第64話 教導者、怪しむ。
「折角来たんだから、《《聖地》》を案内するよ!」
キマった笑顔で俺の袖をグイグイ引っ張るおっさん。
やめろ! 放せ!
振り払って刺激するとどんな行動するか分からなくて怖いので、おとなしくついて行く。
村の人たちはそんな俺達をニコニコしながら見ている。
なお、目は全く笑っていない模様。
やべえよ、やべえよ……。
「はい、ここは白の聖女様が1,000人の山賊を改心させた広場だよ!」
なんもない広場を指さすおっさん。
多分ここは、狩猟で獲ってきた獲物を捌く場所では……?
「……どう見ても1,000人も入らなくない?」
100人がようやく入れるかどうかどうかの広さだぞ。
「……そこは白の聖女様のお力によるものさ!!」
思考放棄しておられる。
「なんか1年後に聞いたら1万人、10年後に聞いたら10万人そして100年経ったら100万人とかになってそうですわね……」
歴史の数字は盛るからなあ……。
「次はこっちだ!」
や、やめろ! 伸びるから服を引っ張るな!
「ここが白の聖女様が奇跡を起こして子供の病気を治した場所さ!」
普通の民家だ。
入口から住んでると思われる人が訝し気にこちらを見ている。
気まずい。
おや、子供がいる。
あの子が治してもらった子かな?
手を振るとさっと姿を隠してしまった。
「住んでる人たちはめちゃくちゃ迷惑ですわよね」
確かに。
「次は白の聖女様が塩を大量に生み出した場所だよ!」
引っ張られる前について行く。
おっさん、残念そうな顔するな!
案内されたのは、見覚えのある100人くらい入れそうな広場だった。
「最初の広場じゃねーか!? 聖地被ってるじゃん!」
「うむ、2倍尊いのだ」
うんうんと満足げに頷くおっさん。
駄目だ! 話が通じない!
精神操作とかそういう問題じゃないレベルで、このおっさんは変な奴だ!
「聖地って言っとけばありがたい物って思ってそうですわね」
辛辣!
「次は……」
「あ、あの! 村長さんにご挨拶しようと思うんですけど!」
埒が明かないのでインターセプトする。
このままだと夜まで村をうろつくことになる。
「そうか、じゃあ案内しよう」
割り込んだ俺に嫌な顔をするでもなく、素直にそう答えてくれた。
「ありがとうございます……」
変な人だけど、多分良い人ではあるんだよなあ……。
しかし、俺はなんて無駄な時間を……。
「無駄に付き合いがいいからですわよ」
うるさいよ。
連れていかれたのはそこそこ大きな家だった。
屋敷というには小さいが、作り自体はしっかりしている。
連れてきてくれた変なおっさんは村長の知り合いだったらしく、あっさり面会が叶った。
ありがとう変なおっさん。
「村長! 白の聖女様に並々ならぬ興味をお持ちの客人だぞ!」
おっさんが入口で、でかい声を上げる。
違う。
いや、合ってるけど意味合いがちょっと違う。
「……ほう? 見ない顔ですなぁ、歓迎しますよ」
ニコニコしながら老境に差し掛かろうとしている男性が出てきた。
……この人も、目が笑ってないな。
笑顔だが警戒心を感じる。
よそ者見たら警戒するよね、わかる。
ただ、警戒の質が少し違う気がするんだよな。
「おやおや? 客人ですか」
家の奥からもう一人初老の男性が出てきた。
……佇まいが教会の神父っぽいが……身に着けている聖印が、違う?
マジかよ……。
神父って村の行事を取り仕切る人間だぞ?
村付きの神父が改宗してんのか、まさか。
「この人も精神操作、掛かってますわね」
ぼそりとアリスが呟く。
げぇっ。
神父の精神抵抗をブチ抜いてるのか。
よほど強力か、親しい人間の仕業だな。
「神父様……ですか?」
一応、確認を取る。
「ええ、元は教会で神父をやっておりましたが……訳あって白の聖女教団の司祭をやらせていただいております」
はにかむように微笑む神父、もとい司祭。
アウトー!
そのまさかだった!
あ゛ー(声にならない声)
やべえよやべえよ、ここを教会騎士団に知らせたら焼き討ちにあうよ!
異端審問官が激怒して飛んでくるよ!
なんで平気な顔で出てくるんだ!?
「それで、何の御用ですかな?」
動揺を隠しきれない俺を、油断なく笑顔で見ている村長から問われる。
なんでそんなに堂々としてんの!?
さっさと聞くこと聞いて逃げよう。
ちょっと予想外すぎる。
「実は私、人を探しておりまして」
「ほう、人を」
「ええ、歳の頃は私とあまり変わらない女性で」
「ほうほう、なんというお名前の方をお探しで?」
「モニカ、という白魔導士の女性です」
「………………ほう?」
無。
無である。
動揺も全く感じられない。
村長の表情は、一切変わらない。
神父……司祭も同じだ。
判断が難しい。
本当に知らないのか、抑え込んだ上でこうなのか。
普通の人がとっさの反応を抑え込める訳がないんだが、どうにも引っかかるんだよな。
「心拍数も変わりませんでしたわよ」
他人の心拍数すら聞き取れる化け物にもわからなかったらしい。
「殴りますわよ」
ごめんなさい。
「……立ち話もなんですし、こちらにどうぞ」
微妙な隔意を感じるものの、応接間に通される。
誘い込まれてる感じがする。
たぶんどうとでもなるけど、危機感だけは持っておこう。
先日の妲己みたいな事がないとは言えないしな。
「では俺は、聖地巡礼の続きに行ってくる!」
あ、変なおっさんまだ居たんだね、ありがとうね。
目は逝ってたけど、普通に良い人だった……。
しかし、困った。
決め手が、無い。
怪しいのは間違いないんだ。
どうも致命的なところは避けられている感じがする。
あれだけ警戒されてちゃ、情報を得るのも厳しそうだ……。
何処かで一旦引いて出直すことも検討しよう。
そこそこしっかりした作りの椅子をすすめられ、アリスと二人腰かける。
ふと見ると、部屋の片隅に変な木像がある。
何だありゃ。
「あぁ、あれは白の聖女様像です」
穏やかに笑みを浮かべながら、司祭が言う。
「えぇ……?」
思わず困惑の声を上げてしまう。
「例の彼女に似てますの?」
アリスが耳元でぼそりと尋ねてくる。
いや、あんな腕がいっぱいある目隠しをした、やたら乳のデカい知り合いはいない。
こんなの崇めてるの……?
エキセントリックすぎない?
「我ながら上手く作れました」
照れたように微笑む司祭。
作ったのお前かよ。
その時、奥から村長の奥さんらしき人がポットとカップを持ってきた。
「こんなものしかありませんが、召し上がってください」
「あ、ありがとうございます」
薄く茶色に濁ったお茶のようなものが四つのカップに注がれる。
香ばしい香りと湯気が上がっている。
こんな田舎で洒落た事してくるな。
「聖女様に教えて頂いたんです」
嬉しそうに微笑む奥さん。
んー、モニカもこう言うの好きではあったが、街に来てからは自分では殆どやってなかったんだよなぁ。
しかし、お茶か。
貴族だとカップに毒とかやってくるんだが、奥さんの挙動からもそれは無さそうだ。
毒物って分かっていると、人間どうしても無意識に忌避するからな。
これは、何かを煎じて煮出したお茶かな?
なんか色々混じった香りで、原料が特定できない。
田舎あるあるだな、よくわからんものを煮出してお茶にする。
マズくはないんだよな、俺は割と好き。
「どうぞどうぞ、田舎ゆえ大したものではありませんが」
ニコニコした村長に勧められ、こちらを安心させるように率先して口を付ける。
続いて司祭もゆっくり口につける。
「うむ、良い味だ」
んー、ここまでされたら飲まない訳にはいかないか。
一口、口に含む。
………まじかよ、狂ってんな。
心の中で呟く。
アリス、こいつら平然と毒を盛ってきたぞ。
自分達を犠牲にしても、逃す気は無いらしい。