第70話 教導者、人狼を狩る。
全力で踏み込み、ドラゴン殺しを薙ぐ。
地面が爆発するようにえぐれ、いきなりトップスピードに到達する。
石畳じゃなくてよかったわ。
狙いはヤツの足元!
人狼は相手がいきなり突っ込んでくるのが予想外だったようだが、足元狙いという事に気付き飛んで躱そうとする。
狙い通り!
「落とせッ!」
影の従者に言葉で指示を出す。
俺の突進に紛れて散開していた影の従者達が一斉に矢を放つ。
こいつら俺のコピーだから、俺が出来る事は大体できるんだよね。
ただの影の従者にはスキル使用までできないが、ちょちょっと俺の魔王スキルで手を加えてやればこんなもんよ。
めちゃめちゃ魔力食うけどな。
ドスドスドス!
「ギャン!?」
3本ほど人狼に当たるが、やはり貫くほどの威力は出ないか。
空中で姿勢を崩した人狼を追撃するべく、足を止めて斬り上げる!
だが紙一重で回避されてしまう。
なんで空中で姿勢を変えられるんだよッ!
内心で悪態をつきながら、斬り上げたドラゴン殺しを振り下ろす!
これも回避されるが、大量の土砂をまき散らして視線を遮ることに成功する。
その隙に少し距離を取り、影たちに指示を出す。
「放てッ!」
再び矢が射られる。
毛皮で受ければダメージにならない事を学んだ人狼は、目などの急所を護る様に腕で覆い動きを止める。
はッ! そこで足を止めるか!
団長殿は対人はあんまり得意ではないと見える!
貰った隙は生かさないとなァ!
指をパチンと鳴らし、光の檻を作り出して人狼を封じる。
最初の檻が幻術だったと経験している人狼は無視して進もうとするが、残念!今度は本物だ!
バヂィッ!
「ギャン!?」
触れると破邪の光を放つ特別製だぞ。
即興で作ったお前専用の魔法だ。
名付けて「人狼封じの檻」!
「そのまんまですわね」
うるさい。
時間を数秒稼ぎ、魔力を込めて地面に足で印を刻む。
触ると痛いと理解した人狼が、最初にやったように吼え声に魔力を乗せて散らすつもりにしたようだ。
まぁ、妥当な判断だ。
だからこそ、その対応策も立ててある。
「今だッ!」
腕を振って指示を出す。
影の従者の分を含む6発のスキルが飛ぶ。
スキル「儀形」「嗅覚殺し」!
仰々しい名前だが、鼻の良い魔物の嗅覚を潰す刺激臭のある粉をまき散らすだけのスキルだ。
喰らうと涙が止まらない上に、ひたすらむせる。
風下で使うと自分も巻き込まれます。
「ガァァァァァァァァ!?」
目と鼻を押さえ、大きく悲鳴を上げる人狼。
大きく息を吸い込んだところに、こんなもんをぶつけられたら辛かろうなァ!
光の檻を解除しつつ、指示を出す。
「影共、合わせろッ」
影の従者達は弓で、俺は懐から取り出した鉄針を投擲する!
スキル「儀形」「つらぬき丸」!
狙いは目!
キ キ キ キン!
苦し紛れに振り回された腕で大多数は弾かれるが、それは囮だ!
スキル「儀形」過負荷「無欠の投擲」
1本だけ紛れ込ませた銀製の針が狙い過たず、ヤツの右目に突き刺さる!
「ギャン!」
痛みに驚いて、目を押さえて飛び退って距離を取ろうとする人狼。
チャンスと見て追撃をかけるが、避けられてしまう。
嗅覚と視覚にダメージを与えたはずだが、聴覚でこちらの位置を正確に把握しているようだ。
これだから獣はタチが悪い、どれかが無事なら戦闘能力が残るからな!
それなら、残った聴覚も狂わせてやるよ。
スキル「儀形」「拍手」!
パァン!と手を叩く音が明後日の方向から聞こえ、人狼の注意がそちらに向かう。
よし、通じる!
ならば!
スキル「儀形」過負荷「大喝采」!!
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
四方八方から万雷の拍手が鳴り響く!
人狼は驚愕し、逃げる気配すら見せ始めた。
この辺はまるっきり獣だな。
ははっ! 逃がすか!
スキル「儀形」過負荷「筋力倍化」!
「おらぁ!」
逃げ腰になった人狼に対して、ドラゴン殺しを力任せにぶん投げる!
ジークんときみたいな甘っちょろい速度じゃねーぞ!
殺す気でやらないと足止めも出来ないと考えた俺は、手加減無しでぶっ放した。
「ッガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
避けきれないと判断した人狼が、魔力を爪に集中させて切り払う!
キィン!
「マジかッ!?」
澄んだ音を立てて、ふたつに切り裂かれて明後日の方向に飛んでいくドラゴン殺し。
あぁぁぁぁぁ! 俺の自慢の逸品がぁぁぁっぁぁぁぁ!?
頑丈さに全振りしたアレを切り裂くとか、ちょっとシャレにならんわ!
筋力倍化が切れた虚脱感に抗って、態勢を整える。
自然と仕切り直す形になり、最初と位置を入れ替えて対峙する事となった。
俺の奇襲による動揺がようやく収まった人狼が、残った左目で油断なくこちらを見つめる。
参ったな、冷静になられると困るんだよなあ。
動揺しているうちに大したダメージが与えられなかったことが悔やまれる。
もうちょっと行けると思ったんだが。
内心焦りつつ、更に足元に魔力を込めて印を刻む。
とりあえず下準備には気付かれていない……か?
見つめ合っても状況は変わらない、再び攻勢をかける!
守ったら負ける、攻めろ!
「俺が突っ込む! 援護しろッ」
影に援護を命じて、姿勢を低くして走る。
影の従者が牽制の為の魔法と矢を放つ。
人狼は面倒くさそうに腕を振るい、矢と魔法を振り払う。
もう牽制にもならんか。
俺は地面すれすれのまで頭の位置を低くしたまま、鞄から鎖鎌を取り出す。
この武器でどうにかできるとは思わんが、必要な一手だ。
「シィッ!」
短く息を吐いて、人狼の頭部へ目掛けて分銅を投擲する!
「グルルルルルルルッ!」
だが人狼はその優れた動体視力で軌道を見切り、分銅をことなげにもなく受け止めてしまう。
ニヤリと嗤った人狼の顔を見て、意外と表情豊かなんだなあと場違いなことを考える。
だけど、受け止められるなんて想定内だよ。
スキル「儀形」「電撃」!
受け止められた瞬間、鎖鎌から手を離して雷撃をぶち込む。
「ギャン!」
甲高い悲鳴を上げる。
魔法抵抗は高いようだが、単純なエネルギー攻撃はそこそこ通るか。
更に地面に印を刻みつつ、退く。
そういった割と不毛な攻防を数度繰り返し、影の従者とスイッチして後ろに引いて、状況を確認する。
……一方的に攻めているように見えるが、やはり火力が足りんな。
痛みは与えているが、ダメージというほどではない。
逆にあちらの攻撃は全てが一撃必殺だ。
何度か直撃をうけた影を出しなおしているが、このままだとジリ貧になる。
唯一手ごたえがあった銀の針も、すでに目から抜け落ちて傷がふさがりつつある。
半端じゃない再生能力だ。
満月の光でほぼ無限の体力の人狼相手とか、どんな罰ゲームだよ。
元々分かっていたが、こりゃ長期戦は無理ですわ。
今は何とかしのげているが、近いうちに破綻するだろう。
ぼちぼち5分は経っているはずだが……。
ちらりとアリスたちの方を見ると、アリスが微笑んで頷いた。
ロッテもしゃっきりしてこっちに手を振っている。
大技の許可が出た。
もう不毛な嫌がらせ攻撃しなくていいんですね!? やったー!
あとは奴の動きを止めて、デカい一撃をぶち込むのみ。
まぁ、それが難しいんだけど。
戦場を俯瞰する。
影の従者の位置も問題ない……いける!
右手の親指の腹を噛み切り、滲んだ血をもって左の掌に神聖文字を描く。
そしてその手を大地に着け、魔力を通す!
人狼が俺の動きに気付いて止めようとしてくるが、もう遅い!
俺は余りあんたの事が好きじゃないが、今回は頼らせてもらう。
《《神よ、供物を捧げる》》!
神聖文字で描かれた魔法陣が一帯に浮かび上がり、人狼を捉えた。
スキル「儀形」過負荷
「秘跡再現・人狼狩り」
時間稼ぎなのにこちらから攻めて動き回っていたのは、二人から引き離すためだけではなくこの秘跡の準備をするためであったのだ。
突如として5体の影の従者が、中空に現れた縄に首を吊られる。
サヨナラ! 影の従者サンはしめやかに爆散した。
本来は人間の生贄を捧げて発動する非人道的な秘跡だが、今回は影の従者で代用する。
そのぶん威力は随分落ちるだろうが、多少ダメージ与えるくらいならいけるはずだ。
何せ対人狼専用の秘跡だからな!
形式さえ整えれば発動してくれるのが、秘跡の良いところだ。
魔術は理解してないと発動すらままならない。
その分改良とかやり易いんだけどね。
こんな使い道が限られている秘跡を何で知っているかというと、さっきロッテから貰った知識に含まれていたのだ。
ロッテ、恐ろしい子!
カッ!
眩しき人狼狩りの力を秘めた神の怒りが、天より奴に降り注ぐ!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!?」
びりびりと空気が震え、神気ともいうべき力の残滓が撒き散らされる。
あんまり気持ちのいいもんじゃないな。
だが、通った!
今までにない手ごたえを感じる。
ただ、これで終わりではない。
これはあくまで一時的な足止め。
《《本命は次だ》》。
鞄から魔銀のインゴットを取り出し、「儀形」「錬金術・形成」で鎖に加工する。
そしてスキル「儀形」過負荷「概念付与・狼狩」を乗っけて強化する。
よし、ぶっつけ本番だが上手くいった、一度くらいの使用には耐えるだろう。
じゃらりと音を立てて、対人狼の魔力の籠った魔銀の鎖を構える。
天罰の落ちた場所から少し煤けた人狼が動き出し、怒りの咆哮をまき散らしながらこちらに突進してくる!!
あー、あれだけやってもその程度かァ……。
呆れた頑丈さだ。
だが、間に合った。
紙一重だが、今なら奴の首に手が届く!
鎖を振り回し、最後の一手を放つ。
スキル「儀形」過負荷
「神狼縛りの魔法の紐」!!
久しぶりの簡単な用語説明(存在を忘れてた)
なんとなくで作ってるからそういうもんなんだな、くらいの気持ちで読んでね!
・影の従者
「黒魔導士」のスキル。使用した魔力に応じて影の従者を呼びだす。
使用者の能力を参照したステータスで出てくるため、だいたいひ弱なのが出てくる。
黒魔導士は後衛だからね、しょうがないね。
・影の従者・小隊
影の従者をヴァイスが改良したもの。
消費魔力が跳ね上がったが、本人と遜色のない影の従者が出てくる。
領域展開で使ったやつのデチューン版。
・嗅覚殺し
「斥候」のスキル。
唐辛子とか胡椒とかそういった刺激物を再現した魔力をぶちまける。
普通に準備したほうが使いやすくね?というわけで不人気。
スキルだと魔力を込める→狙いをつけるで2アクションになるからね。
・つらぬき丸
色々なジョブで使える。刃物とかの鋭さを増す。
包丁も砥げる。
・無欠の投擲
上級職「魔弾の射手」のスキル。
狙ったとこに必ず突き刺さる。
途中で撃ち落とされたらダメ。
対応できるのが10gまでだから思ったより使いにくい。
・拍手
「斥候」のスキル。
注意を逸らしたりで使い道は結構多い。
・大喝采
上級職「演者」のスキル。
誰もいなくても万雷の拍手が鳴り響く。
めちゃくちゃうるさい。
客が少なくても気分よく終われる。
・筋力倍化
上級職の近接ジョブのスキル。瞬間的に筋力を上げる。
下手な使い方をすると筋肉を傷める。
・秘跡再現・人狼狩り
とある村で起こった人狼による事件を秘跡として再現したもの。
吊られた人数が多いほど、人狼に対する大きな天罰が下る。
人狼にしか効かない。
あれです、「人狼ゲーム」です。
・錬金術・形成
「錬金術師」のスキル。
適切に処理されたインゴットを使って望む形に形成できる。
使用者の「器用さ」とセンスでどれくらいまで作りこめるかが決まる。
鎖はかなり難度が高いが、直前に鎖鎌を触って鎖の感触などを確かめていた為、問題なく作成できた。
これとは関係ないが、今回ヴァイスが使う武器がどれもこれも暗器なのはなんでだ。
・概念付与・狼狩
「付与術師」のスキル。
狼絶対許さねえという概念を付与する。
狼に対して補正がつく。
普通こんなスキルは覚えない。
・神狼縛りの魔法の紐
上級職「縄師」の決戦スキル。
狼以外にも使えるが、狼に対しては絶対的な補正がつく。
なんでそんなに狼に対して殺意が高いのか。