第69話 教導者、笑う。
文字通りロッテの元に飛んで来たら、でっけえ狼と対峙してた。
なんだあれ。
俺たちはロッテの覚醒の被害を防ぐために飛んできたんだけど、別の危機に瀕しておられる!
意味が分からない。
まぁ、わからんのはその場にいた全員だったらしく、致命的な隙にはならなかった。
いち早く動いたのはアリスだった。
呆然としているロッテに飛びつき、距離を取ったのだ。
なんつーか意外としっかり母親してるんだよなあ。
ただ、その母性の発揮の仕方が野生動物のそれというか。
なんか違う気がするなァ!?
それを見て俺も頭を切り替え、謎の人狼の足止めを試みる。
あれの足止めは骨が折れそうだ。
幸いというか満月が昇っているため、一部の術が非常に使いやすくなっている。
ならば、この手に限るな。
指を一つ鳴らし、魔力を編む。
瞬間的に人狼を覆う形で光の檻を発生させた。
「!?」
戸惑う人狼。
ちなみに幻術です。
触れません、次の術までの時間稼ぎだ。
物理的な何かより、いかにも触ったら何かありそうだという光の檻という形に意味がある。
柵とかだと飛び越えられる可能性があるからな。
予想通り警戒して動けないようだ。
そのまま大人しくしていてくれたらいいんだが。
そのままの君で居て。
そうも言ってられないので、矢継ぎ早に次の手を打つ。
スキル「儀形」過負荷! 「影の従者」!
人影を模した数人の従者が現れる。
おお、満月の光でいつもより数が多い!
檻が幻術という事に気付いた人狼が腕を振るい、幻影を散らす。
うーん、毛皮に魔力が満ちてるな、ただの人狼じゃねーぞありゃあ。
あの一撃には魔剣と同様の力が込められていると見た。
ならば、生半可な防御は意味を成さないな。
「足止めに徹しろ!」
指示を出す、影の従者はしばらく持ってくれればいい。
アリスとロッテに近寄り、声を掛ける。
「どうだ? 大丈夫そうか?」
「ん、んッ! 空間跳躍でごっそり持っていかれましたが、ロッテの分くらいは何とかなりそうです……─────」
今まで見たことがない苦しそうな表情でアリスが答える。
額に玉のような汗を浮かべている。
やはり「神出鬼没」はまだ構成が甘かったか、とてもじゃないけど常用は無理だな。
あれが普段使いできればできる事の幅がぐっと広がるんだが。
……今度、妲己にコツとか聞いてみるか。
十中八九、抽象的な返事が返ってくる気がするが。
なんだかぐんにゃりしているロッテの口にアリスが指を突っ込んでいる。
経口で魔力を生命力に変換して与えるとか、器用な事してんな。
「最近一人で出かけて溜め込んでた魔力が、これですっかり空っぽですわ……」
残念そうにそんなことを言い出す。
たまに見ないと思ったら、そんなことしてたのね……。
(魔力の)稼ぎが悪くて不甲斐ない旦那ですまん。
「好きでやってるから良いのです。この子の生命の収奪も授乳みたいなものですわ!」
しんどそうだが、妙に嬉しそうにそんなこと言われる。
そういうものなの?
でも、今回の騒ぎが収まったらしっかり労ってやらんとな。
おんぶにだっこだと支え合うパートナーとは言えない。
「わたくしが良いと言ってるのに相変わらずクソ真面目ですわね。でもねぎらいと感謝の言葉はいつでもウェルカムですわ!」
苦しそうにしながらも、笑顔を見せるアリス。
俺はいつだって感謝しているよ。
お前が居なければ、俺はここに居なかった。
「それでいいのです、いつまでもその気持ちを忘れないでくださいね」
もちろんだ。
この命続く限り。
ちらりと影の従者が抑え込んでいる人狼の方を見る。
ちくちく牽制して囲む影の従者が鬱陶しいようで、薙ぎ払う構えを見せている。
時間稼ぎももう終わりか。
「ロッテ、苦しかったら答えなくていいが、あの人狼はなんだ?」
ロッテがちうちうとアリスの指をしゃぶりながら眉間に皺を寄せて、何とも言えない表情をする。
そんな体勢してるとマジで幼女だな。
そんなことを考えていると、ロッテはなんかむっとした表情をした後、指をわきわきして俺の顔を見る。
「やー!」
ぺちり。
ガッと俺の額に掌底をかましてきた。
!? 反抗期か!?
途端に流れ込む《《知らない記憶》》。
ロッテがクランハウスから連れ出された一部始終を理解する。
「……! これは!?」
「せつめい、しづらいから……」
呻くように答えるロッテ。
自分の記憶や知識を人に直接流し込む力、か。
なんとまあジョブと噛合った力を得たものよ。
全自動書記能力(書類作成・要約機能付き)が更に意思伝達機能付きに進化したというのか!
「それはあんまりですわよ、旦那様」
オオオオオオオオオオオォォォン!
人狼……ルー・ガルーが、吼える。
魔力を乗せた吼え声により、影の従者が掻き消える。
意外と持ったな。
二人を背にルー・ガルーに向き直る。
家族は守らねばなるまい。
元々の身長は俺より低かったはずだが、今は見上げるほどの大きさだ。
月の光に照らされたその姿は美しさと神々しさ、そして禍々しさを備えている。
ロッテは月の人狼と評していたが、まさにその通りだと感じる。
「ルー・ガルー、これがお前のやりたかったことか?」
グルルルルルルル……
低く唸り、俺に向けて警戒している。
その瞳に理性は感じられない。
狂化による強化か。
身体能力が跳ね上がるが、理性がなくなる質の悪い強化術だ。
こうなると意思の疎通は難しい。
ロッテからの情報を繋ぎ合わせると、ウルルを助けるために秘跡とやらに真の勇者の力が必要で、最後の一押しを得るためにロッテを狙ったという事か。
何という短慮だ。
それだけ追い詰められていたという事か……。
事前に相談していてくれれば、何らかの手は打てたかもしれないが、後の祭りだ。
ウルルの状態についてもロッテから受け取っている。
話してくれていたら、と思わなくもないが友達の情報をほいほい漏らしたくないという気持ちも分かるしな。
いや全ての原因は、枢機卿とやらの介入か。
頭が痛い。
教会という組織が清廉潔白とは思っていなかったが、それでも思ったより根が深いらしい。
案外、白の聖女とやらの大儀も的外れなものではないのかもしれないな。
なんにせよ、今やることは一つだ。
ルー・ガルーを、止める。
彼女をここで止めねば。
俺が敗北するようなことがあれば、枢機卿とやらの思惑通りになってしまう。
それは避けねばならない。
しかし、早くて近接攻撃に全振りの人狼か。
捉えられるか怪しいな。
ならば、動きを止めて最大火力をぶち込むしかないな。
「アリス、魔力を……─────」
「あ、旦那様。大技はロッテが安定するまで止めてくださいまし。あと、授乳中なんで魔力回せませんから今回は自分で何とかしてください」
ぴしゃりと断られる。
そうでしたね。
はい……自分で何とかします……。
授乳中って言葉気に入ったんだね。
「安定するまでどれくらい?」
「あと5分もあれば大丈夫ですわよ」
5分かー。
全身強化されまくった人狼相手に5分かー。
俺はそこまで接近戦に強いタイプではない。
ジークみたいにこっちを舐めてる相手ならともかく、野生動物相手では素の能力ではあまり自信がない。
正直、キツい。
だけど、やるしかねぇよな。
嫁も娘も見てるんだ、格好悪いところは見せられない。
切り札を切るには、いい頃合いだ。
そういうわけで、魔王「鉄鼠」さらばだ。
全部は奪えなかったが、お前の魔力有効活用させてもらうぜ。
『ヂュッ!?』
なんか聞こえた気がしたが、飴玉のように魂の器の中で転がしていた魔王の魂を嚙み砕く。
『ギッ!?』
断末魔の幻聴が聞こえる。
全身から膨大な黒色の魔力が溢れ出る。
一時的なドーピングだが、とりあえず乗り切るには十分だろう。
スキル「儀形」過負荷!「潜在発揮」!
全身の筋肉が魔力の補助を得て、膨れ上がる。
スキル「儀形」過負荷!「反応強化」!
視界が広がり、空間把握能力が補完される。
スキル「儀形」過負荷!「影の従者・小隊」!
影の従者が5名、闇よりにじみ出るように現れる。
よし、やるか。
ここまで大盤振る舞いでスキルを使って戦うのは初めてだが……。
少しだけ、楽しみだ。
「待たせたな、人狼。殺し合いの時間だ」
鞄から「ドラゴン殺し」の長大な刃を引っ張り出しながら、俺は笑った