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教導者、教育終了後捨てられる。  作者: みかんねこ
2章 隣を見よ、君は一人ではない
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第74話 教導者、吼える。

 スキルの発動と共に、濁流のような力がルー・ガルーから流れ込んでくる。

 それはまさに力の奔流、津波のようだった。


 単純な力というには余りにも激しく、暴力的だ。


 慌てて勢いを受け流し、殺して誘導し、経路に沿って流す。



 俺は今からこの力に向き合い、受け止め速度と量を調節してウルルに流し込まねばならない。


 そのまま素通しなぞしようものなら、きっとウルルの器が砕け散るだろう。


 勢いを殺し、そっと優しく流さねばならない。


 ただし、ウルルに残された時間はそれほど長くはない。

 手早く済ませねば身体が持たないだろう。



 つまり、ウルルの器が砕けぬよう常に流れを調節しつつ、それでいてなるべく素早く移す必要がある。


 正直やってられるかと言いたくなるが、もちろん投げ出すわけにはいかない。

 望んで進んだ地獄だ、退くことは許されない。



 また、力を流すための経路の維持にも心砕かねばならない。


 俺の魔力に直接触れぬよう経路を作って、流れを全てを調整しているのだ。

 勢いがつきすぎたら経路を伸ばし、足りなくなったらショートカットを作り常に流れる量を一定にする。


 酷く繊細で気を使う作業だ。

 治水工事と同じように、失敗すると下流ウルルが壊滅する。


 ちなみに制御に失敗すると、俺も死ぬ。

 身体の中を勇者のエネルギーが暴れまわって死ぬ。

 多分、爆発四散して死ぬ。


 量から考えるとこの町全部更地になるんじゃないかな、あはは。



 この作業を例えるなら、頭に水の入ったカップを乗せてこぼさないように細い丸太橋を全力疾走しつつ写本するくらいの難度か?


 ……意外と出来そうだな。



 現実逃避しているが、正直現時点でかなりいっぱいいっぱいだ。

 思考分割して行っている演算能力をフル回転しているが、全く余裕がない。


 一部を負担してくれていたロッテは開始10秒で目を回して倒れてしまった、すまんな。


 まだ始まったばかりなのに、すでに見通しが暗い。


 クソッ! クソッ! クソッ! デカい口叩いてこれかッ!


 ジワリと焦りが滲みだす。







「全く、そういう事をやるのなら、先に相談してくださいまし!」


 ふわりと後ろから腕を回される。


「アリス!?」

 先ほどまで驚きの表情を浮かべて立ち尽くしていたアリスが、後ろから覆いかぶさるように寄り添ってくる。


「旦那様の事です、これが最善と思ってやったのでしょう? それならわたくしは止めません。止める事なんてできるものですか! でも、一言相談は欲しかったですわよ」


 そう言って演算の一部を肩代わりしてくれる。

 一気に処理が楽になる。


「すまん、だがお前ならわかってくれると思っていた」

「それは甘えというものですわよ! 旦那様はいつも言っているではないですか、言葉にしないと言いたいことは伝わらない、と」


 言葉では俺を責めつつも、どこか嬉しそうに耳元で呟く。


「そう、だな。その通りだ、アリス」

 言われた言葉を噛み締める。


 また先走ってしまった。


「ですけれど、覚悟を決めた旦那様はとても、とてもとても素敵でしたわよ? だから、今回は許してさしあげます」


 あぁ、きっと彼女は微笑んでいるのだろう。

 その顔を見れないことが、とても残念だ。


 それはきっとあの日見た、ほれぼれするような美しい微笑みに違いない。



 


 「しかし、お前が使っていた時はここまで制御か難しそうには見えなかったんだが、ほかに何かコツでもあるのか?」

 せっかくなので経験者に聞いてみる。

 なにかヒントでもあるかもしれない。


「準備をしているかしていないかの差ですわよ。わたくしがどれだけ丁寧に準備をしたと思っているんですの? 受ける側の器の強化や、わたくしの魔力を馴染ませ精神をリラックスさせる……そして、わたくしと旦那様の二人で心を通わせたうえでの行使でしたもの。今回とは比べる事がおこがましいレベルですわよ」

 ふんす、と鼻息荒くお説教されてしまった。


 まったくもって、ぐうの音も出ないとはこのことか。




 その後はしばらく順調に進み、そろそろ折り返しになろうとするタイミングでアリスが声を上げる。

「さぁ、旦那様。これからが本番ですわよ!」


 ぐっと負荷が上がる。


「んなァ!?」

 半分を超えた瞬間、いきなり流れが悪くなった!

 流れを維持する難度がいきなり跳ね上がる。


「単純な問題ですわよ! 多い方から少ない方に流すのは比較的簡単です、ですが少ない方から多い方に移すのは一筋縄ではいかないのです!」


 そういう事かッ!

 言われれば理解できるが、想定すらしていなかった。


 こういう事があるから、知識だけで物事を成すことは難しいのだ。


 アリスがこの場にいなかったらと思うとぞっとする。

 きっと原因の追究に時間を取られて、さらに厳しくなっただろう。



 力を引っ張り込む為の更なる要素が追加され、全体のバランスを取ることが更に困難になる中、必死に食らいついて経路の維持に全力を注ぐ。



 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!

 そう簡単にいかないとは思っていたが、ここまでとは!


 歯を食いしばり、演算を続けて魔力を引っ張り出す。


 このままでは魔力が、魔力が絶対的に足らない!

 ギリギリと奥歯を鳴らす。


 誤魔化し誤魔化しやってきたが、それもそろそろ限界が近い!


 もう切り札は全部切ってしまった。

 ウリエルが残してくれた力も、あと僅かだ。


 背中に感じるアリスの身体からも魔力がほぼ感じられず、彼女も限界まで使い切っていることが分かる。

 きっと耐えがたいほどの倦怠感に襲われている事だろう。


 俺はこの感覚に陥ることはしょっちゅうあったので、結構慣れているがそれでもキツイ。

 奥歯に仕込んだとっておきの魔力回復薬で戻る魔力も、焼け石に水だ。

 この儀式、俺が魔王だからこそ維持できているが、人間がやろうとしたら数秒経たないうちに干からびるであろう。


 もちろんジズの結界に満ちた魔力も常に吸収しているが、まるでまるでまるで、足りない!


 ウルルは多少顔色が良くなったようだが、まだとてもではないが動けない。


 力を抜き取られているルー・ガルーはぐったりとしているため、助力を求める事は難しいだろう。


 ロッテは床に転がっている。




 まずいまずいまずいまずい!


 あと数分もしないうちに、魔力が尽きる!!


 尽きてしまう!


 たらりと鼻から血が垂れる。

 毛細血管が切れたのだろう。

 グイッと拭い、考える。



 ここまでなのか!?

 あと残り僅かで力尽きるのか!?


 ようやく終わりが見えてきたというのにか!?



 ギリギリと歯を食いしばる。

 奥歯が砕けたようで、血の味が混じる。



 助ける事は出来ないというのか!?


「旦那様! 今なら、今ならまだ退けます! 決断を! それ以上進むと、貴方が、貴方自身がすり減ってしまう!」

 アリスが悲痛な声を上げるのが聞こえる。



 認めるものか!


 認められるものか!!



「があああァああぁぁぁあああァァあああああッ!!!!!!! ふざけるなッ! こんな理不尽、神が許しても! 俺が許さねええェ! ゆるして、たまるかあああああああァああぁぁぁあああァァああぁぁッ!」


 叫び、吼え、魔力を捻りだす。


 俺の指先から解け、魔力に変換されてゆく。


 きらきら、きらきらととけてゆく。


 おれが、とけてゆく。



 足掻いてやるッ!


 最後の……最期の瞬間まで、俺は、俺はッ! 絶対に諦めんぞッ!!!!!!!








 しゃらん。





 鈴の音が聞こえる。











「くふふふふふ、心に響く良い啖呵よのォ!! さすが、《《わらわ》》が見込んだ男よ」









 しゃらん。










 《《膨大な金の魔力が流れ込んでくる》》。



「面白いことをしておるの? わらわもひとつ、混ぜてくりゃれ?」


 妲己(金の魔王)が、とろける様な微笑みを浮かべて顕現した。

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