がっくんがっくん揺さぶっている。


「ギクリッ! な、何のことやらわからんのう!? わ、わらわはピンチに駆けつけただけじゃよー?」

 汗だらっだらでそっぽを向いて答えを返す妲己。

 ふすーふすーと鳴らない口笛さえ吹いている。

 お前、長生きの癖に口笛も吹けないんだ……。


「もっと早く出てきなさい! さっさと出てきてさえいれば、旦那様があんなに苦しむことも……─────」

「いいんだ、アリス」

 魔力が欠乏した時特有の症状に襲われながらも、アリスを制止する。

 めまいや動悸はひどいが、耐えられないほどではない。


 大量に注がれた金色の魔力によって、途切れかけていた儀式も滞りなく再開できた。

 おそらくこれで、問題なく最後まで行けるはずだ。


 抱えていた最後の問題が解決した。


 

 どっと疲労感が押し寄せ、膝を折りたくなる。

 

 だが、まだだ。


 まだ、終わってはいない。 

 気合を入れなおし、術式維持に力を注ぐ。




 しかし、危なかった。


 名も知らぬ魔王を討伐した時と変わらないレベルでの消耗だった。


 つまり、全賭け(オールイン)だ。


 もう二度とやらないと思っていたが、こんなにすぐにやる羽目になるとはな。



 おそらく、あと数秒遅れていても全ては破綻していた事だろう。

 そういう意味では文字通り最高のタイミングであった。


 わざとそこまで出てこなかったという確信もあるが、それが分かった上でも心の中に広がる深い安堵と感謝は決して無視することができない。


 俺は、自分の心に嘘はつけない。


 まったくもってズルい狐だ。





 命を、救われた。


 考えてみると俺が死ぬとアリスも死ぬのだ。

 二人分の、命を背負っていることを俺は忘れてはいけなかったのだ。


 だからこそ、自然に口から零れた。









「妲己、《《我が友よ》》。ありがとう。心から感謝する」







「おぉおォおぉ!? と、友!? わらわを友と!?」

 わなわなと震えながら目を丸くして、信じられないといった表情をする妲己。

 なぜか8本に減っている尻尾もびんびんだ。


 俺はつづけて宣言する。


「あぁ、お前が俺の助けを必要とするときはいつでも呼んでくれ。できる限り、助けになる」



 世界に向けて、宣言する。



 魔王の名に懸けて誓おう。


 この誓いは契約となる。


 烏有うゆうの魔王 ヴァイスは、金色の魔王 妲己の《《盟友》》となることをここに宣言する!



 世界に承認される。

 ここに一つの強固なえにしが結ばれた。



 その宣言を聞いてしばし呆然とした後、妲己は頭を抱えてじたばたしながら呻く。


「あ゛あ゛あァ~! りょ、良心が、痛むゥ! わかっててやったんじゃけど、思いの外効果がありすぎて、心が痛むゥ!」


 ならやるなよ。


「貴女に良心なんて高尚なものがあったんですわね」

 辛辣ゥ!



 回復しきっておらずクラクラする頭を押さえて、笑う。


 視界は揺れ、吐き気もちっとも収まらないが、いい気分だ。


「……仕方ないですわね、旦那様がそこまで言うなら今回は見逃してあげますわよ女狐」

 そう言ってアリスが少し微笑みながら、赦しを与えた。


 気苦労をかけてすまんな。

 だが、自分の気持ちは裏切れないんだ。



「う、うむ! そうじゃ! 今回のは貸しにしておくぞ! おっきな貸しじゃぞ!」

 良心の呵責から復活した妲己が満足げに吠える。


 頭が回らず、ぼんやりした頭で考える。




 ……菓子かし……? おっきな菓子かし……?


 そういやこの前作った菓子ケーキ、もりもり食ってたなこいつ。

 美味しかったのかな?


 それなら奮発してやらんとな。


「わかった。今度でかいの焼いてやる、楽しみにしとけ」


「……ん? 焼く?」

 訝し気な妲己。


 む、ケーキだけじゃ不満か。


「うむ、ジャムもつけよう。沢山載せて食うと、美味いぞ」

 そろそろ寝かせておいたクランベリーのジャムが食べごろのはずだ。

 このあたりで獲れるクランベリーは美味しいから、きっと気に入るはずだ。


「あぁぁぁぁぁ! もう! それでいいわい! でっかい菓子じゃぞ! それでいいわい!」

 なんか知らんが地団太を踏む妲己。

 イヤイヤ期かな?


「旦那様、なかなかやりますわね……。魔王の助力の対価をお菓子で支払うなんて……」

 アリスも良く分からない事を言い出す。


 まぁ、なんか嬉しそうだからいいか。










 そして、儀式は佳境を迎える。









 ……ほぼすべての力がルー・ガルーからウルルに渡った、か?


 そう思った時、大きな力の塊が彼女の身体からするりと抜け落ち、俺の身体を巡った。









 声が、響く。










『……名も知らぬ魔王よ、我が妻を頼む』


『ママを、よろしくね』










 それっきり、何も聞こえなくなった。


 だれの声だったのだろうか。


 流れる力に意思など存在しない筈だ。


 魔力欠乏症による幻聴だろうか?


 疲労から来る白昼夢だろうか?









 だが、俺はそれでもいいと思った。








「《《承った》》」






 ボソリと呟いた言葉がアリスに聞こえたらしい。


 頬をぷくりと膨らませて抗議をしてくる。

「また安請け合いしちゃって……おいたはダメですわよ?」


 いつも苦労を掛ける、すまんな。



 そんな俺達を見て、妲己が面白くなさそうに顔をしかめる。

「まーたイチャイチャしおってからに、そういうのは人のおらんところでやれ」

 そして部屋の隅でしっぽをゆらゆらさせて丸くなってしまった。


 意外と慎み深いんですね、妲己さん。





 そして最期の時が訪れる。


 丁寧に、丁寧に。

 震えそうになる指を意志の力で抑えつけ、仕上げを行う。


 接続した魂の器を傷つけぬよう、間違ってもほころびを生まぬよう。


 あとは多少回復した俺の魔力だけで行けるだろう。

 細い糸による縫合みたいなもんだからな。


 濁流のような、どばどば垂れ流しの金色の魔力はもういらん。

 むしろ邪魔だ。


「おい妲己、もう魔力は十分だ! これ以上送り込まれるとウルルたちの魂の器に傷が入る!」

 妲己に向かって魔力供給を止めるように言う。


 ウルルたち人間にとって、こいつの魔力は劇薬だ。

 俺の黒、アリスの銀とは相性が悪くはないが、ウルルやルー・ガルー達勇者の白とは反発するようだ。


 まぁ、腐っても魔王だしな。








「ん? 止まらんよ?」

 不思議そうな顔で言われる。






「は?」

 こいつ今なんて言った?


「わらわ、魔力止めたりできんよ?」

 なんいってんだこいつ。


「……女狐。貴女、まだ魔力操作できないの!?」

 頭を抱えるアリス。


 え、えぇぇぇぇぇ…………?


「もうちょっとしたら、多分勝手に止まるじゃろ」

 何でもないように言い放つ妲己アホ


「適当すぎる! どういうこと!?」

「わらわの尻尾は魔力タンクでの。使い切るまで、とまらん」

 にこーっと笑顔を見せる妲己。


 何がそんなに嬉しいのか。



 どういう構造だ!?


 えっと、だとしたらかなりマズいぞ!


 ウルルの体内に魔王の魔力が注ぎ込まれたらやっぱり死ぬぞ!?

 ここまでやっておいて、そんな終わり方は無いだろ!?


 予想外すぎる展開にパニックになる。

 ど、どうしたらいいんだ!?


 アリス、なんとかならないか!?


「え!? きゅ、急に言われても困りますわ!?」

 二人でワタワタしていると、腰のあたりを誰かがつついていることに気付いた。


「あ、ロッテ!? 目が覚めたのか!?」

 そんな俺の言葉を無視して、ロッテが俺に告げる。


「せんせい、わたしにいいかんがえがある」


 ふんす!と鼻息荒く主張してくる。

 かわいいね。


 ロッテは右手でウルルの手をむんずと掴み、左手を俺に差し出す。


「わたしが、そこの駄狐のまりょくを調律ちょーりつする。わたしのちからは受け取って発信するちからだから無害にできるはず」


 そう言ってキリリと表情を引き締める。

 相変わらず小さい子が背伸びしているように見えてほほえましいが、本気らしい。


「だ、だが失敗したらお前にもダメージが……」

 

 ロッテが遮って叫んだ。


「わたしも! ともだちのたすけになりたい! だからおねがい、《《わたしをしんじて》》!」


 あぁ。


 あぁ。


 大きくなったね、ロッテ。

 もう、君は大人だ。


 自分の意志で自分の行動に責任を取れる、大人だ。



 頷いて、ロッテの手を取る。

 ほんのり汗ばんだ手の温かさを感じる。


 ウルルとのパスをつなぎ、金色の魔力をゆっくりと流す。


 金は灰銀に、つづいて白へ。


 静かに、穏やかに。









 そして。










 4人の魔王による2人の勇者を救うための儀式は、終わった。

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