第60話 教導者、悩み考える。
ルー・ガルーと気まずい別れをして、3日ほど経過した。
その間何をしていたかというと、集め終わった情報の精査やレポート作成をクランメンバーで手分けして行っていた。
この辺りは慣れた作業であり、手分けして進めればそれほど時間はかからなかった。
教会騎士団から派遣されてきたメリッサさんがなにやら目を丸くしていたが、出来たらこのメソッドを持ち帰って欲しいところだ。
別に独占しているわけではないのだが、どこも習得に及び腰なんだよな。
みんなできるようになろうぜ! 儲かるよ!
基本的な情報の収集が済んだら、今度は分析だ。
資料を読み込み、地図に情報を書き込み報告書の形にする。
意見を出し合い、集約し、ブラッシュアップしていく。
このあたりの作業は、司書であるロッテが大活躍だ。
まとめるのが数分だからな。
……ロッテ抜けた後は大変だろうなあ。
頑張れゴメス。
負けるなゴメス。
この作業を見ていたメリッサさんは白目を剝いていた。
「これ、無理! 絶対、無理!」
……この人大丈夫かな?
そう言った作業が大方終わり、ようやく一息つくことができた。
あとは領主のところで報告会を開くだけだ、質疑応答のパターンも詰めているので俺が居なくても大丈夫だろう。
そんな時間ができると、彼女の事がどうしても脳裏に浮かんでしまう。
あんまり深入りすべきじゃないとは思うんだけどなあ。
関わってしまったからには、気になるのが人間の性だ。
あの時、走り去ったルー・ガルーの異変に気付いたウルル嬢が、ちょっとふらつきながらも俺たちに事情を尋ねに来た。
ロッテと一緒に隠すことなくすべてを話すと、彼女は深いため息をついて、頭を下げた。
「んまァー、なんて言うかウチのボスがご迷惑をおかけしました……」
「いや、俺達も不用意だったわけだし……頭を上げてくれ、詫びを受けるわけにはいかないよ」
慌てて頭を上げるように伝える。
……初対面の時とは逆だな。
ウルル嬢は首を振ってきっぱりと答える。
「いーえ、今回の事はボスが自分の中で消化しないといけない事ですんで」
思ったよりしっかりしてるな、もう少し幼い印象があったが。
「でもまぁ多分ですけど、お兄さんに心を許した結果だと思うんですよねェー」
尻尾をぶらぶらを振る。
「心を……?」
多少は仲良くなった自覚はあったが。
「ボスはずーーーーーーっと気を張ってましたからねェー。だから、ボスの事許してほしいんです」
淡く微笑みながら、ウルル嬢が言う。
「今回の遠征はずっと楽しそうでしたからね、あの人。復活するまで時間はかかっちゃうかもしれませんけど、またボスと仲良くしてあげてくださいね? もちろんあたしも」
「もちろんだよ」
「あたりまえ」
ロッテと二人で顔を見合わせて微笑んで、そう答えた。
はぁー……。
陽が落ちて暗くなった執務室でクランマスターの椅子に座り、一人ため息をつく。
俺が悩んでも仕方ねぇんだがなあ。
ぼんやり宙を眺め、脱力する。
何とかしてやりたいってェのは傲慢か。
「なんじゃお主、溜息なんぞつきおって」
にゅっと空中から妲己が湧いてきた。
「ぬあああああああああああああああああああ!?」
椅子からびよーんと飛び跳ね、叫ぶ。
「ドやかましいわッ! 耳キーンてしたぞ!? 責任取れ、セキニン!」
どさくさに紛れてよくわからん要求をしてきやがる。
「いやだよ……絶対に嫌だよ……」
げんなりとしながら答える。
「冗談なのに、そんなに嫌そうにされると傷つくのぅ……」
しおしおと尻尾を萎れさせながら答える妲己。
でもお前、「わかった」って言ったら嬉々として責任取らせようとするだろ。
「それはそうと、戻ってきたって事は頼まれてた調べものは終わったのか?」
気を取り直して尋ねる。
こいつはルー・ガルーの仇についての情報を調べるために戻ったはずだが。
分かったなら早めに教えてやりたい、気がまぎれるだろうし。
妲己はにぱっと笑って、言った。
「ちょっと調べたけど、わからんかった!」
こいつ……!
「そもそも、わらわに調べ物をさせるのが間違いじゃ!」
開き直りやがった!
ダメ狐め!
「じゃから、近くを歩いとったホンゲなんとかって奴に調べるように命じた。近いうちに分かるじゃろ、多分」
そういってけらけら笑う。
「ホンゲなんとかって、お前がこの前10階級特進させた奴か」
10階級特進とかいう言葉のインパクトで印象に残ってた。
そんなに上げたらトップになっちゃわない?
「なんか副盟主扱いになっておったわ」
うわあ。
適当すぎないか、お前んとこ。
「副盟主なのに雑用やってんのか……」
「まぁ、わらわ付きの下僕みたいなもんらしい。泣いて喜んでおったぞ」
かわいそうに……。
ルー・ガルーもこいつくらい何も考えないで生きれたら、幸せなんだろうなあ。
何も考えてなさそうに笑う妲己を、生暖かい目で眺める。
「なんじゃ、わらわに見惚れておるのか? よいぞ、いくらでも眺めるがよい!」
急に変なポーズを取りだすアホ。
……見た目だけは本当にいいから、サマになってるのがなんか腹立つな。
ふと思いついたように周囲を見渡す妲己。
「ところで、銀色はおらんのか?」
あぁ、アリス探してたのか。
「さっき『何かがわたくしを呼んでいる気がします……!』とか言って厨房にふらふら歩いて行った」
なんかつまみ食いしてんだろ。
「……あやつも変わらんの」
呆れたようにつぶやく妲己。
ふむ。
「お前はあいつの事、昔から知ってるんだよな?」
いい機会だから聞いてみる。
アリスに聞いてもはぐらかされたんだよな。
妲己が、ニィと笑う。
「秘密じゃ」
アホの癖に……!
歯噛みする俺を見てニヤニヤしながら妲己が続ける。
「銀色本人に聞けばよいではないか? 嫁なんじゃろ?」
わかってて言ってるな、こいつ。
そんな俺を見て妲己はふふんと笑う。
「答えが返ってこないということは、まだ話す気がないということじゃよ。なぁに、わらわたちには時間はいくらでもある。焦る必要はないと思うぞ? 年長者からの助言じゃ」
「うーむ、お前に言われるとなんか無性に腹が立つな……」
「わらわの扱いひどくない!?」
最初からこんなもんでは?
俺は訝しんだ。
「でもまあ、元気が出たようじゃの」
はっとする。
こいつ、俺のために……?
パチンと音を立てて扇子を閉じる妲己。
「お主の悩みは、すぐに解決する類のものではない。あの耳長自身の問題よ。お主にできるのは、あやつが助けを求めてきたときに応える事のみよ」
「……見ていたのか」
結界意味ねぇな。
「ずぅっと、視ておったぞォ? 視ておるぞォ?」
どろりと、嗤う。
ぶるりと震えが走る。
やっぱこいつ怖いわ。
アホでポンコツだが、本質は怪物だ。
こいつに目を付けられたことは、今後色々問題を産むだろう。
でもまぁ……友達になるって約束したしなあ……。
「俺なんか見ても面白くないだろうに……。まぁ、《《好きにしろ》》」
ちょっと投げやりにそう答える。
ダメって言ってもこいつやめないだろうし。
それを聞いて妲己が目を丸くする。
「よ……よいのか?」
「よくはねぇが……もう隠すものもないしな……」
溜息をつく。
本当に見せたくないものはアリスが何とかするだろ。
それを聞いて、妲己が顔を輝かせる。
「ぬおおおおおおお! まさか許可が出るとは思わなんだ! ダメって言ってもこっそり見るつもりであったがの!」
やっぱ見るんじゃねぇか。
「そうかそうか! わらわに視られたいか!」
嬉しそうに頷く妲己。
視られたいわけではない。
「それなら、そんなお主に一つ情報をやろうかの!」
にこにこと機嫌よさそうに笑う。
情報ねえ……。
正直あんまり期待できないなあ……。
「む、そんな態度取ってよいのかの? おそらくお主が欲しい情報じゃよ?」
彼女はニィと獰猛な笑みを浮かべ、言った。
「あの場所の近くにある山村にな、《《白の聖女を名乗る女が現れたらしいぞ》》?」