第68話 司書と団長。
さて。
どうしようか。
トチ狂った教会騎士団の団長を連れて、町はずれの広場へ向かう。
『この子はどこまで分かっているのだろうか』
だいたい全部。
『殺される事が怖くないのか?』
んなわけねーだろ。
アホかこいつは。
団長の心の声が聞こえてくる。
そう、髪と瞳の色が変わった辺りから読もうと思ったら、心が読めるようになったのだ。
これが私の魔王としての力なのか。
いうなれば読心の魔王。
ショボすぎる。
でもまぁ、今は役に立っているからヨシ!
このまま連れていったら、そこであっさり殺されるのだろうか。
いや、そこまで割り切れてるなら顔見せた瞬間やられてたな。
それなら、やりようはいくらでもあるだろう。
精神よわよわエルフなんぞ物の数ではない。
「とうちゃく」
私が一人でぼんやり考え事をしたい時にくる場所である。
そこそこの広さがあり、端に古ぼけたレンガや資材が積んである。
どこかの建設業者が資材置き場にしていたが、忘れ去られた場所と私は予想している。
夕暮れでうら寂しい雰囲気が漂っているが、いつもこんなものだ。
たまにゴーストが湧く。
出たら即祓ってるが。
あれは別に怖くない、突然部屋に沸く黒い虫の方が100倍怖い。
何なのあいつら。
手を離し、少し距離を取って向き直る。
私が妙に落ち着いていることに対して、警戒しているようだ。
こんなかわいい幼女に対して何でそんなに警戒しているのか。
そんなんだから復讐とかいう非生産的な考えに捕らわれるのだ。
先生は復讐はやってもいいと言っていたが、私は否定派だ。
時間の無駄である。
もののついでにできるのならやってもいいと思うが、そんな時間があったら私は本でも読んだ方が良い。
復讐に走る人間は何人か見たことがあるが、揃いも揃って不幸になろうとしているだけにしか見えなかった。
私が復讐したいような出来事に遭遇していないだけと言われたらそうかもしれないが、それはその時考えればいいことだ。
もしかしたらコロッと復讐しかない!とか言い出すかもしれない。
でも第三者からの意見を言わせてもらうと、無駄だからやめたほうが良いよ、この一言に尽きる。
さっき団長の手を握っている時、結構深いところまで読んだけどあんまり感想は変わらない。
大変でしたね、くらいは言ってあげてもいい。
伴侶と子供を誰かに殺されました。
悲劇だとは思う。
それはとても悲しいことだ。
でも、この世に同じ目に遭っている人がどれだけいると思っているのか?
悪いがその程度の悲劇、この時代どこにでも転がっている。
私の過去もかなりの物だと思うし、下手したらスラムにいる少女の方が団長さんよりもっと悲惨な目に遭っている。
悲しむのは良い。
その悲しみはあなただけのものだ。
大事にするといい。
だが、それを人に押し付けるな。
人を、悲劇に巻き込むな。
それは、次の悲劇を産むだけだ。
「で、ようけんはなんでしょうか?」
団長が俯いて何も言わないので、私から問いかける。
面倒くさい女だ。
「……ウルルが、危ないんだ」
「あ、それはほんとうなんですね」
口実だけではなかったんだな。
まぁ、そうじゃなきゃこの深刻な表情は生まれないよね。
心配だ。
顔を出したら迷惑かな?
お見舞いに行きたいな。
でも、この場をうまく切り抜けてからだ。
「君は、ウルルの症状についてどれくらい聞いている?」
団長が探る様に問うてくる。
「だいたい、ぜんぶ。歳のこととかも、ひととおり」
正直に答える。
正反対だが、似た悩みを抱えるもの同士だったから仲良くなったのだ。
「そうか……信頼されていたんだね。そうか……」
静かに頷く団長。
言いたいことははよ言え。
話進めないなら帰っていいかな……。
背を向けたらズバーってやられそう。
思考を読み取るが、なんて言うかごちゃごちゃ細かいことを考えすぎていてイライラする。
いや、勝手に読んで文句言うのはお門違いなんだろうけど。
なんていうかこの人、視野が滅茶苦茶狭い。
「ウルルがな、危ないんだ」
うん、それはさっき聞いた。
「……助けるには、この秘跡を執り行う必要があるんだ」
そう言って鞄から1本のスクロールを出してくる。
なにそれ、興味ぶかぁい!
「どんなひせき?」
場違いながらワクワクしながら尋ねる。
これは私の性分だ。
たぶん先生もワクワクすると思う。
「神縛りの儀。悪神の権能を封じたと言われる神話に謳われた秘跡だ」
おったまげた。
「ほんとうにあったんだ……まゆつばだとおもってたけど」
正直かなり驚いた。
神話に謳われるような出来事は、後世に作られたものが多いからね。
たまに本物があるのは知ってたが、だいたい捏造だ。
「使うには……真の勇者が必要になるんだ。だから……────」
なおも続けようとする言葉を遮り、疑問をぶつける。
「でも、そんなものをもちだすほどなの? ほかのしゅだんはなかったの? あらゆるしゅだんをけんとうした? せんせいとかアリスさまにそうだんはしたの?」
どうにも腑に落ちないのだ。
「試したさ! 封印のスキルを持つものに試してもらった! だけど、勇者スキルは封じれないって……。彼らに相談はできなかった……私の事情だったから……」
その結果、滅茶苦茶巻き込まれてるんですけどぉー。
下手なプライドは捨てろよ!
「ほかには? それがだめだからといって、いきなり神話にでてくるようなしゅだんをもちだすのはおかしいよ」
原因を封じてしまえばという発想は分かる。
だが、野菜を切るのに斧を持ち出すような、そんなちぐはぐさを感じるのだ。
「え?」
考えもしなかったという反応だ。
まさかこいつ、それで諦めたのか。
「ゆうしゃスキルをふうじることができない、それはわかった。じゃあだいしょうをおさえるほうほうとか、症状をかんわするほうこうのアプローチとかはしなかったの?」
いきなりおとぎ話に出てくるような話にすがろうとするやつは、《《考え無しのアホ》》だと思う。
「……え……あれ……?」
額に手をやり、狼狽える団長。
思考を読む。
混乱している思考の中に、一つだけ小動もしない部分がある。
異質。
確定だ。
こいつ、《《思考をいじられている》》。
しかもかなり念入りに、時間をかけて。
おそらく言葉と魔術、両方で。
そりゃ視野も狭くなるよね。
そういう風にされているんだから。
むしろここまで雁字搦めで良くやってたほうだと思う。
私の友達の母親に、なんてことしやがるんだ。
見た目が美しい分、哀れだ。
怒りと憐れみをもって、尋ねる。
「ねぇ、団長さん。《《その方法をすすめてきたのは、だれ》》?」
思考を読む。
こんな真似をする奴は、どうせろくでもない奴に違いない。
知っておかねばならない。
知らしめなくてはならない。
そいつは間違いなく、《《私の敵だ》》。
私の誰何の言葉を聞いた瞬間、団長さんから表情がストンと抜け落ちる。
は!? 何事!?
ザザザザッ!
団長さんの思考にノイズが走る。
一人の男の顔が浮かぶ、温和そうな糸目の男だ。
『おやおやおやおやおや? こちらを探るものがいるようですね?』
……!? これは……記憶の追体験!?
しまった、なにかのトラップに引っかかったか!
『ルー・ガルー団長。排除です、全力をもって神敵を排除するのです』
ザザッ…… ブツン
「……はい……排除します……」
団長さんが、ゆらりと顔を上げる。
怒りも悲しみも、何もない無表情。
なんてことを。
人の心は、玩具じゃないんだぞ!
好き勝手しやがって!!!!
地団太を踏む。
私は何もできない!
止める事も、殺すことも、逃げる事も!
私の無力な怒りを他所に、団長さんが動いた。
我/私は森の獣/民。
静かに日々を暮らし、生きるもの
獣として生まれ、人に交じりて生きる
寂しき日々は月に吠え、星を友とする
我らが縄張りは不可侵、聖域なり
我らが王国を決して侵すべからず
月の光満ちし我らが王国は、常に夜なり
魔王ロボ/勇者ブランカ 融合スキル「月夜に吼える」
完全開放。
バキバキボキゴキ
エルフの女が人体からしてはいけない音を鳴らしながら、変異する。
僅か数秒の内に、私の目の前に輝く毛並みを持つ月の人狼が現れた。
咆哮。
聞き取れない吼え声が世界に響く。
世界を書き換える音だ。
そして、満月が輝く戦慄の夜が訪れた。
全身が震えて動かない。
これは、無理だ。
助からない。
もっと甘えとけばよかった。
痛いのは嫌だなあ。
思い出すのは、楽しい日々。
私の物語はここまでのようです。
ありがとうございました。
力を抜く。
「ロッテ! 無事か!?」