第63話 教導者、村に向かう。
「あ、ケーキ無くなったからわらわは帰る! さらばじゃ!」
そう言うと、妲己はスキルでぱぱっと姿を消した。
あいつ意味ありげな事を言うだけ言って、ケーキ喰って帰って行きやがった!
やりたい放題すぎる!
しばし呆然としたが、諦めて白の聖女への対応をアリスと協議した。
まぁ、あいつの昔話聞いてもやるべき事は変わらんしな、そう無理矢理納得する。
でも次来た時、泣かす。
話し合いの結論としては、現地に確認に行く外ないという事になった。
向かう先は、最初の施しが行われたと思われる山村だ。
聖女と思しき人物と、接触した人間がいる可能性が高い方を選んだ。
噂を広げている存在も気になるが、本人が広げている可能性は低いと判断した。
いずれ人をやって調べるつもりだが、今は少しでも生きた情報を集めたい。
とにかく白の聖女がモニカかどうかの確認は必要だし、もし本人だった場合どういう意図で動いているのかを問いただす必要があるだろう。
場合によっては力づくでも止めるつもりだ。
ただ本当に白の聖女がモニカだったとしたら、あいつの性格上、周りに流されてやっているってのが正解な気がする。
自主的に白の聖女を名乗るような悪知恵と気概は、彼女には無いはずだ。
そこら辺の最低限のモラルはある、と信じたい。
……いや、モラルある人間が浮気とかするか?と言われるとちょっと困るけど。
まぁ、積極的に白の聖女を自称しているのならば、モニカではないと思う。
多分。
ちょっと自信無くなってきた。
いや、昔は優しくていい子だったんだよ?
それはともかく。
白の聖女を名乗るという事は、教会という組織に対する宣戦布告なのだ。
『お前らの組織は腐ってるから、正にいく』
こう言ってるに等しいのだから。
お願いだからモニカさん、それだけは勘弁してください。
ちょっと問題が大きくなりすぎる。
異端審問に掛けられちゃうよ。
あの場所をもう一度で一気に付近の町まで飛び、そこから目的の村を目指すことになった。
今更だけど、やっぱり便利だわ。
魔王になって魔力が増えて、魂の器に傷を入れることなく使えるとなると、これほど便利なスキルもないだろう。
他のスキルも使おうと思えば使えるのだが、魔王スキルで代替できるものが多いから、あの場所をもう一度みたいな特殊なものの方が使いやすい。
「便利なのはわかりますけれど、使い過ぎはダメですよ?」
スキルを使い過ぎて壊れる寸前だった俺の魂の器を見ているからだろうか、アリスが心配そうな顔で諫めてくる。
「普通に向かうとロッテの覚醒に間に合わなくなってしまうからな……許してくれ」
アリスの見立てだと満月の夜くらいらしいので、あと数日しか猶予はない。
覚醒の際には生命の収奪も起きると思うので、それを抑えるためにも傍についておかねばならない。
「そう、ですわね……。はやく確認して帰りましょう」
妲己の話を聞いてから、ずっと浮かない顔してるんだよなあ。
なんとか気晴らしでもしてやりたいが……。
考える事が、多すぎる。
悩むことが、多すぎる。
この癖は、魔王になった今も変わらんな。
きっと俺は死ぬまで考え、悩むのだろう。
目的の村に向かって山道を登っているのだが、予想外の状況に困惑している。
場所が場所だけに交通の便が悪く、気軽に向かう場所ではない。
だが、妙に向かっている人間が多いのだ。
しかも誰も彼も笑顔だ。
怖い。
声を掛ける事すら憚られる異様な雰囲気がある。
「……なんか起きてるのは確実ですわね」
アリスが軽くため息をつきながら小声で囁く。
「話しかけて情報を取るべきなんだろうけど……関わりたくねぇなぁ」
揃いも揃って白い服装なのが更に異様だ。
まぁ多分、白の聖女関係なんだろうけど。
そうは言っても話しかけるしかあるまい。
「あの、すいません。この先の村に向かってらっしゃるんですか?」
「そうだよ……君たちもかい?」
話しかけた初老の男性は笑顔で答えた後こちらの服装を目にして、笑みを消した。
こっわ。
「えっと、私達は人を探してまして……差し支えなければこの先の村に何があるのか教えてもらえませんか?」
とにかく下手に出て、害意はありませんよという意思を示して尋ねる。
「……ふむ。あの村はね、白の聖女様が初めに訪れた場所だよ」
「白の聖女……?」
何も知らないという体で聞き返す。
「おや、知らないのかい? 病気の子供を癒し、無法者たちを従え、困窮する村々に施しを与えている慈愛に満ちた白の聖女様を!」
あ、モニカじゃなさそうだな。
「そ、そうなんですね! 私たちはその噂をまだ耳にしておりませんでしたので……」
下手下手。
「それはいけないな! 私が教えてあげよう! あの方はな……」
超笑顔になるおっさん。
なんか勝手に情報をしゃべり始めたぞ。
ありがたいけど、ちょっとうざいな……。
その後、小一時間程道端で白の聖女の功績を語られた。
聞けば聞くほどモニカとは思えない。
山賊を改心させて連れ歩いている?
手をかざすだけで病気が治った?
何もないところから大量の塩を生み出した?
……う、胡散臭い……!
どうしようもないレベルで胡散臭い!
「伝説上の人物みたいですわね」
眉を顰めながらアリスが呟く。
「そうなんだよ! いや、俺も直接見たわけじゃないんだけどあの方は……──」
更にヒートアップするおっさん。
目が逝ってる。
「んー……ほんの僅かですけど、何か変な精神操作系の何かが掛かってますわね……」
小さくアリスが俺の耳元で囁く。
「は!?」
精神操作!?
まぁ、確かにこのおっさんの精神状態は尋常ではない。
でも、たまに素でこういう人いるからなあ!
やばいな、どんどん雲行きが怪しくなってきてる。
「それでな! 町で俺は出会ったんだよ、白の聖女様の《《使徒》》にさ!」
大興奮のおっさん。
「使徒……?」
ピクリと反応を返すアリス。
「……っと! ここが目的の村だよ!」
そこで喋りっぱなしだったおっさんが我に返り、道の先を示した。
「ようこそ、白の聖女様が最初に示した奇跡の地へ!」
視線の先にあるのは長閑な山村。
村人が歩いているし、子供が走っている姿も見える。
そこだけ言葉にすると普通だ。
ただ、《《全員が白いローブを身に纏っている事を除いて》》。
それを見て、思わず生唾を飲み込む。
何の変哲もない寂れた山村のはずだが、俺には得体のしれない獣の巣のように感じた。